六十三件目 最後の女 其の一

*残酷描写・性描写あり



軽々しく身体を宙に浮かせて化け物にトドメを刺す。悠寿の身体には所々にイカ墨の様に黒い液体が跳ねた跡が残っている。



「はぁ…ちょっと手こずったかも。ボクったらお茶目さんだなぁ〜」

よいしょ〜、と明るく爽やかな声で化け物の下に生まれた大きな影に、先程までは暴走していた化け物の身体を侵食させていった。そして、やがてその影は何事もなかった様に悠寿の影と同化した。


「おい死神、鎖の付いたまま動きやがって。身体に痣が出来たらどうする気だよ。」


「ぅ?…もしかしてボクの体の事心配してくれてるの?…ま、そんな心配されるほどじゃないけど、ありがとうね。」

自分の事を先生と呼べ、と言うのも少々納得がいく動きを見せた悠寿に近寄り、先程村人に巻き付けられた鎖を取ってやった。すると、二人に足音が近寄ってくる。


「…意外とやるな、死神。」


「…あ、腕の取れた村人さん。ちゃんと泣き止んだみたいで安心したよ。…解毒剤の効果はどう?ボクの知り合いで一番薬学に詳しい人から貰った薬だから、きっと効果は良い方だと思うんだけど。」

悠寿は大鎌を自身の影の中へ押し込むと、てってってと走りながら怪我人の傍まで駆け寄る。先程までは冷徹な視線を送っていた村人達も、少し見直してくれたようで先程よりは柔らかい目つきになった。



「…半信半疑ではあったが、…それなりには、効いている。」


「ん、そう。なら安心した。…んで、君はまずボクに言う事あるでしょ?」


悠寿はにこにこと笑いながら村人と視線を合わせる。村人は考える素振りを見せたあと、「“人身御供をやめて、そこにいる狐を敬え“、ということか?」と問うが、悠寿は「それは行動で示してくれればオッケー」としか答えない。



「…」


「…え?こんな化け物に襲われてたのに、それでも分からないの?」


「こんな化け物…?ッ“!?」


村人は首を傾げた後に悠寿の手元を見る。其処には先程とは違う化け物が悠寿に頭部を強く握りしめられた状態で此方に笑顔を向けている。



「大丈夫、此奴に関しては危害は加えないよ。…あ、でもそんなに心配なら、――…はい。これでよし。」


可愛い効果音と共に生々しい光景が視界に広がる。

男は目を大きくさせたが、それも束の間直ぐに素の表情に戻った。


「…此の件に関しては礼を言う。だが私の腕が喰われたのは死神、お前の管理不足が原因だろう。戒めとして、この村が“狐を敬い再び繁盛するまで“の期間、此の村の人間を誰一人として傷つけることなく邪魔者を排除しろ。」


「…それは命令?それともお願い?」


「…命令だ。」


「あ、そうなの?じゃあ〜、ボクそれはお断りしようかなぁ。ボクね命令されるの“嫌い“だからさ、依頼として“お願い“するんだったらちゃんと期待に応えてあげる。…あ、でもその仕事量に見合う分のケアは頂戴ね?」


悠寿は自身の膝の上に来た子狐を撫でる。あんなに口が悪いくせに、いざこんな姿になったらこんなにも可愛いのか、と悶えつつある。また、男に自身の欲望を伝えると、村人は少々顔を顰めて拒んでいるようにも見受けられた。



「…なら、此の村の少し変わった夫婦の経営している旅館にでも止まると良い。飯は自分等で調達しろ。いいな。…そしてこれは此の村から死神に対する“依頼“だ。決して逃げたり放棄したりするなよ。」


「は〜い。…ちょっと注文が多すぎるのは嫌だけどね。」


「?何か言ったか。」


男は少しきっとした目つきで悠寿を睨み付ける。それに悠寿はにこにこと笑って誤魔化す事で何とかやり過ごすことに成功した。






           ***



時は戻り、廃村と化した此の集落は幽霊達の溜まり場になっているのか、四方八方から霊力を感じられる。…可哀想に、幽霊となっても尚、此の村に縛り付けられて輪廻転生を待ち続けているのか。




