六十八件目 幽霊遠足

「そんじゃ、またいつか。」

ひらりと手を振りながら、木製の扉を開けて外に出る。さて、何処から探しに行くか…なんて思いながら辺りを見回すと、見覚えのある姿が視界に入る。



「…おい。」


「?…あ、園長先生。」

雅客の視界に桃色のぱっつんボブと1部の後ろ髪を伸ばした、よくリボン型のカチューシャの似合う女が入る。


「何でお前がいるんだよ、八雲。お前の仕事量がまだ腐る程残ってンだろうが。…園はどうした?他の奴に託したのか?」


「はい!園長先生に会いたくなったので。」

八雲、と呼ばれた女はぴょこぴょこ跳ねながら、雅客を鷲掴みする様に抱き締める。


「暑苦しい…。おい、園に早く戻れ、八雲。俺はお前に会って駄弁る暇がある程時間がねぇんだよ。ほら、行け。」

雅客はいらいらしつつも、必死にその気持ちを堪えて強制的に会話を終わらせ、この場から八雲を引き剥がそうと試みる。


「ぅ"っ…園"長"せん"せ、そんな事…ぃ"'わなぃ、で"ぐた"さ"ぃ"…。」


「…そんな事を言おうが、お前が仕事場に戻れば済む話だろうが。俺だって暇じゃねぇのは分かってるだろ?相棒の世話があンだよ。」

泣き出しそうな顔をしながらずひずびと鼻を啜る八雲の顔が、急にへけっとはにかみ笑った顔に戻る。


「!もしかして、悠寿さんですか!いいなぁ〜!!うちは全然会えないのに、園長先生は良いですよね。会いたいって思ったら会えるんですもんね。はぁ…こういう所、すごく理不尽です。」


「ンだよお前…、元気になったかと思えば急に俺に当たってくるじゃねーか…。長年の仲の奴との関係はそう簡単に引き裂こうとも出来ねぇのが普通よ。ほら、分かったら早く園に戻れ。」


「…」


「…何で''園に戻れ''って言ったら、そんな変顔ばかりかましてくんだよ。」

この会話が始まり、既に十五分程経過している。探偵事務所のすぐ近くの通りで繰り広げられている会話なので、雅客には地獄に立たされている気分だ。


「…じゃあ、戻ったら悠寿さんの…」

八雲が口を開いた瞬間、雅客が今来て欲しくないランキング打倒の一位の男が現れる。



「あれ、雅客じゃん。まだ行ってな…て、あれ?も、もしかしてナンパの途中?」

恐神が、自身の口に上品に手を添えて上品にくすくすと笑うと、雅客は靴底でぐりぐりと足を踏みつける。無論、表情は天使(悪魔)の微笑みだ。


「…で、君は誰?」


「え、あ、オレ?俺は此奴の友達で、そこの事務所で一風変わった依頼を受け付ける探偵だ。宜しくな。」

にこりと優しげに笑いかけながら手を差し出す遅が見に、八雲は首を傾げた。



「…ねぇ、園長先生。この人誰?探偵って何?…もしかして、この人と悠寿さんって関わりがあったりするの?」


「…あれ、雅客、お前…パバなだけじゃなくて園長先生もやってるのか!大変なのに偉いなぁ…。」


「え!!園長先生!妻子持ちだったんですね!相手は誰ですか!!何処のモブ小僧ですか!」

随分と類似した奴等が集まると、こんな面倒な思いをしなくちゃいけねぇのかよ…と思いつつ、二人の質問を無視して話題を変える。


「そこはノーコメント。で、気になる事はお互いに質問しておけ。…俺は相棒の世話…の前に、ちょっとした雑用をこなしたから行く。だからお前らは…そこら辺の喫茶店で駄弁ってろ。…じゃ。」

その後、数秒前まで確かにその場に居たはずの雅客と二匹の犬の姿は消えていた。




***




「…で、之が情報屋から受け取った資料って訳か。卯島もこれ見たのか?」


「…(気になったから少し見させてもらった。何だか大変そうなお仕事だね。誰の?)」

人通りの少ない路地裏を介して、情報屋から受け取った資料を貰い、一通りに目を通す。雅客が資料に目を通している間、卯島は先日の雨で残った水溜まりを興味深く眺めていた。


「悠寿の仕事だ。…俺も仕事は有り余ってるけど、少し観察しに行くか…と思ってな。まァ、他人の仕事に手を出すのは柄じゃねェが。」


「…(へぇ。雅客も変わったもんだね。先生は感動してます。でもそれ、悠寿子がその仕事を任された理由も分かる気がする。)」

水溜まりに所持品の鳥籠に入れられた生首を付けて遊ぶ卯島を、少し引き目で見ながら「何で?」と返す雅客。


すると、卯島はゆっくり立ち上がるなり、

「…(だってその村、地図にも何にも存在しない場所だよ。数百年前には確かにあったけど、今はただの更地。尚且つ、此の村は侵入者は多いけど、その人達は皆人身御供の犠牲者に変わるらしい。だけど、先程述べた通り今はもう只の更地だから、建物も村人も何もいるわけがない。…そこで一つ、考えられる懸念点として、)」


「…卯島は、悠寿が人身御供の餌食になるって言いたいのか?まぁ…そんなの有り得ないと思うが。」

雅客の言葉を聞くと、鳥籠の中の生首がくつくつと笑いながら飛び跳ねる。そして、不気味な不協和音で喋りだした。


「…オマエ、マダシラナイ。アノシニガミ、イマウワサ。ミンナホシイ、アイツ。アイツガアレバ、ゼンブカナウ。」


「…何が言いたい、生首風情が偉そうな口叩きやがって。死神だから需要が高まってるのか?でも他にも死神ならそれなりに数はいるだろ。」


「へへへ、オマエ、リカイブソク。イマ、シニガミガリ、リュウコウ。フフフフアハアハハ」

生首は鳥籠の中で暴れ回りながら、ぎゅふふと笑い続ける。が、雅客が卯島の方に再び視線を移した刹那、汚い声を上げてその声が消えた。



「…(この子も駄目。騒がしい。)」

片手にはダーツに使用されるピンを持つ卯島が呆れ顔で上を向いた。


「…この生首の言葉は本当なのか?」


「…(先生は詳しく知らない。けど、この子は虚言癖が凄いから、先生達を惑わす為の嘘の可能性も高いから適当に流しておけば。)」

卯島は先程から被っていたフードを下ろし、顔の裏側にある大きな口に先程の生首を食べさせる。


「…おえ、お前その口でどうやって過ごしてるのかと思いきや、そこで食事とか済ませてたのかよ。」


「…(文句があるなら、みじん切りにして本日のちびっ子達の夕飯に加えるけど。園長先生入りの料理、って事で。)」

もしゃもしゃ、ばりばり、と咀嚼音が響き渡る中、平然とした顔で食事を済ませれば、再びフードで大きな口を隠した。


「…ま、取り敢えず情報は有難く受け取っとく。様子見がてら行ってみるわ。…じゃあな。」


「…(ん、どうか阿呆な真似はしないように。)」

視界から消えた雅客の残像を眺めながら、「…(今日も雨か。)」と呟きつつ、大通りに姿を消した。

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