七十六件目 冥界の嘆き

翌日、犬飼と深夜の学校へ侵入し肝試しが行われる数時間前。


「む、ッや、やっぱ"無理で"す"!!」


「はいはいお静かにね。」


「ひぃ…ッ、目が開けられなくて怖いです……。」


「そりゃね。御化粧してるんですもの、目開けたら粉入って痛いわよ?」

事務所の別室にて、ひよこの鳴き声のような騒がしい会話が聞こえてくる。


「…お、おい……お岩のやつは大丈夫なのか?例の女子高生の振りをする為だけに、あんな悲鳴を聞いてると…オレも胸が苦しくなるというか…。」

恐神は腕を組みながら険しい顔で首を傾げる。反対に、悠寿が視線を向けた一室からは悪魔の様な笑い声が響き渡って居る様子が少し心地良かった。


「大丈夫じゃない?だってお岩ちゃんが自分からやるって言ったんでしょ?彼女を背中を押してあげるのも、上司の仕事じゃないの〜」


「うげッ、悠寿はお前馬鹿力過ぎンだよ。オレの背中をべしべし叩いたら折れるだろーが!」

猫のように悠寿に対して威嚇してみせる恐神だが、その一部始終を見届けていた戯は「ふん、そんなに脆い人間には見えぬが。」と笑って見せた。





𖤐 ´-



「ふぅ…、はぁ〜〜久しぶりに疲れたねぇ。こんなに暴れん坊将軍な雛を相手するのは何百年ぶりだか。」

''疲れた''という言葉を感じさせない清々しい顔で現れた身体中に亀裂のある女性は、片手でお岩を抱き寄せながら部屋から姿を現した。


「はい、コチラは久田 隼世ちゃん二号で〜〜す♡♡ どう〜?特徴しか聞いてなかった割には、いい出来だと思うんだけど。」

自信満々な表情でお岩を皆の前に出すと、彼女(一号)を知っている者達は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、その完成度の高さに驚いていた。


「あの女子高生が弱々しい様なキャラだったら、こんな風に…なるんだろうな。」


「話を聞いてた感じだと、最早一次創作と二次創作位の距離感ね。だけど紙子の腕前にはいつも圧倒される。」


「恐神先輩の言う事は何となく有り得そうっすけど、悠寿さんの言う通り之は''コスプレ''じゃなくて''影武者''っすから。本番は、ちゃんとあの子になりきらなきゃダメっすよ!」


「は、はい!が…頑張ります。」

緊張で強ばっていた表情が徐々に柔らかくなり、やっと軽くにこっと微笑んだお岩をみると一同は安堵に包まれた。


「……あ!そうだ、あんたら雛共も参加してきたらどうなの?姐さんとゆっけは行けないけど。」


「え?オレ達が行ったら、例の犬飼って子が困惑するし、そもそも不審者として逮捕されるじゃねーか!」


「……でも、俺はお岩さんが行くなら興味有るかも。」


「ん?あれ…ゆっけから聞いてなかったか。あのさ、今日の肝試しはね犬飼って子が考えてる程可愛いものじゃないんだよ。一定時間のみ、あの学校は異空間に囚われる。まァ、異空間っつっても妖怪行列が出来て、学校に垂れ流れてくるってことね。…何か話が複雑化して更にややこしくなったわ。兎に角、妖怪がいる時点で、あんたら人間が入っても誰も怪しまないってことよ。」


「……ただその代わりに、行く覚悟ができているなら''虚言に気をつけろ''ってこと。」

''あ!その台詞は姐さんが言うとこだったのに。ゆっけも反抗期真っ只中だねぇ〜、よしよし。'' 、''気安く触らないでよ、あと其のキャラは執拗い。'' 二人の会話を聞いて、先程まで徐々に興味が湧いていた真泉は、ふと疑問が湧き出てきた。


「虚言?学校に妖怪が流れ込んで来て…、もしそいつらに絡まれたりでもした時の可能性の話っすか?」


「でも、何でヨウカイギョウレツなんかが出来るんだ?普段から学校を通して流れて来てるのか?」


「ふふ、さァね。所詮、姐さんも妖怪の部類に含まれる身さ。それ位は雛共のたるんだ脳で知恵を絞り出しながら考えるんだね。」

紙子はけたけたと楽しそうに笑いながら、悠寿を連れて何処かへ消えてしまった。そのタイミングで、今度は戯が口を開いた。


「マイナス五歳児、行かない後悔よりも行く後悔の方が未だ軽いぞ。其れに、お前達が任されている仕事は''代役''のみであって、その準備はもう完了した。後は向こうが最善を尽くすのみだ。保護者として見守りに行くのもありだろう。」


「ん〜〜…。」

その後、二人がその決断に長く時間をかけ過ぎて、紙子に強制的に連れていかれたのは秘密である。

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