七十八件目 永遠を恋うなら 其の二

其の一方、お岩達は犬飼達の高校にやって来た。待ち合わせの時間通り、正門の傍にはうずくまった犬飼らしき人物がいる。


「んーと……あの子がイヌカイ?さん、だっけか?はじめましての奴がいたら絶対戸惑うよな…。」


「その為に変装したんだろう。年齢操作と先生が事前に準備してくれていた制服、この二つの苦労をこなしている以上、相手にとっては別のクラスの生徒とでも思われるだろう。」

暗闇でこけそうになる恐神を支えながら、戯は普段通りの声色でそう述べた。彼の容姿からは、制服姿でも筋肉質な身体がよく分かる。


「それにしても、紀伊の方は来なくて良かったのか?…俺には、彼奴が事務所内で喚き散らしている様子が脳裏に浮かぶ。」


「いえ、大丈夫だと思います。先程…八雲さんの方から、<二人で仲良くちびっこ達のお世話してるよー!ちな園長は資料に囲まれながらカフェインパラダイスしてる!!>って連絡があったので。」

親指を立てて戯に謎のOKサインを送るお岩。


「…ふむ、つまりそれは……園長、否…雅客さんも其処に居るという解釈で良いのか?それならまだ一安心だな。」

ほっと胸を撫で下ろす戯に反して、その様子を見ていた真泉は、出発時に机上に自身の好物のお菓子を置いて出てきた事を、顔を青ざめながら後悔した。それを見て首を傾げる一同、そして真泉は大きなため息をついて本心をはぐらかす。


「いやぁ…それにしても、真逆この年でまた制服を着る機会が出来るとは思ってなかったっすね…。何だか恥ずかしいような、嬉しいような複雑な気持ちっす。」


「おいマイズミ、オマエの気持ちはよく分かる。誤魔化そうとしても、この名探偵、恐神空暦おそがみあれきにかかれば、全てお見通しだゾ!!」


「名探偵も何も…御前の努力量と仕事の実績の詳細に関しては詳しく知らないが、少なくとも御前の場合、''名''探偵ではなく''迷''探偵の方が近いだろう。」

真剣な眼差しでそう述べる戯に、チワワの如く恐神はキャンキャン鳴き出す。


「あはは…全く恐神先輩はいつになっても成長してないっすね…。お岩さんも、こんな見苦しい光景見たくないだろーに…。」


「ふふ、昔はこんな和んだ光景とは遠い場所に孤独で立っていた身なので、むしろ微笑ましいです。それと…私はこういった服装は着たことが無いので、何だか新鮮な気分です。あまり着ない服装だけど、すごくうきうきしてます。この洋服に何か秘密が…?」

お岩はくるりと一回転しながら、いつもよりも明るく見える笑顔を真泉に向けた。それに釣られるように、真泉も微笑んでお岩の言葉に反応した。


「あははっ、お岩さんも随分楽しめてるみたいで俺凄く嬉しいです。けど、その洋服には特に秘密は無いっすよ。…でも、強いて言うなら''大人になるまでの悪足掻きが許される服''っところっすね。」


「大人になるまでの、悪足掻きが…許される服?それはどう言った意味なのでしょう…?」

以前から現世に住んでいる身では無く、元々は一つの時空間という殼に閉じ籠っていたお岩は不思議そうな表情を浮かべる。対して真泉は、待っていましたと言わんばかりに楽しそうに述べた。


「ふふん、それはですね〜、学校内で写真を撮りまくって映画っぽくしたり、文化祭や体育祭、修学旅行だとか沢山のイベントで盛り上がったり…。あとは、水泳も良い思い出っすね!」


「な、…なるほど…。私には縁のなかった催しが沢山…。はぁ…これに関しましては、私はもう来世に期待します。」

真泉の楽しそうな話を聞く度に、最初は頬を緩ませていた筈が、徐々に彼女の心には哀愁が芽生えていた。


「来世、っすか…。(此れを機会にお岩さんが良い思い出を作れるといいっすね。)」

真泉がお岩を想っているその間もまた、顔を赤くさせてむっとしながら喧嘩ばかりしている恐神に、無意識で本音が漏れた戯は頭上に?を浮かべるなど、長く暑苦しい光景が続いていた。そこで、ちょうど赤色から安全を示す青色の光に照らされた道に引かれるように、規則正しく線引きされた白い太線を歩く四人。そして、正門の傍でうずくまっている少女に声を掛けた。


