七十五件目 呆れ模様
呑気に鼻歌を歌い乍ら都会らしい高層ビルに入っていく恐神。それに反して、恐神の後をくっついてきた戯は蛍光灯によって映し出される影をじっと見つめていた。
「…マイナス五歳児、何故私の影は現れぬ。」
「そりゃオマエが一番よく分かるだろ。」
「知らぬ。だから聞いた。」
自分の影だけ現れ無い事に不満を感じて縮こまる戯をやや強引に引っ張り乍ら、彼の住む一室へ向かう。其の都度戯から「あれは何だ。」、「これはどういう仕組みなんだ?」、「此の化け物は一体何だ…。息をしているのか?倒すか、否…それでは先生を困らせてしまう。「エレベーターな。」えへひーはー…?」等とカオスな会話が繰り返される。
「あ、そういやお前は昨日まで何処で過ごしてたんだよ。」
鍵を振り回す右腕を戯の肩に乗せながら問うと、「廃村はもう完全に死んだからな。昨夜は先生の家に止めてもらった。料理も寝床も何もかも満足である。」と、ドヤ顔で述べてきた。
「へー。其の先生ってやつは、お前の恩人かなんかなのか知らねーけど、随分と優しいもんだな。でも今日はオレの家なのか?」
「嗚呼、今日は臨時の会議に巻き込まれたらしい。先生は何時なる時も忙しくしている。それで主に助けを求めたのだ。」
相槌を打つ恐神は、一室の鍵穴に振り回していた鍵を差し込む。すると、戯は何やら苦しそうに口を抑えた。
「ん?戯?お前どうかしたのか?」
「まるでヒキガエルの様な鳴き声の音だな…。凄く不愉快だ、今すぐ辞めろ。」
「ヒキガエル?此の鍵を差す音が…か?まあ今度はカードに変更するから安心しろ。」
恐神は鍵を抜くと、扉を開け室内へ入っていく。すると、普段は暗闇に染まった室内である筈なのにリビングのみ光に照らされていた。そこから良い匂いもしてくる為、樹液にそそられる虫の如く無意識に近づいた。
「…あ!おかえりぃ!!ご飯にする〜?お風呂にする〜?それともワ・タ・シ?」
「は?悠寿…?お、お前…何でオレの部屋に入ってこれてんだよ!合鍵なんて持ってねーだろ!」
あざとい顔つきで帰宅した二人に手を振ると、悠寿はきゃははと楽しそうに笑った。
「きゃはは、じゃねぇんだよ…。一体何処を伝って来たんだか…。テレビか?それともコンセント?否…無難に窓か?――…てかお前、少し前に化け物から食らった負傷はどうなんだよ。」
「こらこら、人を幽霊や小人だの、挙句の果てには不法侵入者扱いするなんて酷いじゃないか!「別に構わねえだろ。それよりも怪我は…――」ふ〜ん。…あ!それと話飛ぶんだけど、ベランダに贈呈品があるから、後で確認してみてよ。」
質問された内容を打ち消す様に、不意に何かを思い出した素振りを見せ悠寿はベランダを指差した。彼らの視線の先には美しい華であったり、或いは化け物だったりと見え方が違う謎の物体が飾られている。
「ベランダがどうかしたのか?…何だ、あれ。「ふふん、八雲ちゃんが恐神への贈り物として飾れって言ってきたから置いといた。不思議な花でしょ?」はぁ…えーと、どれどれ……って、うわぁああ!?こ、こいつ動くのかよ!!」
「マイナス五歳児も大変だな。…然して先生、其れは愛妻…リョウリ?というものか?」
「未だ見慣れてない特徴的な花だから初々しい反応なのよ。後、愛妻料理か否かに関する判断は、戯の解釈に任せるよ〜?でもボク料理はそれ程得意じゃないから、味の保証は余り出来ないけどね。」
おしどり夫婦の如くふわふわした空間が生まれる二人から少し離れた所にいる恐神は、悠寿が言っていた''不思議な花''とは全くもって違う、ベランダに積み重なる''妖怪''が視界に映し出される。