「…あ、あった。あの時私が描いた日記帳。どれどれ…例の“最後の人身御供の犠牲者の女“について…、確か除霊したはずなんだけど…あの時の私は今よりもまだ弱っちかったからなぁ…。」


結われた黒髪を指先に巻き付けて思い出に耽る様に眺める悠寿。しかし彼女の視野に含まれる情報の類はどれも素敵なものばかりではない。




【最後の人身御供の犠牲者について】



名前: 〇〇 ☓子

齢:十八

性別:女

状態:性病感染

詳細:最後の人身御供の餌食として捧げられる。しかし儀式の途中で逃げ出し、その道中で見知らぬ男に助けられたものの、男の借金の代わりとして身売りされる。その後遊廓にて新しい人生を歩むことになったが、性病に感染し…




「おぉ、なんて複雑な人生だこと。…まぁ…此の時代に関しては何とも言えないよね。…いざそれで、妖怪になっちゃいました〜とか言ってもね。」


気分と眉毛が若干凹み気味になりつつあるが、悠寿は更に情報を掘り起こす為に頁を捲っていく。




「…あ、こんな所に思い出の写真を挟んでたのか。…懐かしいな、あの旅館の夫婦。皆が警戒してる中で笑顔で受け入れてくれた事は凄く嬉しかった。」


やや涙目になりながら微笑み、その写真を手に取ると静かにポケットにしまった。そして更に頁を捲った先には、悠寿にとってお目当てでもある情報が残っていた。



「…お、これは。…私が八大地獄送りにした妖怪だ。ふふ、いつ見ても何処か憎たらしい表情…。まるで最近会った事がありそうな位、あの日の記憶は深く覚えているよ。」


其処には大きな文字で【飛縁魔ひのえんま】と記入されている。彼女はにたりと笑いながら体を伸ばし、近くのソファに体を委ねると静かに眠る子狐の傍で思い出に耽る様に瞳を閉じた。




                ***




当時の私は、旅館に泊めていただいているお礼として毎朝と毎晩に露天風呂の掃除を手伝っていた。体力の消耗がやや激しい作業ではあるが、これに慣れると中々楽しいと思える。


「よし…これで終わり。…ねぇ、子狐さんの方はどう…って、あれ?さぼった?」


長時間同じ体勢で作業をしていた代償として腰に負荷がかかってしまい、それを癒やす為に腰を慈しみ優しく撫でながら、首と身体を四方八方に向けてみるが何処にも姿が見つからない。



「ねぇ死神ちゃん、あの子狐くんは知らないかい?中々姿が見られないからね、部屋に起こしに行ったら、蛻の殻状態でね…。」


「あ、おねーさん!ボクも今丁度探してる所なんだけど、何処にも子狐さんの気配が感じられなくて…。でも、確か昨夜に“散歩に出かける“って言ったきり、返ってきてない気がする。」


「そうなのかい…?じゃあ…悪いけど、探してきてくれるかい?」


「わかった。…じゃあ私がいない間、この子…以外は他に誰もいれないで。」


私の影から何かが生み出される。

其処には、緑と赤が入り混じり黒が少々差し入れられた様な髪色の男が現れた。此の時代では珍しいスーツ、そして頭上にはナイトキャップを嵌めた姿である。



「だ、誰だい?見慣れない服装だね…。」


「おい悠寿、俺が此の姿ってことが分かって呼び出したのか。」


「私の友達で、“雅客がかく“っていうの。見慣れない服装かも知れないけど、怪しいものじゃないから安心してね?…それに私よりも強いから。」


「おい無視すんなチビ。」


雅客は苛つき気味に頭上のナイトキャップを外すと、八つ当たりとして悠寿の頭上にナイトキャップを嵌めてやった。



「…じゃ、雅客は眠い所申し訳ないけど新しい任務だ。此の村に出る悪霊から村人を守れ。怪我人は誰一人として出してはいけない。…あとは頑張ってね♡」



「は?ちょっとお前、もう少し内容の説明ぐらいしろッ…、はぁ…」


ふらりと消えた悠寿の残像を見つめ、じたばたと暴れたくなる気持ちを抑えて雅客は言われた通りに任務遂行に意識を切り替えた。

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