「あの、犬飼さん…?暗い所で待たせてごめんね。向こうの道で、たまたま同じ目的の男子三人組が居たから、その人達も連れて来たの。…一緒に居た方が心強いし、更に楽しめると思うんだけど、犬飼さんはどう、かな…?」


「…うん、うん……いいと思う。すごく…、すごく、いい。」


「え、あぁ…あ、りがとう?」

体勢をしゃがませて、犬飼に対して慎重に話しかけたお岩は、相手の反応を見るなりふわっと柔らかく微笑んだ。そして、手を差し伸べながら二人仲良く立ち上がろうとした所、事態は発生した。


「私メリーさん、今…」

《貴 方 の 目 の 前 に い る の》

徐々に音階のズレた不協和音と、重低音が酷い数十年前のラジオカセットレコーダーに収録された様な音声に似ついた声が鼓膜に響き渡る。それに気を取られているのち、メリーさんと名乗る人物は、小人の様な人形が身体中から抜け落ちて、四人に襲いかかってくる。然し、戯が小人達に睨みを効かせることで一瞬にして小人が倒れていく。


「おい、…えっと、怪我とかないか?」

咄嗟の判断でお岩を自身の方へ引き寄せ、彼女を背中に隠す素振りを見せた恐神は、心配げな表情を浮かべて彼女の顔色を伺う。


「は、はい…。恐神さんが助けて下さらなければ、またあの頃のように傷が沢山…」


「まぁまぁ、ネガティブにならないで大丈夫っすよ。取り敢えず戯君が居てくれたお陰で何とかなったっす…。」

心拍数の挙がった左胸を抑える真泉は、両手を合わせて感謝の気持ちを戯に表現した。


「ふん…四方八方から電子音や呼出音、話中音が鳴り響いて気味が悪く感じられる。貴様、久田隼世の同級生、犬飼では無いのか?」


「あぁ…皆、お友達倒れちゃったよ。悲しい、しくしく。うぅ…犬飼?それだぁれ?ん、あぁ…わたし!わたしだ、そう、わたし。」

からくり人形の様な動きを見せながら、腹話術人形の如く口を開けて笑みを見せる犬飼は散々笑ったかと思えば、急に無言になり目を大きく開いた。


「…でも!!!私が探してたの久田隼世さんじゃなかったかもしれない。ううん、久田隼世、そのはず。だけど、ちがう。あなたちがう。うそつき、ウソツキ、うそつき、うそつき、嘘吐き…」


「此奴…笑ったかと思えば憤怒して…、そんでもって突如として泣き出す…。いつか疲れて寝ちまうんじゃねぇか?まぁ…気持ち的にも疲れた時は、寝るのが一番最善策だけどな!」


「恐神先輩…今はそういう場合じゃないんすよ…。(兎に角…此の場から早く逃げ出して、一刻も早く安全な方向へ…)」

やや能天気そうに聞こえる恐神とは反対に、この場での最適解を模索する真泉。また、彼には、考え事をする時に無意識で鼻に触れる癖がある。其の様子を泣きじゃくる顔を隠した手の隙間から見つめていた犬飼は、

《う そ つ き み つ け た》

と述べた瞬間、真泉の鼻はグリム童話のピノキオの如く鼻が伸びてしまい白目になった末、身体中から鮮やかでありながら残酷で惨たらしい花々が咲き誇った。


「ッマイズミ!!」


「ふふふ、おともだち増えてうれしい。じゃあね、またあとであそぼうね。」

その後、犬飼は満面の笑みを浮かべながら片手に真泉人形を手荒く持ち、学校の屋上へと高く飛んでいってしまった。途方に暮れる恐神達とは別で、戯はふと先程から気になっていた黒いもやもやとしたものに手の平に魅せた灯火を向けた。それは慌てて地に溶け込んでいってしまったが、人影を担いだ細長い影であったことは間違えがないと戯は確信した。


「…面倒な友人がいたものだ。あれは確か、昔先生に教わった内容から推測するとと、よくある典型的な芸能の一つだ。こんな品の無い術如きで。更に気味が悪くなるだろうが、学内に侵入するぞ。」

未だになれない光景を目にした恐神とお岩は、意識を奪われた様な魂が抜けた顔で静かに犬飼の轍を見ていた。その二人の意識と思考回路を強制的に動かす様に、戯は二人を引き連れて学校内へと侵入した。



             ❁❁❁




「うう…それにしても暗すぎじゃない?電源とか何処にあるんだよ。此処はオレの母校ってわけじゃねーから更にややこしい…。…はっ!!もしかして今、ホラーゲーム定番のヒューズとやらを取ってこいってミッションでも課せられてるのか!?」


