八十件目 好奇心は死神をも殺す
「あれ…可笑しいな…。確か此処ら辺に隠していた筈なのに…」
月光に照らされた小さい影が伸びては縮んでを繰り替えす午後十一時を過ぎた頃。此の高校に所属するには背伸びし過ぎている少年の声が配膳室に響き渡る。
「あの時落としたのかな…、時間もヤバいけど今日は一人だから何とかなるかな…?けど警備員に見つかったら…」
小さい身体を小刻みに震わせる少年。未だ季節は夏だと云うのに、異様の程顔色も悪い。其の少年の不安を抑え込む様に、ふと背後から来た影に肩を掴まれた。
「おいちびっ子。こんな時間に配膳室に来てどうしンだ?もしかしてオレと同じでお腹が空いて、遥々此処まで来た勇者か!?」
「は…?誰だおっさん“達“」
「お、おっさん…?オレ未だみそ…じゃなくて、若い割には善い色男だろ…?」
「未だ小さい子供ですから、気にしたら負けですよ恐神さん」
子供から出た辛辣な言葉に胸を痛める動きを見せる恐神をおいて、傍で周囲の様子を確認していた戯が口を開いた。
「子よ、何故此の時間帯に学校内で徘徊している。もしや貴様も悪霊の一味か」
「はあ?アクリョウ?何だ其れ。おっさん’’達’’の時代に流行ってた言葉か?俺は忘れ物を探しに此処に来ただけだし。お前たちこそ用がないならさっさとあっち行けよ」
「ふむ、ならば仕方がない。…悪いが先生、少しの間子守をお願いしていいか?先程のぷうるとやらで長居しすぎた為か、気分が善くない。マイナス五歳児、お岩、ついて来い」
戯はそれだけ伝えると、二人の袖を強引に引いて其の場から少々離れた教室へと入っていく。行き着いた教室の室内には、居残った学生達の轍が黒板や机上に残されている。
「え?何で悠寿だけおいていくんだよ、わざわざ二人もついていく必要があるのかよ。あ、もしかして一人で居るのが怖いのか?」
「?何の話だ。俺が怖いと思うのはただ一つ。先生の好物を隠れて食べた事で激怒された時のみだ。」
戯はガタイの善い身体を机に預け、足を組んだ姿勢で二人の背後にある教室の引き戸を指さした。扉はカチ、と音を立てて施錠を知らせる。
「単刀直入に聞くが、先生の様子に違和感は感じなかったか」
「え?違和感?何だよ急に怪談話みたいな怖い言い方しやがって〜!!特になかった気がするぞ?」
恐神は純粋な子供の視線で戯に視線を向ける。その眼差しを向けられた戯は、彼の鈍感さと純粋さにさよならを告ろと言いたげに細目で彼を見つめ、頬杖を着く。
「ん〜…でも、強いて言うなら髪質が普段より「ん?」とはなったな!!」
「「ん?」とは何だ。ちゃんと言語化して説明しろ」
「はぁ〜?だから「ん?」って感じだよ!戯とオレの仲なら伝わるだろ!…ほら悠寿って、普段は清潔感があるというか…ッて、先刻の悠寿がきたねぇって言ってる訳じゃねぇからな!?!――その、よ…見た目は悠寿なのに別人みたいな…」
恐神はわんわんと子供の様に駄々をこねる様にして見せた。
「そうか。…然し此の場は所詮幻想と悪夢の集合体の様な歪さと、人間の本能を騙し惑わせる穢らわしい化け物の住処。先生が何方に転がるのかも、何れ近い内に判るだろう。先ずは作戦会議だ」
***
「…で、何で俺がお前なんかと二人で居なくちゃいけないんだよ。」
「え〜ボクじゃ不満?少なくとも何かあったらちびっ子守る事は出来る位は強いんだけどな…」
「は?別に自分の命位は自分で守れるよ。逆に俺は見ず知らずのやつと一緒にいることが気に食わないんだよ。ちょっとあっち行けよ」
「うわぁなんて残酷なことを…」
「別に残酷じゃないだろ。思ったことをそのまま伝えてやっただけじゃねぇか。何か文句あんのかよおばさん」
小さい勇者は両手をポケットに突っ込んだまま、自分のちっぽけな勇気と正義感だけを頼りに、眼の前に映る悠寿に対して威嚇行動に走る。だが悠寿にはそんなものは特に効いていないようだ。
「そっかそっか。…まぁ別にボクはキミに危害を加える様な事はしないから大丈夫だよ。あ!取り敢えずさ、折角だし自己紹介でもしようよ!」
「何でそんなボロクソに言われても平然として居られるんだよ…。明日かみなりでもやってくるのかな…へそかくさないと」
