六十五件目 深夜徘徊と記憶発掘

「起きろ、死神。…昼からずっと仕事をサボり眠り続けていた分の埋め合わせとして、私が働いた事に感謝しろ。」

 少々荒々しい聞き慣れた声で目が覚める。

久しぶりに十分な休憩を取ったお陰で頭痛が酷いが、腹部に何か温かいものが当たっている感覚の心地良さが痛みを中和してくれている気がする。


「んあ…?ありがとう?…それと、御主人。おはよ〜」


「…ふん。何か夢でも見ていたのか?」


「ん〜…、ちょっとした思い出の記憶が夢の中に出てきたの。もう何百年も前だけどさ、あの時の私にとって凄く感慨深い内容だった。…ふぅ、除霊の再開のついでに外の空気吸ってくるね。」

 怠く重くなった身体を無理矢理動かし、伸びをしながら部屋を後にした。




             ***




「…あの女…もう何百年も前に出た他と変わらない化け物のくせに、何でこんなに頭にちらつくのかな。」


「縺。縺奇ス九s��スゑス搾ス�ス具ス奇ス�ス�ス�」


「うん?なになに、…“あの子は事務所にいた偽の私“だって?面白い事言うじゃない、けどねそれぐらいなら驚愕する事も無いわね。」

 暗闇で相手の行動が読みにくいというのに、ひたすら悠寿に攻撃をしかけつつ刃物を振り回す化け物の攻撃を避け、化け物の不可解な発言を自身の発言に対する返答と認知し会話を続ける。その光景を宿の窓から覗いている男は、「はぁ…くだらぬ。」と呆れた声を出しつつも見守っていた。



「あ、そうだ!…ねぇ、私の事を此の廃村に飛ばした女の事知らない?」


「縺。縺奇ス九s��スゑス搾ス�ス具ス奇ス�ス�ス�」


「‥ん?あぁ、知らないの?…ならいいや。然様なら。」

 すると、先程までの笑顔を失った表情で勢いよく大鎌を振り下ろし浄化させた。其のタイミングで先程から様子を伺っていた男も顔を出した。



「死神。…少し散歩にでも行かないか?」

 男は着物の袖口から四角い物体を取り出しそれを土に埋め込むと、数秒後に此の廃村を覆う結界の様なものが発生した。


「…お、これは何かの結界か。最初からこれをしておいてくれれば良いのに。」

 悠寿はうげ〜…と呟きながら男に対してむっとした表情を送るが、男は少しくすっと笑った。


「私の体力と時間の問題で余り使えないのだ。…そんな都合よく使えるのならば、死神に頼る事はないだろう。…それと死神、先程の質問に答えろ。」


「散歩ねぇ…、旧友にも会いたいから行こうかな。…ちゃんと案内してね?」

 月明かりに照らされて大人びた笑顔を魅せる悠寿に、「もちろん」と返した。



   



               ・

               ・

               ・





「夏なのに何だか寒い所だねぇ…、何だか不思議ね。」


「だろう?自然に囲まれているお陰なのか、何百年も経った今でも此処は私の安らぎの場だ。…しかしこうやって色々語っているが、実のところ此処は昔出会った見知らぬ女を手助けした時に教えて貰った場所なのだ。」

昔の記憶を懐かしんでいるように頬が緩む男の会話の中で、聞きたくない単語が耳に入る。昔出会った女?あぁ、あの梅雨葵の事と理解すると、悠寿は少し大人しい声で「そっか。…」とだけ返した。


「?ふむ…先程よりも表情が曇ったように見受けられるが。…死神よ、隠し事があるならば今のうちに吐け。」


「隠し事なんて仕事以外じゃしてないし、今の状態もありのままで過ごしてるから気にしないでよ。…てか、“女の子“にそんなコト聞かないの!」

 決して元交際相手という親密な関係を築いていた訳ではないが、先程から自身の苛立ちの原因となっている女の話など、本音をいえば耳を切断してでも聞きたくないというのが悠寿の心情だ。しかし、思い出に耽る此の男の和らげな表情を見ている限りは言葉に出すのを苦に感じた。



「死神が女?…ふん、全くもって理解不能な話だな。だが、まぁそれもいいだろう。…以前に死神が疑問を抱いていた質問の答え合わせといこう。」

男は悠寿を自身のすぐ隣に座らせると、いくつかの質問を投げろと言わんばかりに手招きをする。


「…えぇと…、じゃあ、1つ目の質問。何で此の村は廃村と化したの?」


「…ふむ。最初からやや踏み込んだ質問だな。結論から言うと、此の村の最期の人身御供の犠牲者の女が暴れたのだ。…妖怪になって戻ってきてな。」

男は懐から酒を取り出すと、盃に並々に次いでそれを身体に流し込んだ。


「…妖怪、か。でもあんたもそれなりに強いんだから、仕留められたんじゃないの?」


「…そうだな、それは…まぁ、そうだ。」

男は少し険しい顔をしながら、なんとか声を絞り出した。それに違和感を感じた悠寿は、容赦なく類似の質問を投げかける。


「…もしかして、偶々その時御主人が不在だった、とか?…それを狙って妖怪が村を襲ったの?」


「…随分と尋問が得意なようだな。正直に話せば、死神の言う通りだ。丁度私が子供を連れて食材を買いに村をおりた矢先で起きた厄介事だ。」

男は酒が入った瓶を気持ちの昂りに比例する力で強く握り締める。悠寿はその赤く染まった手に不健康な色白の手を添えた。


「こんな質問して悪いね。…じゃあ少し話題を変えようか。ねぇ、ずっと気になっていたんだけどさ、例の''狐の嫁入り''について教えてよ。」

男は一瞬きょとんとした顔で悠寿を見つめるが、深呼吸した後悠寿の要望に答える様に説明を始めた。



我が村の《狐の嫁入り》とは


人身御供の終焉との入れ違いで生まれた新たな村の伝統行事。我が村の御神体である稲荷様への敬意の表しとして、行事を行う際は原則狐の御面を付ける事となっている。



《狐の嫁入りの内容》



決められた月日に行われる此の行事では、二人の男女が生涯お互いを支え合い守り抜く事の意思表示として結びを行う。まとめていうと結婚式の様なものである。


「…成程。で、……」


「…どうした、死神。顔が赤いぞ。私の酒臭い匂いで酔ったのか?」

男が心配げな表情を浮かべながら顔を近づける。



「い、わ、私は別に平気だし?…あ、そろそろ村の方々に挨拶に行った方がいいんじゃないかな〜…と か…。」

悠寿はさりげなく視線を逸らしながら呟くと、男は悪気のない顔で控えめに微笑んだ。


「――…却説、云百回目の法事ついでに結婚挨拶に行くとするか。」

 男は立ち上がると、長時間同じ体勢で凝り固まった身体を軽く伸ばした後に悠寿の方へ振り向いた。


「…何、こっち見ないでよ。」

久しぶりに赤面せざるを得ない状況に立たされた彼女は、男に顔を見せない様にと男の先を歩き出した。


また、これは余談になるが、彼女の見た目は齢16か17辺りの若々しい女だが、しかし中身は数百年を生きる初心を拗らせ続けた大人である。


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