「騒がしいぞ、マイナス五歳児。もう少し静かにしろ。…更にいうが、何故二人してオレの背中に隠れるのだ。歩きにくいのだ、離れろ。」

 先程から変わらぬ、堂々とした態度で前を向き、只管一人の友人を探し続ける三人だが、早速彼らの中に爆弾が投下された。むっとするそばえに対して、二人は苦笑いを浮かべた。また、現在の場所は、四つの棟のうち、西のプール場が併設されている棟である。


「そういやこっちの棟には、近くにプールがあるんだな。そういや、水場にはよくゴキブリが〜とか色々聞くよな。」


「…ごきぶり?水場によく出るのは妖怪だと聞くが、そんな珍しい妖怪も中にはいるのか。もし機会があるのなら、後で行ってみたいものだ。」


「お、おう…。…あ、てか戯ー。此処本当に入ってよかったのか…?「知らぬ」んぐぅ゙…確か彼奴は、あの変なバケモノに屋上の方へ連れて行かれたはず…。つかオマエは怖くないのかよ…。」


「ん…?怖い…?そうだな…、悠寿先生が怒った姿は、すごく怖く感じた。なんせ…俺が食後に食べようととっておいたぷりんとやらも、先生に食べられてしまったぐらい怒らせてしまった程だ。」

 言葉を紡ぐ度に、徐々に気落ちしたような姿を見せる戯の背中を撫で、「大丈夫ですよ〜」と慰めるお岩。その姿を見た恐神は、改めて彼女と出会った当初の記憶に意識を向けた。


「あの時は正直…オレらの事務所で働くのは、彼女のメンタルに支障が出るんじゃないかとか、色々懸念してたところも多かったけれど…あんな風に自然に笑う姿を浮かべられるようになって、本当に良かった。」

 恐神は、自分でも解るような笑みを浮かべていた。然し、その幸せムードを破壊するように、戯でもお岩でもない誰かが怒鳴る声が耳を貫いた。


「お岩ァ…、オマえ’’…よくもおれ’’のゴトを…」


「い、嫌…今、あなたとかかわり、たく…なッ゙「黙れ。いまおマエ’がはなす’’な」ッ゙…いや…だすけ’’、’’」

 彼女の様子から、以前の記憶が蘇ってきた恐神は、問答無用でお岩の首を絞める男を取っ払い、弾き飛ばした男に馬乗りになって近くに転がっていた鉛筆の鋭利な部分を目に向けた。そして、自分で正しい呼吸が分からなくなっているお岩を宥めるように、戯が彼女に寄り添う形を取る。


「これ以上、彼女を責めようとするならオレが相手になる。だが、取っ組み合いをやろうものなら、彼女の視界に入らない場所だ。もしそれが嫌なら、今此処でオレが始末する。」


「はァ…?オマエみてゑなよわっ゙ちい人間が、オレ様に口をたたきやがっ扌」

 恐神がただ’’脅し’’ているだけで、実際には相手が怪我しないようにと力んでいるのを知ってなのか、態度の大きい男はげらげらと笑い続けている。と、思いきや、瞬きした後に、その笑い続けていた男は白目を向けて、いつの間にか暗闇へと消えていった。その暗闇からは、「よーし、これで三体目!!さっさと享受してこよーっと。」という奇妙なほど明るい声が聞こえてきた。

 唐突の出来事によりこわばった体の緊張が抜けた末、終始落ち着いた様子の戯が、未だに怯えた様子のお岩に声を掛ける。

「おい女、大丈夫か。彼奴との関係は俺には解らぬが、特に気にすることはない。今はマイナス五歳児の片割れを探すことにだけ専念しろ。」


「は、はい…。すみません、どうしても…なんというか、トラウマが…。って…こんな暗い話、今の状況では聞きたくないです…よね。あ、でも恐神さんがいてくださって良かったです…。」

 無理矢理引き攣らせた笑みを浮かべながら必死に言葉を綴るお岩だが、恐神の話となると徐々に自然な笑みへと変わってきた。その様子から、恐神も少し得意げな笑みを浮かべ、にししと頬を緩ませる。そして、すっかり此の中でまとめ役の様な存在となっている戯は、真剣な眼差しで窓の外から見える景色を指でなぞりながら、次なる道筋を立て始めた。


「…ふむ、気を取り直して…此処から何処へ移動するかだな。先程の化物が再び戻ってくる可能性も否めない。だが再び遭遇する可能性もあるだろうしな…。」


「確か…悠寿さんは、妖怪肝試しをやっている、みたいなこと言ってましたよね。そうすると、先程遭遇した人達とは別の者も…。「可能性はあるな。だが…」だが…?」

 