「あはは、意外と雷とか苦手だったりして?因みにボクは悠寿。キミは?」
「別に苦手じゃねぇよ。好きな子が苦手なんだよ。…俺は
少年は悠寿が差し出した手を気持ち程度に握り握手を交わす。
悠寿はにこりと微笑んだ。
***
「…で、つまり…オレが屋上であんぱんを置いといておびき寄せれば…?」
「おいマイナス五歳児、何度俺に同じ発言をさせれば気が済むのだ。あんぱんではなく、’’お供え物’’だ。それに持っていくのは只のあんぱんではない。早朝から長蛇の列に並び、選ばれたもののみしか購入できないあの伝説のあんぱんだ」
「だからオレにはそれがわからねぇんだよ!」
先程までの冷戦状態の真剣な空気は何処へ行ったのやらとでも突っ込みたくなる気持ちを押し殺して目を瞑ること40分(お岩の体内時計)。
事の発端は、真泉を攫ったメリーさん探しから始まり、彼女にお供え物をすれば訪れるのでは?という発想にとどまっている。然し、警察の張り込みでもないのに、何故かあんぱんと牛乳をお供え物にしようという意見を機に、ここまで熱くなってしまった、という訳だ。
時刻は丑三つ時。何故あんぱんだけで此処までの熱意をもって話せるのかと不思議に思いながらも、お岩は一度二人をあんぱんから気を逸らさせそうと決心した。
「あの…悠寿さん達もだいぶになっていると思いますし、一旦二人の所へ戻りませんか?」
「すまぬ。そんなに話していたつもりは無かったのだが、つい熱くなってしまった。取り敢えずお供え物の件は一旦中断だ。」
戯が扉に向かい歩き出した刹那で、恐神がふと違和感を覚えた。
「おい」
「?如何した、マイナス五歳児。靴紐でも解けたのか?」
「否、黒板の落書きが変わってンだよ。最初此処に来た時は現代文の授業の途中らしき形跡と、生徒のおえかきとかが残ってた筈なのに、内容が少しずつ変わってる」
恐神が指差した文章を見、一語一語を注意深く確認してみると、確かに文章が適当に羅列させた様な、一つの言葉として成り立っていない様にみられる。
「然しこれは生徒とやらがふざけて行ったという可能性もあるんじゃないか?」
「いえ、それならこんな古代文明にありそうなよく解らない記号や文字から溢れ出るこの液体についての説明の折り合いがつかなくなります。」
三人は黒板に浮き出る謎に興味を示し、徐々に距離を詰めていく。その謎は、近寄れば近寄るほどまた見方も変わり、正に種も仕掛けも無い本物のマジックの様だ。
「あ、読めそうな文章あるぞ!えぇっと…’’死神いな…。確か此処ら辺に隠していた筈なのに…」
月光に照らされた小さい影が伸びては縮んでを繰り替えす午後十一時を過ぎた頃。此の高校に所属するには背伸びし過ぎている少年の声が配膳室に響き渡る。
「あの時落としたのかな…、時間もヤバいけど今日は一人だから何とかなるかな…?けど警備員に見つかったら…」
小さい身体を小刻みに震わせる少年。未だ季節は夏だと云うのに、異様の程顔色も悪い。其の少年の不安を抑え込む様に、ふと背後から来た影に肩を掴まれた。
「おいちびっ子。こんな時間に配膳室に来てどうしンだ?もしかしてオレと同じでお腹が空いて、遥々此処まで来た勇者か!?」
「は…?誰だおっさん“達“」
「お、おっさん…?オレ未だみそ…じゃなくて、若い割には善い色男だろ…?」
「未だ小さい子供ですから、気にしたら負けですよ恐神さん」
子供から出た辛辣な言葉に胸を痛める動きを見せる恐神をおいて、傍で周囲の様子を確認していた戯が口を開いた。
「子よ、何故此の時間帯に学校内で徘徊している。もしや貴様も悪霊の一味か」
「はあ?アクリョウ?何だ其れ。おっさん’’達’’の時代に流行ってた言葉か?俺は忘れ物を探しに此処に来ただけだし。お前たちこそ用がないならさっさとあっち行けよ」
「ふむ、ならば仕方がない。…悪いが先生、少しの間子守をお願いしていいか?先程のぷうるとやらで長居しすぎた為か、気分が善くない。マイナス五歳児、お岩、ついて来い」
戯はそれだけ伝えると、二人の袖を強引に引いて其の場から少々離れた教室へと入っていく。行き着いた教室の室内には、居残った学生達の轍が黒板や机上に残されている。
「え?何で悠寿だけおいていくんだよ、わざわざ二人もついていく必要があるのかよ。あ、もしかして一人で居るのが怖いのか?」
「?何の話だ。俺が怖いと思うのはただ一つ。先生の好物を隠れて食べた事で激怒された時のみだ。」
戯はガタイの善い身体を机に預け、足を組んだ姿勢で二人の背後にある教室の引き戸を指さした。扉はカチ、と音を立てて施錠を知らせる。
「単刀直入に聞くが、先生の様子に違和感は感じなかったか」
「え?違和感?何だよ急に怪談話みたいな怖い言い方しやがって〜!!特になかった気がするぞ?」
恐神は純粋な子供の視線で戯に視線を向ける。その眼差しを向けられた戯は、彼の鈍感さと純粋さにさよならを告ろと言いたげに細目で彼を見つめ、頬杖を着く。
「ん〜…でも、強いて言うなら髪質が普段より「ん?」とはなったな!!」
「「ん?」とは何だ。ちゃんと言語化して説明しろ」
「はぁ〜?だから「ん?」って感じだよ!戯とオレの仲なら伝わるだろ!…ほら悠寿って、普段は清潔感があるというか…ッて、先刻の悠寿がきたねぇって言ってる訳じゃねぇからな!?!――その、よ…見た目は悠寿なのに別人みたいな…」
恐神はわんわんと子供の様に駄々をこねる様にして見せた。
「そうか。…然し此の場は所詮幻想と悪夢の集合体の様な歪さと、人間の本能を騙し惑わせる穢らわしい化け物の住処。先生が何方に転がるのかも、何れ近い内に判るだろう。先ずは作戦会議だ」
***
「…で、何で俺がお前なんかと二人で居なくちゃいけないんだよ。」
「え〜ボクじゃ不満?少なくとも何かあったらちびっ子守る事は出来る位は強いんだけどな…」
「は?別に自分の命位は自分で守れるよ。逆に俺は見ず知らずのやつと一緒にいることが気に食わないんだよ。ちょっとあっち行けよ」
「うわぁなんて残酷なことを…」
「別に残酷じゃないだろ。思ったことをそのまま伝えてやっただけじゃねぇか。何か文句あんのかよおばさん」
小さい勇者は両手をポケットに突っ込んだまま、自分のちっぽけな勇気と正義感だけを頼りに、眼の前に映る悠寿に対して威嚇行動に走る。だが悠寿にはそんなものは特に効いていないようだ。
「そっかそっか。…まぁ別にボクはキミに危害を加える様な事はしないから大丈夫だよ。あ!取り敢えずさ、折角だし自己紹介でもしようよ!」
「何でそんなボロクソに言われても平然として居られるんだよ…。明日かみなりでもやってくるのかな…へそかくさないと」
「あはは、意外と雷とか苦手だったりして?因みにボクは悠寿。キミは?」
「別に苦手じゃねぇよ。好きな子が苦手なんだよ。…俺は
少年は悠寿が差し出した手を気持ち程度に握り握手を交わす。
悠寿はにこりと微笑んだ。
***
「…で、つまり…オレが屋上であんぱんを置いといておびき寄せれば…?」
「おいマイナス五歳児、何度俺に同じ発言をさせれば気が済むのだ。あんぱんではなく、’’お供え物’’だ。それに持っていくのは只のあんぱんではない。早朝から長蛇の列に並び、選ばれたもののみしか購入できないあの伝説のあんぱんだ」
「だからオレにはそれがわからねぇんだよ!」
先程までの冷戦状態の真剣な空気は何処へ行ったのやらとでも突っ込みたくなる気持ちを押し殺して目を瞑ること40分(お岩の体内時計)。
事の発端は、真泉を攫ったメリーさん探しから始まり、彼女にお供え物をすれば訪れるのでは?という発想にとどまっている。然し、警察の張り込みでもないのに、何故かあんぱんと牛乳をお供え物にしようという意見を機に、ここまで熱くなってしまった、という訳だ。
時刻は丑三つ時。何故あんぱんだけで此処までの熱意をもって話せるのかと不思議に思いながらも、お岩は一度二人をあんぱんから気を逸らさせそうと決心した。
「あの…悠寿さん達もだいぶになっていると思いますし、一旦二人の所へ戻りませんか?」
「すまぬ。そんなに話していたつもりは無かったのだが、つい熱くなってしまった。取り敢えずお供え物の件は一旦中断だ。」
戯が扉に向かい歩き出した刹那で、恐神がふと違和感を覚えた。
「おい」
