六十六件目 挨拶

その後丑三つ時の墓参りに来た二人は、無意識に言葉を紡ぐのを静止させたまま自然と別行動に移った。悠寿は一つ一つの墓に手を合わせ、それに対して男の方は目の前にある大きな墓の前でしゃがんだ。



「久方ぶりだな、今日は朗報があってきたんだ。…元気だったか?」

男は一つの墓に寄り添う様に座ると、全体を見回せる様に体制を変えて喋り始める。一見するとただ一人でぶつぶつと喋る不審者に見えるが、悠寿にはその男の周囲に次々と人間が集まっていく姿が見えた。



「…?嗚呼、最近は彼奴が旅館を…───、って、

俺の羽織を奪うな大和!餡子も一緒になって遊ぶな!!」


《別に良いだろー!稲荷野郎の服は俺の着てるやつよりかっこいいし!》


《そーだよ!それに戯様の服着てたら落ち着くし!なんだかお父さんの匂いがするもん!》

まるで大家族の長男の様な賑やかさは、今の悠寿にとって癒しの映像だ。それに連なる様に近くにいた大人達もふふふ、と微笑んでいた。


「あの子達も成長したな…。すごく楽しそうだし、いつ見てもこの村人達の仲睦まじい関係は感慨深い。…てか、彼奴…じゃなくて御主人の名前ってソバエっていうんだ。初耳…。」



《…おや?貴女は我々が見えるのですか?》

背後から首を絞められる感覚。


「…うん、お陰様でね。」

悠寿は何食わぬ顔で黒髪を撫でながら、指で鋏の形を稲荷の作る。その手を肩辺りの髪に当てながらにこりと笑った。


「…貴女の記憶の中にこれくらいの髪の長さで、''人身御供を終わらせた化け物''と言えば…誰?…なんて言わなくても分かるか。」

けろっと笑うと、村人(故人)は時差で口をあわあわと開けたまま腰を抜かした。それを見て一部の他の村人が心配になり戻ってくると、腰を抜かした村人がこう叫んだ。




《あ、…ァ"…ぁ、あの頃の…死神様だ!!》


「……少し声でかいねぇ、君。私そんなでっかい声で叫びなさいなんて言ってないよ?うん?」

そして、先程の首を絞めつけられる感覚に継いで、ダミ声と共に何かモヤモヤとした重たい空気が、身体にじわじわとまとわりついてくる様な感覚がした。


《あの時…俺の腕が取られた時に助けてくれた…あのちびっ子…じゃなくて、死神様…》

目の前にいる村人の形をした幽霊は、朗らかな表情を浮かべているが、その心の奥に私への憎悪と強い怨恨を感じる。


「おう?…ちょっと今余計なこと言ったね?でもあの時は腕を修復させるまでは出来なくてごめんね〜…。」

悠寿はむーっと頬を膨らませながらも、少し寂しげな表情で手を合わせる。そのタイミングで悠寿の背後に大きな影が出来たと同時に身体が軽くなる。


《いえいえそんな事は…。あの時はとんだご無礼をしてしまい申し訳ございません…。》


「いやいや全然!!…て、あれ?私こんな大きな影が大きい身体だっけ?」


「そんな訳が無いだろう。」

少し渋めの低音が近距離で聞こえた。この時、今悠寿はこの男に持ち上げられたと解釈した。


「…あ、戯…って名前であってるっけ。向こうでの大切な話は終了したの?」


「…大切な話?…嗚呼、廃村の話なら終了したぞ。一同分かりきった顔でいたから、特に多大なショックを受けた者はいないだろう。」

男は悠寿を横抱きすると、謎の達成感に満ちた笑みを浮かべながら一同に視線を移した。


《あ!そういえば、私早く朗報が聞きたい!!》


《もしかしてまた一緒に暮らせるとかなのか!?》


《馬鹿ね…。私達はもう生きてないから無理でしょ。…あ、でも戯は狐だからもしかして大丈夫だったり…?》


がやがやと騒ぎ出す老若男女を咳払いで一斉に沈める戯。その後大きな溜息を付いたあと、また口を開いた。



「朗報を渋って話す事を躊躇し続けるのも趣味ではない。だから、単刀直入に言う。……紹介する、この女…死神が俺の嫁だ。」

単刀直入な話に一同が鳩が豆鉄砲を食ったような顔でぼやんとしている。それを見て悠寿は戯に対して少し怒りををぶつけた。


「…もう一寸話の概要を付け足した方が良いのでは。誰かしら驚愕したのち心臓が静止するかもしれないでしょ。何故その様な経緯に至ったのかとか話すのが当たり前じゃ…。」

悠寿が呆れた目つきで戯の顔をぺちぺちと攻撃すると、戯の方は尻尾で反撃し始める。


「…何がだ?村人は驚愕しているのでは無い。恍惚とした表情で夢見心地に浸っているだけだ。よく見ろ。」


「…いや、真逆…そんな今までは人間同士の結婚を祝う伝統行事だったのに、そこに異類婚姻譚じみた結びが含まれでもしたら驚愕しない人間が何処に…。」

呆れ顔の悠寿は村人に共感を求める様に視線を向ける。だがしかし、そこらに並ぶ顔つきには明らかに自分の味方と思える人間は居なかった。


「…落ち着け、死神。嫁と言っても、これは死神の想像している程難しい話では無い。ただ伝統行事をそんな堅苦しく受け止めずとも、そんな重荷を持たせる訳ではないから安心しろ。…それに、先刻伝えた通り何か起きれば私が守る。気にするな。」


「はぁ……。''結婚"って言葉に対する捉え方が貴方と私で違うのかしら…。」

戯はただのこの一時の相棒であり、嘗て育てた生徒として捉えている悠寿には複雑な気持ちであった。


「…そんな事は無いと思うが…。結婚するというのは…生涯共に暮らす関係、になるという解釈だろう?」


「ま、まぁ…それは、合ってる。けど…。」

《この顔よりも深い複数の傷も、貴方以上に化け物じみた身体も、それから私の残酷で穢らわしい過去だって…対して何も知らない癖に……───》



例え之がこの廃村と幽霊となった村人達の浄化の為に行われる最初で最期の儀式であろうと、考えれば考える程彼女にとっての懸念点が日を追う事に次々と生まれる。悠寿にとって嘘でもそう言われる、否言わされる相手への罪悪感はあまり此の身に感じたいとは思えない。だがしかし、二人を見守る周囲の者達の表情は先程よりも更に柔らかくなっているような気がした。

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