七十二件目 あの人の為に 其の三
雅客に銃弾の様なものを撃たれたと悟った瞬間、力任せにぎゅっと瞳を閉じた。しかし、痛みはやって来ない。誰かが庇ったのだろうか、否そんな事してくれる様な心優しき存在は存在しない。ならば一体…?
「…村人の真似して楽しかったか?
「…あれ、又邪魔されちゃったァ。折角此の良い男騙して、彼処にいる死神と同じ目に遭わせてあげようと思ってたのにィ。」
「…之は、どういう事だ…?」
戯の背後には見知らぬ女が立っている。紫色の長髪と姫カット、そしてツインテールした部分を三つ編みでくるりとまとめた髪が特徴的だ。
「詳しい話は後でする。さっさと失せろ、お前の顔には二度と俺の前に現れんなっつったろうが。」
「え〜?…本当は会いたいんじゃなくてェ?」
にこにこと笑いながら雅客に近寄っていく。然し、雅客はピンヒールを刺す様に蹴飛ばす。
「おい、女は丁重に扱えと死神が…」
「今は彼奴の話はどうだっていい。さっさと俺の前から消えろ。何度も何度も懲りずに現れやがって、''疫病神''風情が現世に住み着くな。」
雅客の手には、鋭い牙の付いた刃物。其れを女の喉仏に向けて突きつける。
「ん〜、じゃあ儂…あの死神が欲しい!」
「は?急に何を言い出しやがる。お前今の状況を理解しての発言か?シバくぞ。」
「そうこう言えるのも今のうちだよォ?そんなに酷ォい事言ってると、又あの時みたいに…────」
ぐじゃあ。
汚い音が響き渡る。その後、女の顔に蛍光色の液体の跳ねた跡が飛び散った。
「…悪い。昔の手癖なのだ。許せ。」
「ヘェ…、今の話聞いていた筈なのに、阿呆もそういう事できるんだァ。…ならば今度、沢山遊び相手になってよ。」
それだけ述べると、女はにこりと笑いながら口をぱくぱくと動かし、''ざ'' ''ま'' ''あ'' と言いながら静かに消えていった。
「…おい、男。先程の銃は何だ。そして今消えた女とお前は何か関係があったのか?…そして、先程まで…「お前はまだ幼稚で良いよなァ…、後で良い託児所でも紹介してやるよ。」は?たくじしょ?なんだそれは。「ンだよ…。もういいか、黙れ世間知らず。」その言い方もやめろ。私には列記とした名前が…「それも聞いてない。さっさと彼方の女の成仏でもしてこい。」は、はぁ…。」
騒がしい会話を繰り広げつつ、雅客に強く背中を押され青く染った炎と火の粉が飛び散る中、中央で横たわる悠寿の元へ向かう。
段々と小さくなっていく背中を見て、「お前も俺の除霊対象だからな。」と独り言を口ずさむ。
「死神!!さっさと目を覚ませ!!さもなくばその女に身体を乗っ取られる!!!!」
横たわる悠寿のすぐ傍にいる、上半身だけの女には見覚えがある。あの姿には数百年分の因縁もある。今すぐにでも噛みちぎって亡き者にしてやりたいという気持ちから、炎など知らぬ顔で突っ走ろうとする。しかし、言わずもがな炎に飛び込む寸前で八雲等に止められてしまった。
「キミ、危ないでしょ!何考えてんの!」
と、保護者の様に強く止めに入る八雲。然し恐神と同様に、「俺は死神を助ける。止めるな。」と言って再び炎の中へ飛び込もうとした為、今度は雅客に強く引っ張られ動きを制御された。
「…どいつもこいつも…何故そんなに私を止めたがる。このままでは死神の身体が持たぬ。行かせろ。」
「…まァ見てろよ。悠寿は元々''起きてる''から、今はただ要観察してれば良いだけの話だからよ。」
雅客が口角を上げながらそう述べると、熱気に耐えられたくなったのであろう、悠寿の身体を乗っ取ろうと企んでいた女の霊が現れる。
「…あの上半身の女…何故今も尚この世を彷徨えるのだ。確か眉間を仕留めた筈だというのに…。」
「?…やっぱり知り合いだったか?」
「…あの女は、数百年前に此の村を襲おうとした女だ。当時は先生…ではなく、死神が居てくれた故難なく倒す事が出来たが…」
「…ならお前が成仏させて来いよ。あの女。…此の中であの女が一番未練がましく思ってンのは、もし悠寿以外でもいるとしたら、お前しか有り得ねェ話だろ。」
雅客は片手に持つ鋭い刃を炎に向かって斬りつける素振りを見せると、綺麗な道が生まれる。「早く行け」という雅客の言葉と共に、戯は足を早め二人の元へ向かう。
「さっきからずっとやるせない表情だな。もしかして二人に対する嫉妬か?恐神。」
「五月蝿いな…。ニタニタ笑いながら聞く必要は無いだろ。それに嫉妬ではなくて、これは一人の社員を心配しているだけであって…」
「はい言い訳。悠寿は正社員でも何でもないから、その言い訳は通用しましぇん。」
「ンなァ…その言い方なんかイライラすンな…。べ、…別に妬いてるとかじゃねぇんだから良いだろうが。その、一寸気に食わないだけだよ。分かったら、その冷やかしとかやめろ!」
目の前の状況を経過観察していた八雲までもが、「ふっ、…あはは!恐神って意外と嫉妬するんだねぇ!もしかして悠寿さんが恋愛対象なの〜?見た目はまだ齢十七とかそこら辺に見えるけど、私達より遥かに歳上だよ〜。」と、楽しそうに笑いながら横からちゃちゃを入れ始める。それに流される様に、恐神は顔を赤くして「妬いてなんかねーから!」と大声で叫んだ。
…
「はぁ…ッ、はぁ…熱すぎる…。何でこの女は平気なの?死神だから?流石に身体が化け物すぎでしょ。''今日''ならいけると思ったのに此奴の体が頑丈過ぎるの?信じられない…あんなに沢山食べたのに。」
ぜぇぜぇ、と必死に息をしようとする梅雨葵の近くで目を閉じたまま微動だにしない悠寿を、ぎろりと睨みつける。彼女にとって因縁の相手である悠寿の身体を乗っ取ってやろうとしたものの、しぶとく居座る悠寿の霊魂に痺れを切らしたのか、梅雨葵は自身の懐から鋭い包丁を取り出し、彼女の首に突きつける。
「こうなったら… !!!…────」
悠寿の首に鋭い刃をぎりぎりまで近づけ、勢いよく上にあげたあと、狙いを定め引き攣った笑みを浮かべながら容赦無く刺した。然し、横たわる悠寿の悲鳴では無く、足の無い女の悲鳴が響き渡った。
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