「…あ、恐神!それ触っちゃだめだよ〜。触ったところで後々後悔する事になるのは貴方だからね。その花は自我と欲望にまみれているから、近づけば直ぐにぱくって食べられちゃうよ〜。」
手元を見ながら作業を続ける悠寿。その最中、まるで悠寿の発言を聞いていたかの様に妖怪の瞳が開く。ぎょっとした恐神は刹那後退りするが時既に遅く、妖怪に顔だけぱくりと食べられてしまった。
「マイナス五歳児?…ふむ、息はあるみたいだな。」
一瞬だけ眉がぴくりと反応させた戯は様子が心配気味になって、ベランダへ出るなり妖怪の口を切り裂き恐神を吐き出させる。
「おぇ…。く、くせぇ…。花じゃねぇじゃん…、死ぬ…かと思った。首とかへし折れるんじゃねぇかってぐらい馬鹿力な妖怪だったぞ。真実の口で顔を突っ込んだら今と同じ感情を抱くんじゃねぇか?てか八雲の趣味ってえげつねぇんだな…。」
「八雲の趣味は至って正常だろう。夜空にも映える綺麗な花じゃないか。 「は?何処がだよ。こんなの目の前にあるのはどう見ても積み重なった化け物だろうが。」ふむ…、やはりマイナス五歳児は、まるで正解のない問題のようだな。」
二人の会話に苦笑いを浮かべながら、もう一度自身の瞳を疑い花をベランダにし視線を移すが、彼女にはどう見ても花にしか見えない。
「何度見ても妖怪には見えないんだよな〜…。」
その後もまたベランダで二人の男が児童の如く何やら騒ぎ出しているが、彼女の視界には変わらず綺麗な花が顔を向けている。
「ただの花の筈なんだけど…。まぁ、いいか。」
悠寿が頭を抱え乍ら作った味噌汁は、普段よりも塩気が効き過ぎていた。
❁ ❁ ❁
「そういやよ、悠寿は何でオレの家に来てんだよ。戯の方はまだしも…お前に関しては…その、衣類とかが…。」
塩分の効いた味噌汁を流し込んだ喉を水で潤し、少し咳き込む恐神が悠寿に質問を投げかけた。悠寿は特に顔色を変えることなく「衣類は気にしないで大丈夫だよ?ボクはただ会いに来たかったから!」とだけ述べる。
「あ、会いに来たかったも何もオレ達は恋仲関係でもあるまいし、変なこといってオレの反応を弄ぶな。…で、怪我はどうなんだよ。」
「えへへ、まぁ〜…もっと正直に説明すると、前の遊廓で起きた出来事や数週間前の狐の嫁入りの件で、特に恐神が普段以上にヘタレをかましてた、って雅客から聞いてさ。まぁ、怪我の事に関しても心配してくれてるってことで、“私はへーきだよ。迷惑と心配をかけてごめんね“って伝えに来た!!」
誇らしげな表情を浮かべて腰に手を置く悠寿の姿に疑いの目を掛ける恐神。
「じゃあそろそろお暇しようかな〜。」
悠寿がそう云うなり、恐神は立ち上がって彼女の頬を両手で拘束する。
「む、なひひゅふの!!」
「…眼球破壊、全神経麻痺……だっけか。雅客から色々聞いた。その状態で“自分は大丈夫“なんてよく言えたもんだな。身体も心も傷がついたら直ぐは治らないんだぞ。衣服の事はその…最悪はオレの服を貸してやるが、泊まりたかったら居座れよ。」
不器用ながらじっと視線を合わせて本音をぶつけると、傍から傍観者として観察を続けていた戯が悠寿よりも先に口を開いた。
「マイナス五歳児、我が妻に触れるな。」
野生動物の如く歯を剥き出しにする戯。嫉妬深さが故に理性が崩壊寸前になり恐神に齧りつこうとする刹那を必死に止めに入る悠寿達の騒がしい夜であった。
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