六十七件目 死神少女の行方

雅楽は卯島から受け取った処方箋を三名の社員に投与後、近くの椅子をくるりと回し呑気に腰を掛けた。



「はぁ…問題は、悠寿の方は現在進行形で何をしているのか…って所だな。」

長い髪を纏めていた髪留めをしゅるりと解き、長く大きな溜め息を吐きながら呟いた。この言葉には誰の返答も求めていないが、内心は責めて誰かに話だけでも聞いて欲しい気持ちもあるといった、複雑な心境である。


「自分の命位は自分で守れって言っても理解出来ない餓鬼共のせいで…。つかあの女…見た目に反して妖力が薄かった気がすンな…。」

ぶつぶつと呟きつつ、脳内で情報を整理していると雅客の服の裾から不協和音が流れ出した。



「んあ?…えぇと… …


《ちびっ子達がしぶといほど寝静まってくれない、一生のお願いだからカムバック!!》《待って、誰か逃げ出したかもしれない。ドウシヨウ!!!》


────…仕事増やしやがったなあの野郎…。前は《グッドラック》だけ送って、その後シカトしたから不在着信履歴も溜まってやがる…。チッ…《園長が居なくてもどうにかするのが副の仕事だろうが。それぐらい俺の残したメモでどうにかやれ。》と。これでどうにかしろ。…つか一生もクソもねえだろ。もう生きてねェんだから。」

青年の様な僅かに初々しさが残る雅客の顔に、やや経験を積んだ者らしい表情が浮かび上がる。片手操作で脳内に思いつく限りのアドバイスを電子機器に打ち込むと、それを一気に送信し再び服の裾に其れをしまう。



「あれあれ、雅客いたのか。ぐんもーにん…て、雅客ぅ〜今日は珍しく悠寿の方は居ないのか?」


「うげっ、…背後から話しかけてくんなよ精神年齢マイナス5歳児。悠寿の事なんぞお前に話したところで何も利益はねーだろ。」


「え〜、…でも昨夜の出来事の件で、責めて悠寿の容態は知りたいな〜とか。」

圧倒的に恐神の方が背が高いはずなのに、雅客側は恐神を圧倒させる程の鋭い目付きでぎろりと目を合わせる。対する恐神は、終始目が開いていない顔でにっこり笑顔を向け続けている。



「はぁ…悠寿の状態はな、まぁ…なんて言うか…そんな良い状態ではねぇな。…一寸生々しい事を言えば、眼球破裂、顔面神経麻痺、…そして顔に痣が出来た、それが今の悠寿の容態だ。」

雅客は机に置かれたオレンジジュースで喉を潤しながら、特に表情を変えずに日常会話の如く淡々と話し終えた。それに反して、恐神は少々眉を歪ませ拳を腰に添えていた。



「…如何した?やるか?」


「いや、ファイティングポーズじゃないから安心しろ。…それで、当の本人は何処で過ごしてるんだ?」


「…お前、成長したのかそれとも……、否何でもない。現在、悠寿は死神の仕事の最中だ。」

煽り要素を入れた訳ではないものの、無意識に変な言葉を口走りそうになった自分に軽く仕置をしつつ、何事も無かったように質問に答える。


「死神の仕事?そんな重症じゃ休養を取るのが得策だろ。何で雅客は止めなかったんだ。」


「俺は止めた。だが彼奴は''私は仕事をこなしたい。じゃないと私が私として正当化されない。''って反論してきたのち、今に至るってわけよ。んで、仕事から戻ってきてぐったりしてたお前達の見守りとして此処に座ってたの。」

まぁ、嘘だけど。と、心の中で突っ込みを入れながら表情を崩す事なく会話を続ける。雅客と違い恐神の方は顔に哀愁が漂っているように見えた。



「…そんなに心配か?言うてあの口煩い薬種屋卯島の処方箋は受けただろうし、あと数日したら戻って来るだろ。」

雅客は手をひらひらさせながら宥めるが、恐神の表情は変わらずである。また、会話の途中で物音がした方向を見ると、寝起きの真泉とお岩の姿が見えた。


「んぁ、マイズミにお岩も起きたのか。おはよーさん。お前達も悠寿は…まだ見てないか。」

何故此奴はこんなに悠寿に執着するのだろう、と思いつつ二人の顔色を伺う恐神を観察する雅客。当然の如く、二人は首を傾げ目を合わせた後ふるふると首を横に振った。


「…なぁ、雅客。死神の仕事をこなしている最中の悠寿には悪いが、彼奴の容態を確認しに行く為にもちらって見に行くのは良いか?」


「…覗き見っすか?」


「やめろその言い方」

恐神は寝起きのマイズミにいじり倒されて、少しむっとした表情で犬の如く威嚇した。


「…言ったところで何も変わらねぇと思うが。…でもそんなに行きたいなら、まずその場所の情報収集から始めろ。場所なら教えてやるが、そう簡単に人間が行ける程安全性の高い場所では無い。幾ら悠寿の重傷が心配であろうが、先ずは自分の命を守れるか否かで考えろ。…まァ、少なくとも俺は負け犬を連れて行ってやる程優しくはねぇがな。」

ニヒルな笑みを浮かべながら、近くにある扇子を旗の代用として横に揺らして応援アピールをする雅客。その言葉が心に響いてしまったのか、三名の社員は机に向かうと一心不乱に作業を始めた。



《まぁ、どんなに頑張っても連れて行く気はないんだけどねぇ〜…。虚言で騙すのも申し訳ないが、此奴らが仕事を頑張ってる間に…───》



「…取り敢えず俺は餓鬼探しにでも行くか。」

今の雅客は、 好物を体内に摂取したお陰で、心身共に力がみなぎってくる気がした。


「お?…雅客、お前子供いたのか!?名前とか…性別とか…最近撮った写真とかあるか!?」


「!…雅客さん、おめでとうございます!!」


「雅客さんって見た目にそぐわず、真逆のパパだったんすね。もし子育ての壁が来たら家政婦として雇おうかな…。」

三名の社員が雅客の小声に反応し、それを掻き消す程の大きな声で騒ぎ出す。そして、それを遮る様に「お前ら黙って仕事してろ!」と顔を赤くさせる雅客であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る