七十二件目 あの人の為に 其の四
めらめらと幽霊の形をした炎が周囲を埋め尽くす中、足の無い女の悲鳴が響き渡る。
「こうしてまともに話すのは久方振りだな、梅雨葵。私の女に手を出すとは随分といいご身分じゃないか。」
横になったまま長い睫毛に瞳を拘束されている悠寿を横抱きし、先程の雅客の如く上半身のみの女を容赦無く踏み付ける。
「いっ''っ''っ''っ''だ''!?!!何すんのよ…こッッの馬鹿狐野郎!!!!」
「キーキー叫ぶな、虫螻風情が。死神は今や私の女、然して…貴様は忘れる事等絶対有り得ぬ此の村の儀式、《狐の嫁入り》は覚えているな?」
踏まれながらもくつくつと不気味に笑い出す梅雨葵。戯が梅雨葵を踏む力は、無意識に徐々に力が強まっていく。
「あッ…ははは!!!!そ〜んな馬鹿げた内容なんて、覚えてる訳無いじゃ〜ん♡♡ 真逆此の数百年の間で、そんなに頭が腐って衰えてるとは思わなかったワ♡♡♡ いやァ…ほんと笑える。だって普通に考えてみてよ?私なんかこ〜んなみすぼらしい身体になったのに、あんたより脳ミソの遅れが…───」
戯への煽り文句が連なる度、顔に黒笑が浮び上がる刹那、肉を殴りつけ骨が軋む音が戯の耳元に届いた。ふと重みから解放されていた腕を見て、彼女の目覚めを感じ取った。
「…あ、ごめん。私ね、此の姿の時は何故だか手加減って言葉が分からないの。」
悠寿の拳が彼女の口内をえぐるように侵食している。きょとん、とした顔でぐりぐりと口が裂ける様に強くえぐり続ける。
「悠寿?…起きたのか。」
「ちょ、…ねぇ!!あんたさァ!!!寝起きだからってこんな事して許されるとでも思ってる訳!?はぁ…馬鹿にも程がある。本当に人間って馬鹿馬鹿しい。大体ねぇ!!どいつもこいつも…自己の我儘は酷過ぎるし、何もかも嫌なの。だから、…死神!!!!お前の身体を乗っ取ってやろうと思ったの!!!」
突如彼女の歯列が針の様に尖り、悠寿の拳を捉え血が滲み出す。少し歪んだ顔をすると、幸せそうな笑みを浮かべる梅雨葵に蹴りを入れる戯。
「悠寿、後で直ぐに手当をしよう。此の儘では菌が侵入し、綺麗な手が…「私は良いから、早くあの女を」ふむ…そうか。そうだな…、──…悠寿、そしたら此の村の最期に相応しいものを見せてやろう。」
優しく肩を抱きながら、蹴り飛ばした梅雨葵の方へ近寄る二人。旧幽霊の炎が群がる梅雨葵の身体は、段々焼け焦げていく姿を見ている限り、きっと此の儘でも終焉を迎えるから良いのでは?と悠寿は思った。然し、隣に立つ男の顔を見るなり、其の言葉を発する事は控える事にした。
「────…此の村に関わった者全てを幸せにしてあげたかった。だが、もう全て終わりにしてしまおう。私も、お前も、…然して、
「嫌…嫌よ…私、未だやりたい事、遣り残した事が沢山あるのに!!!何でアンタ達みたいなやつと…!!!!」
炎により視界が薄れ、溶けた皮膚により喋る事も億劫になってきた。それでも尚、梅雨葵は意地で喋り続けた。
《ねぇ、…もう楽になろう?》
柔らかく優しい音色でありながら、儚く消え入りそうな色を持っている声。焦点の合わない視界の先に、白無垢の黒髪の女の姿が見えた。
「…私?」
その後、心の中に溜めていた感情が溢れ出す様子を表すように、炎が燃え広がり三人の姿が見えなくなった。
𑁍 𑁍 𑁍
「ッ…悠寿!!!」
恐神の複雑な感情が籠った声が響き渡る。咄嗟に耳を塞いだ八雲は、目の前で燃え盛る炎が爆発音を立て大きく燃え広がっていく様子を恍惚とした瞳で見つめる。
「綺麗だねぇ、此の炎はまるで或る高嶺の華の心情を描いた様に見えない?」
「まァな。ただ…俺の場合は八雲みたく、高嶺の華と同等に見える程綺麗とは思わねぇけど。」
あの炎の中に今、悠寿達が居る。其の事実を知っていても尚、八雲や雅客は表情筋をぴくりとも動かさずに観察している。其れに不信感を覚えた恐神は雅客の胸ぐらを強く掴む。
「…おい、マイナス五歳児。急にこんな行動に出るとは随分といいご身分だな。喧嘩を売る相手位選べねェのか?」
「──…なァ…、雅客達はよ…あんな肌が溶融していく程の熱気と、息が出来ない様な苦しい燃え盛る炎の中に包まれた悠寿達の気持ちが分からないのか?何でそんな歪んだ顔にならずにいられるんだよ…。可笑しいって感じないのか…?」
段々と力が弱まり、自分の身体を支えられずに重力に従う様に落下する恐神を八雲が慌てて支える。
「ね、恐神〜?…もしかして、悠寿さん達が御陀仏した、なんて考えてたりする?」
「八雲、今は恐神の逆鱗に触れる様な行動や発言は辞めておけ。…少し巫山戯過ぎた分、子供騙し程度のお遊戯会でもやるか。」
「は…?こんな時にお遊戯会?「流石だ園長〜!!」おい、八雲…責めてお前だけでも此の状況の説明を…。」