「…否、別の考え事と意識が混ざった。気にするな。(妖怪が肝試しにやってきている、という話も、俺に取ったら只の嘘話であって、目的は別にある気がする。然し、先生が嘘をついたとは思えぬ。今は気長に考えるか。)」

 

「んーー、戯ぇ〜疲れてないか?オレが言える身じゃねェけどよ、ゆっくり休まないといずれガタがくるし、悠寿も大泣きするぞ!」


「はぁ…御前は俺の御袋か何かか…。」

 まるで中学生女子がかすかに思いを寄せる相手を心配するような反応を見せる恐神。それに寒気を感じた戯は気まずそうに、恐神の足元に視線を移すと、どろどろとした液体が彼の足元まで忍び寄り、やがて彼の首元に触れようとする高身長の黒いもやが見えた。


「?五歳児、背後に誰か連れて来たのか?」

 戯の隣には、まだ何も気づかずににこりと笑っているお岩の姿がある。そして、当たり前のように目の前には恐神がいるという御馴染みの図に、突如現れた存在から金木犀の懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。


「ん?オレは何も連れてきてないぞ。」

 相も変わらぬ愛嬌たっぷりな恐神の笑みに、戯は心の中で、不覚にも悠寿先生が来たのか、と錯覚した。その反面、一応と補語を添えて説明すると、これも騙しの一種という認知はあるが、無意識の内に脳内を埋め尽くした彼女の存在に夢中な戯は、無意識にそれに向かって手を伸ばした。


ぷしゅうううぅぅ…


 何かが焼けた様な音と、炭の匂いが周囲に広がる。すると、壁の死角から聞き覚えのある声で’’あちー…’’という声と、’’悠寿お前どんだけ怨恨買ってきたんだよ…’’と呆れる雅客らしき声が戯の耳に入る。また、先程まで見えていた黒いもやは死角から少しだけ見えていたものの、強い衝撃を受けた様な反動と共に、砂の如く崩れていった。


「おい、ダイジョブか?あ!!もしかしてオレの髪の毛にゴミがついてたか?それとも、耳のピアスが外れかけてたとか…」

 一瞬の夢が白昼夢の如く消滅し、恐神の言葉によって現実に引き戻されてた戯は、偽物に向かって伸ばした手をこれでもかというほど力強く握り締め、爪痕に侵食された部分からは鮮血が少々溢れ出る。


「否、何でもない。暗闇と月の光で見間違えたようだ。」


「…あ、あの…戯、さん。手…怪我していますよ。若し良ければ、此のハンカチを使って下さい。あ、いや…その前に手を洗うほうが優先…かしら。」


「此の程度の傷、掠り傷と呼ぶにも相応しくない。舐めたら治るだろう。気持ちだけは感謝する。それは何時かの為に大事に持っていろ。」

 自身に続き、普段の彼らしい調子が崩されたせいか珍しく頭を抑え続ける戯に未だに不安が残るお岩だが、再び彼女が心配の声を上げるよりも先に出た恐神の言葉によって、彼女は静かに見守ることとした。


「も〜かっこつけちゃってェ〜。お岩の優しさに照れ隠ししなくていいんだッ、い"っでぇな戯ー!!急にゲンコツ喰らわせなくたっていいだろーが!!…てかオレを掃除機みたく引っ張んな!責めて場所くらい言えよ!お岩も困るだろ!!」


「いえ…、私はただ…皆様についていくだけですので、私のことはお気になさらず…。」

恐神の発言に瞬間湯沸かし器と化した戯の攻撃が一発、そして其の流れを崩さずに、戯はずるずると恐神を引っ張りながら、黒いモヤが消えた場所とは真逆の道へと進む。


「先程から此の息が詰まる空間に居座るのが酷く苦しくてな。…水浴び感覚でぷうるとやらにて泳ぎに行こうと思っているところだ。それと、ごきぶりとやらにも会ってみたいのだ。」


「いやオマエ…一応狐の部類に含まれるらしいじゃん。なんで狐とは直接的な関係もなさそうな、象みたいなこと言ってんだよ…。てかゴキブリは妖怪じゃねぇし…それくらい恐れるやつはいるけど、ただの生命力が馬鹿高ェ虫だし…。」

 恐神のツッコミに対して、’’以前先生が教えてくれたのだ。ぷうるという存在を。然し、言葉でしか内容を知らない故、此の場にあるというのを知った以上行かなくてはならないという使命感に駆られた。’’といって、聞く耳を持たない戯であった。

 


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