六十四件目 最後の女 其の二

子狐の男→子狐 表記多め

     もしくは男



子狐は何処へ行ったのだろう。

何処にも姿が見当たらず、段々不安が強まっていく。

聴こえてくるのは自然音のみで、木々が生い茂っている為悠寿の視界が悪くなっている。



「あぁ…もう!!何でこんなに…木々が、生い茂、るまで放置してるのよ…無法地帯にもほどがある…。」

 よく目立つ金髪姿から黒髪の通常時の姿に変化すると、宙に身体を浮遊させ子狐の捜索を再開する。雅客の方は大丈夫だろうか、など心配しつつ辺りを見回していると、見知らぬ女と男(子狐)の姿を発見した。



「…何か話してる。なになに?えぇと…――

“私貴方のことが……“、“だから……“。――…随分長い散歩かと思ったら、私の知らない所で逢引をしているとは…。こっちは昨夜一人で寂しく眠りについたというのに…、ちょっと邪魔しちゃおうかな。」

 悠寿は生い茂る森の木陰で距離を詰め合う男女の背後に舞い降りる。しかし、二人は自分達の世界に入り込んでいるせいか気づいていないようだ。




「…悪いが、俺はお前の様な女とは付き合えない。」


「え…?…私の事、好きじゃないの?どうしてそんなコト…。」

 男の方へと、徐々に距離をつめ愛を述べる女にお断りの言葉を告げる瞬間を目の当たりにし、あちゃぁ…一番タイミング悪い所で接近しちゃった、と思いながら後ろに足をひこうとする悠寿。しかしその動きを遮るように男が悠寿の手を引いた。



「俺には先生がいるから、…残念だが諦めてくれ。」


「…はひ?ちょ、あの…私ただの通りすがりのものなんですケド…。」

 筋肉質な腕の中に余裕で収められる悠寿。男の方は然程何も気にしていないような様子だが、腕の中に収められている悠寿の方はというと、先程まで此の男と仲良く話していたであろう女の嫉妬が豹変する懸念に少々怯えていた。


「なんだ?誤魔化す気か?…どうせ俺の事が心配になって探しに来たんだろう?」

 言われ慣れない言葉に一瞬戸惑い少しだけ気持ちがゆらぎかけたが、その気持ちは傍でこの光景を見ていた女の表情により全て打ち消された。



「信じられない…。他の男達は皆…私の事しか考えられないぐらいに直ぐ堕ちたのに…。何で此の男が堕ちないのかと思ったら…――」

 華奢な姿から数メートルと少々圧迫感を与える様な体格に変化し、尚且つ彼女の所持している番傘が刃物の様に鋭くなる。



「…ねぇ、そもそも此の女性とはどういう関係なの?…うわ、何かあの女の回りに男らしき幽霊が沢山湧いてきちゃった、最悪…。」


「散歩に行ったら、“暗闇で前が見えなくて怖い。陽の光が差すまでしばらく傍にいて。“と頼まれたもんでな。…妬いたのか?」


「違う、あと煩い。…さっさと片付けるよ。あの女の処理、任せる。」

 次から次へと湧き出てくる男の幽霊達に容赦なく蹴りを入れていくが、無限に現れる男に段々呆れてくる。原因を探しながら攻撃を繰り返していると、彼女は此の男の幽霊達の体温がまだ温かいということに気づいた。



「…真逆、此の人達生きて…――、ッ“…いったい“なぁ…」


「ッ死神!!」


「私の事は良いから自分の方に集中しろ!」

 女の行動を回避し続けていたものの、一瞬の隙を突かれて悠寿を取り囲んでいた男達が男の体を拘束する。男が顔を顰めながら逃げ出そうとすると、拘束される力が強まっていく為逃げようにも上手く成功しない。



「女に隙なんて与えちゃだめでしょう?♡…男は野獣とか言う人もいるけど、女だって場合によってはただの猛獣なんだから♡♡」

 女は身動きの取れない子狐の脳に手を伸ばし、「然様なら。」と告げながら不気味な笑みを浮かべる。しかしそれを遮るように悠寿が子狐以外の者の頸動脈を狙って鎌を横振りした。



「もう、…いいや。身体はあるけど魂だけ抜き取られて操られているのも、悪霊なのかそれともただの幽霊なのかよく分からない存在も全て、一度でも私に敵対心を持った者ならば全員…私の此の鎌で全て終焉を与えてあげる。」


「はぁ?何いってんの♡…ほんっとに馬鹿ねぇ♡♡そんな鎌如きで終わらせるだなんてかっこつけちゃって恥ずかしいわぁ〜♡♡♡」

 ごろごろと転がる男の幽霊達の姿を目に焼き付ける事無く、女は容赦なく踏みつけながら悠寿の方に近寄りだす。



「――…でもね、もしアンタが今此の場で消えちゃうなら…そうね。…鎌と無駄な馬鹿力、全てアタシに頂戴?♡♡アンタじゃ使いこなせないだろうものも全て、私なら器用に使いこなせちゃうから。…だってアタシ、アンタなんかよりも賢いから♡♡」


「そうなの?真逆だと思うんだけど。」

 にこにこと純粋な笑顔を見せながら、逆に受け入れる体勢になる悠寿。其の顔を見た女は、再び憎たらしいものを目に焼き付けた顔で睨みつけ胸ぐらを強く掴む。



「ッ“どうして…どうしてどうしてどうして!!そんなへらへらしてられンのよ!!さっきからずっとにやにやと笑いやがって…!!」

 女は舌打ちしながら睨み付け、鋭い刃を悠寿の首筋に向ける。その先端が当たった場所から赤い液体がゆっくりと重力に従う様に流れ出てきた。女は《勝った》という高揚感に包まれそうになった。が、悠寿は再び口角を上げ笑っていた顔を見た瞬間、更に表情が歪になる。


「…だって楽しい、から?」

 悠寿の笑顔を合図に、女の表情が一瞬固まり視界が二分の一低くなった。顔から腹までが現在の身長となった女は、「……は?」と呟きながら突如の出来事に頭を抱える。



「…こうやって栄養つければ、俺も強く慣れるのか?…“先生“。」


「ったく…こんな女の身体なんて栄養のえのじもない程中身は空っぽだから、他のものでも食べればいいのに。」

 子狐は背中から生えてきた触手から女の下半身を捕食する。その不可解な動きを見た女は、初めて此の村に訪れた時に化け物を見た村人と似た反応を繰り返す。



「…さて、それではお待ちかね。…死神を煽り、生身の人間を取り込もうとした君には素敵な贈呈品をあげよう。」

 悠寿はにこりと笑うと、上半身のみになった女の真下に蟻地獄のような深い穴が生まれる。女は必死に抵抗しようと周囲にしがみつくが、子狐に踏まれながら情けなくも落下していった。

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