「?如何した、マイナス五歳児。靴紐でも解けたのか?」
「否、黒板の落書きが変わってンだよ。最初此処に来た時は現代文の授業の途中らしき形跡と、生徒のおえかきとかが残ってた筈なのに、内容が少しずつ変わってる」
恐神が指差した文章を見、一語一語を注意深く確認してみると、確かに文章が適当に羅列させた様な、一つの言葉として成り立っていない様にみられる。
「然しこれは生徒とやらがふざけて行ったという可能性もあるんじゃないか?」
「いえ、それならこんな古代文明にありそうなよく解らない記号や文字から溢れ出るこの液体についての説明の折り合いがつかなくなります。」
三人は黒板に浮き出る謎に興味を示し、徐々に距離を詰めていく。その謎は、近寄れば近寄るほどまた見方も変わり、正に種も仕掛けも無い本物のマジックの様だ。
「あ、読めそうな文章あるぞ!えぇっと…’’こう…、好奇心…は死神をもころ、す?どういう意味だこれ」
恐神は黒板に浮き出た文字に触れると、そこから自分と対になる指先が伸びてきた。
「そのままの意味だよ」
「好奇心旺盛は死神だって殺すんだよ」
「うげ…何だこいつら。手から声がするぞ」
恐神は反射で黒板から手を放した。然し黒板から伸びる手はどんどん生えてくる。その絵面は正に餌を蝕む食虫植物だ。
「面倒な輩め。全員黒板から離れろ!」
戯が怒声交じりに叫び、黒板に向かって猛炎を食らわせる。恐神は自分の身の危険を解っていながらもつい心の声が漏れてしまった。
「すげー…」
「見惚れてる場合か?逃げるぞ」
戯は二人を両手に俵担ぎし、扉を蹴り倒すと、足早に二人が待つ配膳室へと走っていく。だが二人の姿は何処にも見られない。
「あれ…誰もいませんね」
「おいがきー、悠寿ーどこだー」
「この大きな筒の中か?」
「丸缶な」
窓が開いている形跡も、血痕も特になし。それが三人の精神状態を更にえぐりつける。お岩は罪悪感を拳に強く握りしめ、手に爪痕が強く残った。
「…居らぬ」
「まじか…。俺らがあんなあんぱんの話で論争してる間にメリーさんか羊かようわからんのがやってきた、とかか?」
「その可能性も無きにしも非ず、という所だがもう少し様子見だな。」
「そうか~…あ!因みにさっき’’好奇心は死神をも殺す’’、とかあのうにょうにょが言ってたよな。あの意味って何なンだ?ここ電波届いてないらしいから教えてくれよ」
恐神がきゅるんと兎の様な愛らしい瞳で戯を見つめると、鼻息で「ふん」とだけ返答された。それから喧嘩が勃発するのも待ったなしである。
「まあまあ落ち着いてください…。私の浅はかな知識にはなりますが、本当は’’死神’’ではなく、’’猫’’に関連することわざで、過剰な好奇心が身を滅ぼすという意味です。冥界にいる死神は勿論悠寿さん以外にも沢山いらっしゃると思いますが、何かの暗示…なのかと…」
お岩は自信なさげに表情を隠しながら述べるが、それを傍で見守っていた戯はうんうんと相槌をうった。その最中に、古びた音域のスピーカーから深夜の学年集会の召集の放送がかかった。
「高校内を徘徊する皆様に重要なお知らせがございますので、全員体育館へとお集まりく…『アハハ!そこの飯食って豚みたく寝ている君や、此の頃人間がいなくて餓死寸前の君、夜な夜な遊んでばっかりの暇人達に向けた奇怪イベントの始まりだ!』黙れ貴様煩わしい。またガムテープでハムみたいに縛り付けてやろうか。」
「何だァ…?この物騒で気色悪いアナウンス。どこぞのヤンキー達がふざけてやってるとかか?…まァ呼ばれたからにはいくけ『おおそこのヘアバンドの僕!来てくれるのかい!見た目も中身も餓鬼過ぎるからどうかと思っていたけれど、意外と心優しいんだね!君の参加も一応心待ちにしておくよ、多分』は?これ聞こえてるのか?てか随分と失礼なこと言いやがるな…」
「一体誰が行っているんでしょうね…取り敢えず行ってみましょうか」
古びたアナウンスが流れる放送器具を睨みつけあっかんべーとしてやりながら、恐神らは配膳室を後にした。
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