再び脳内で思考回路が停止する恐神をおいて、雅客は懐から鋭い刃の
「…あ、オレの実家にも似たヤツあるぞ!」
「
「ンだよ急に…名前呼びしてきやがって…。」
むすっとする恐神を園児の様な扱いをして楽しむ八雲。頭を撫でながらにこにこと微笑む八雲の目線の先には、大太刀を持ち炎に刃を向ける雅客がいる。
「───…ッッ!!!」
深呼吸しながら構えを作り、頭上にまで大太刀を持ち上げた後、炎に鋭い目付きを向けた雅客は炎を切り裂く様に刃を振り下ろした。
雅客の大太刀が断ち切った場所に、綺麗な炎道が生まれる。すると、三人の目先に重なる二人の影が現れた。
△
「…ん、あれ?雅客達だ!!お〜い、雅客〜!!れへへ、戯!早く戻ってみんなのところ…に、ぃ!?」
普段の見慣れた金髪に戻った悠寿は、急に担がれた事に驚愕しつつ、片手には梅雨葵が付けていた綺麗な首飾りを落とさないようにと強く握り締める。
「一々言動といい…動作といい…何もかもが五月蝿いのだ。然して、炎道は決して長い間保たれる事は無い。此の儘落ち着いていろ。」
「はァ…遂に私よりも偉そうにしおって…。」
久しぶりの再会時よりも更に距離が縮んだ様な感覚に、少しばかりふにゃりと頬が緩む戯。
「あ、ふにゃふにゃ笑ってる!前よりも可愛くなったねぇ…。それもボクのおかげだったりして?」
「五月蝿いぞ、死神。そんなに私を弄り倒して何が楽しいのだ、私は死神よりも…、──…いや、先生…か?」
「ふふ、」
それを悠寿が弄り出せばむっとしたが、ふと戯の口から出た《先生》という言葉を聞いて安心感を覚えた悠寿であった。
△
「…あ''ァ''!!?真逆…あン"の"狐野郎…、私の悠寿さんに接吻しやがってないかぁ!?はあぁ!?!!ちょっと、園長!私にもその太いフォークみたいなやつ、大至急貸してください!!串刺しにします!!」
「五月蝿い、''商品の使用方法以外に利用する事を禁じる''って呪いが付けられてンのよこっちは。」
「そんなの知ったこっちゃねェだろうが、さっさと寄越せ。オレも八雲に協力する。」
「いやなんですかその呪い…、そんなの私がぶった切ってやりますよ!!!マイナス五歳児、ちゃんとついてくるんだぞ!行くぞ!!」
炎の中に居た二人の行動を見て、どんちゃん騒ぎになっている三人組。すると、傍でけらけらと笑い出す悠寿の声で一斉に黙り込む。
「ふふん、皆ボクの事好きだねぇ。…あ、そーだ!じゃあ一人一人にちゅうしてあげようか!!」
接吻なんてしてないんだけどね、と思い乍らも頬を緩ませ各々と顔を合わせる。
「え!そんな事して貰えるなら、私此の身も心も何でも捧げます!!なので、どうぞ!!」
突如始まった悠寿からの愛情表現に固まる男性陣を差し押さえて、八雲が我こそがと強く意志を示しながら悠寿に接近する。
「おい、八雲…お前鼻血を垂らしながら近づくなよ。園児よりも園児みたいじゃねーか。」
興奮する八雲を見ながらくすっと笑う雅客。彼女の内面を知っているものだからこそ、雅客には其れが幼稚ではあるものの可愛いと思えた。
「…園児?聞いた事の無い言葉だな。誰かの名前なのか?それとも…「マイナス五歳児、…否、空暦クンの名前だよね〜♪」ふむ、そうなのか。「はぁ!?違うに決まってるだろ!!」…おや?違うのか?」
先程の荒れ果てた居心地の悪い状況とは違い、いつの間にか和んだ空間に変化していた。だが、いつの間にか其の空間から外れた今も尚燃え盛る炎の傍に悠寿、そして其れを集団から離れ、彼女の傍に来た恐神の姿があった。
「こんな大々的に縦横共に広がる程、激しい炎が生まれるだなんて、ねぇ…。───…一体どれだけの人間を犠牲にしてきたのか。」
口に煙管を咥えた悠寿はそっと炎に手を触れると、炎の中から生まれた腕がぎゅっと悠寿の手を強く掴む。
「…悠寿に触るな。」
側に居た恐神が炎の腕を振り払おうとした瞬間、悠寿の咥えている煙管から吐き出された煙が炎にぶつかると、其処を原点にして静止画の如く炎の動きが停止した。
「…お?何だこれ。静止画みたいで凄いな…これも悠寿の力か何かなのか?」
「うん、そうだよ。…それでね、此処から先は恐神に良いものを魅せてあげよう。恐神、静止した炎に触れてみてよ。」
「え?あぁ…火傷しない?「うん!当たり前じゃん。」──それなら…物は試しでやってみるか!」
悠寿に言われた通り、恐神が静止した炎にそっと手を触れると、色鮮やかな蝶と共に桜吹雪が舞い踊る。其の耽美的な絶景に意識を奪われ乍ら、自然と肩を寄せ合う二人であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます