六十九件目 あの人の為に 其の一
無事に故人となった村人達への挨拶が無事終わり、再び村の方へ帰路をいく道中、戯が口を開いた。
「少し長引いて悪かった。…その為、明日は深夜零時に行事を行う事になった。それまでに準備を終わらせておくように、との伝言だ。」
「…成程。何だか賑やかな家族?だったねぇ…。でもあんたと私で結婚に対する価値観の持ち方が違うから、それで向こうの村人側が違和感を持ちそうだけど。」
何だか肩が重いな、と思いながら、顔に掛かるチュールを捲り、卯島から出された処方箋を飲み込んだ。
「…そうか?でも彼奴らは皆悠寿に会った事がある奴ばかりだ。だから、価値観の違いも何も気にせずに受け入れてくれると思うが。」
出会った時から一度も悠寿の顔を見ていないせいか、不意に悠寿のチュールの奥の顔を覗き込む。
「そう?…あの日から数百年も経っているから、既に成仏したものだと思っていたけれど…随分と長い間現世にご無沙汰していたようで。」
戯の視線に気づくと、悠寿は隠していた顔を露わにし、顔の傷を露わにした。
「それぐらい此の村にまだ未練が残っていたのだと思う。それに、そういった状況は職業柄、…死神の方がよく分かってるだろう。」
「私の方が…なんて事は無いと思うけど。…皆いつか死を迎えた時は何かに未練を遺すものでしょう?でもね、私の事を知っている存在がこんな長い間、平凡な幽霊として彷徨える筈がない。何故なら…── 」
《何故なら、一定の期間が経てば必ず死神に成仏される、もしくは…悪霊と化するから。》
そこまで言い切る前に、首に圧迫感が生まれ、そのまま身体が浮遊する。
「…あれ、君も巻き込まれてたの?此の村も随分と廃村と化したものだね。…それでこれは何の遊び?」
今の状況とは裏腹に普段通りの笑みで、自分の首を絞め続ける者に声をかける。
「…」
ぎりぎり、と首を絞める音だけが深淵の森に鳴り響く。その最中で戯の啜り泣く声も聞こえてきた。
「ねぇ、何か一言ぐらい言ってよ、戯。首が苦しいな〜取れちゃうな〜♪」
「…ッ、…ね、…ッ"!!」
向日葵の鮮やかな瞳が、猫の様にぎろりと悠寿を獲物として狙いを定める。次第に歯ぎしりも酷くなり、弱肉強食と言わんばかりの絵面だ。
「…私の事、食べる?味の保証は何も無いけど。」
「こッ、…ァ"…す!!…ア"ァ"!!」
ぶちぶち、ぐしゃあ、と皮膚と筋肉が引き離れる音が聞こえる。その後歯ごたえのあるものを食べる咀嚼音が鳴り響く。正気を失った戯が悠寿を下ろしたかと思えば、再び身体が身軽になった。
「…どうだ?美味いか、野生の猪肉は。」
悠寿を俵担ぎをする雅客が、最早ただの獣と化した戯を光の届かぬ冷たい瞳で睨みつけながら、軽く蹴飛ばした。
「…ん?あれ、雅客?何でこんな所に来れたの?というか3日ぶりだね。すごく会いたかったよ〜、沢山ちゅうしてあげるね♡」
「今は黙って逃げるぞ。つか3日ぶりとか何言ってんだお前。未だ一日位しか経ってねえぞ。…ったく、こんな手間かけさせやがって。探すのに苦労して、何度も卯島に会う羽目になったじゃねェか。」
俵担ぎをしながら逃げ走る雅客。趣味でパルクールをやっている為か、悠寿を担いでいても気にせず軽やかに動き回る。
「…何か泥棒猫みたい。でも雅客が来てくれて良かったよぉ〜。でも、時間の感覚がまだ上手く取れないな…。」
「…まじか。それ、卯島からも似た事聞いたぜ。てか此処は…前に来た時と比べて色々と汚くなってるっつーか…家も何もねェし、それでも更地の癖して誰かがいた形跡はあるわで気味が悪ィな。」
「…は?更地?…私、昨日…此の村で温泉に入ったし、布団にも入ったんだけど…。ご飯も食べたよ?え、何…もしかして塵でも食べてた?」
「……あ、星が綺麗に見えるぞ。」
「無視しないでよ!? 」
二人漫才を繰り返し逃げ回るのち、先回りした戯が突如視界に現れる。「やべ」と呟きながら止まる雅客と、「頑張れー」と呑気に応援する悠寿。すると、戯は近くの逞しい木を根から持ち上げ豪快に振り回し、雅客達の所に狙いを定め投げつける。
「…お、豪快だね。」
俵担ぎされたままの状態で、悠寿は其の太い木に青い炎を散りばめる。その後、秒を重ねるのも束の間一気に木が燃え上がった。
「このまま逃げて。」
「…相変わらず残酷な死神だな。」
そして、雅客は再び悠寿を担ぎながら宵闇の中を走り続けた。
…
暗闇の中をひたすら走り続ける。先程までは背中の方から熱気とぱちぱち、と炎が喚く声が聞こえていたが、今はもう何も聞こえてこない。
「…よし、此処で良いか。」
雅客はどさり、と悠寿を床に下ろす。悠寿の様子を確認すると、少し手が焼け焦げた様な痕が残り、顔の怪我もまだ微妙としか言いようがない容態だ。
「雅客は力持ちだねぇ、ふう…自分の足を使わずに動けるなんて凄く楽。それにしても、真逆あの子にまた反抗期が来るとはねぇ…。」
呑気な声でけらけらと笑いつつ、雅客とさりげなく距離を取る悠寿。しかし何か見兼ねた様子の雅客に引き寄せられる。
「わぁ、珍しく大胆だこと。でもまだドキドキはしてないかなぁ〜♪」
「そういう問題じゃねぇだろうが。何で連絡の一つも寄越さなかった。あの女が居たからか?それとも別の厄介沙汰に巻き込まれていたのか?その怪我の状態で無理はするなって昔から言ってるだろ。」
「…ふふ、あはは……雅客ったら本当に心配性だよね。大丈夫だよ、これくらい。雅客に連絡をしなかったのは、きっとこれを''死神の仕事''として解釈してくれてると思ってたから。」
悠寿は懐から一枚の写真をぺらりと出す。雅客は一瞬?な表情を浮かべるが、写真に顔を近づけて、やっとその写真の意味が理解った。
「…之、昔……お前が此の村に来てた時のやつだよな。確か…当時は人身御供がなんたらかんたらとか言って、一時期腹立つ程話を聞かされた覚えあンぞ。」
「…な、失礼な言い方も程々にしてほしいんだけど。でも前半の話を覚えていたのは褒めてあげよう。之は、当時まだ未熟な阿呆だった私が此の村で追加の仕事として暴走したところ。」
「暴走っつーか…まァ……村の伝統行事を破壊してっから、暴走っちゃ暴走か。…で?その写真を踏まえて、俺が《お前が死神の仕事をこなしてる。そして、その理由にあたるのは、昔此の村と深い関わりを持っているから、その為に久しぶりに村全体の調査の一環も兼ねて》って解釈を持つと思ったってか?」
頭を抱えつつ、煮え切らない気持ちをどうにか塞ぎ込みながら、人差し指をくるくると空中で回しながら話す。悠寿は、終始にこにこしながら相棒の話を聞き続ける。
「そんな感じ。…だから、危険とか何も分かってなかったし?それに、いざと言う時には''雅客達''も来てくれるって分かってたから♡♡ …ね?そうでしょ?恐神達。」
悠寿は先程の笑みを保った状態ではあるが、やや不機嫌気味な声色で雅客の身体に触れる。
「…は?悠寿、お前何言ってんだ。」
悠寿の発言に頭を傾げながら、険しい顔をする雅客をおいて、突如雅客の身体から弾けた二つの物体が成長し、形を成した。
「…あれれ、バレちゃいましたか…?」
「バレないと思ったんだけどなぁ…。」
「…お前らなァ…、帰ったら炒め物にしてやるから覚えとけ。それか灼熱の温度で揚げてコロッケにしてやるよ。」
雅客が鬼の様な面相で2人を睨みつける。それを傍で見ている悠寿は、《しくじったかな?》と思いつつも、まだ笑みを保ったままでいる。
「…でも、何で二人は此処にッ…、重い…」
恐神が骨が軋む様な強い力で悠寿を抱き締める。それを間近で見た八雲は、血相を変えて二人を引き剥がそうと暴れ出す。
「…悠寿、怪我は大丈夫なのか?体調は平気か?何処か痛いところとか、さっきの化け物に何かやられたりしてないか?」
「おい豚。悠寿さんにべたべた触んな。」
「八雲、お前は口が悪いんだよ。それを未だに治さねぇから、子供に悪魔って呼ばれてんだよ。」
やや穏やかな空気が流れ、感覚的にも場が和んできた様に感じられる。しかし、それも束の間の話である。
「ふぅ…やっと引き剥がして貰えた。ありがとうね、八雲ちゃ…?」
肝試しだろうか、と思いたくなる様な光景が目の前に広がる。八雲の足元から段々と手だの幽霊だのが這い上がってくる。
「ん?…あれれ、困るぅ〜」
八雲は悠寿の言葉にけろっとした笑顔を向けながら、地面に這いつくばるように現れる幽霊に手を翳す。すると、風船の様に次々と爆発していく。
「お前絶対困ってねぇだろ。」
「え?困ってまふよ?」
「…そしたら今のお前は何食ってんだ。」
「ん、こいつの手れふよ。おいしいんれ、たべまふ?あじふけなくてもいけまふよ。」
もぐもぐ、と美味しそうに食べる八雲だが、口の周りは言うまでもなく深紅に染まり上がっている。その口を悠寿がハンカチで拭いてあげようと手を伸ばすと、別の者に手首を掴まれた。
「…先生、何故逃げた?」
黒くなった木材を引き摺りながら現れた戯は、四人の視線を独り占めにする。
「…あれ、戯じゃん。…何しに来たの?」
悠寿の視線の先には、先程彼女を壊そうとした男の姿が一面を覆い尽くしている。
「私の質問に答えろ。何故逃げた?」
悠寿の手首を握る力が強くなる。それを見て我慢出来なくなった恐神が止めに入ろうと試みるが、「邪魔だ。散れ。」と言われて難なく弾き飛ばされてしまった。
「…一寸!!私の大切な仲間を乱暴に扱わないで!あんたは私の知ってる戯じゃない。私の知ってる戯は、ちゃんと誰にでも分け隔てなく優しく出来る。…あんたは、私が先刻の墓場付近で言った発言が気に食わなかったのかもしれないけど、普段の戯なら、私の納得のいく解答を出す筈。…あんたは誰なの?」
自ら危険に足を入れるように、徐々に距離を縮める悠寿。対する戯の方は無表情で、ただ目の前にいる悠寿を獲物として狙いを定め続けている。
「遂に悠寿を怒らせたか。…あの化け物。」
「…悠寿を怒らせたらどうなるんだ?」
「精神年齢マイナス五歳児がそれを知ったところで、何の得にもならねえだろ。早く寝ろ餓鬼。」
端で次なる客を待ち伏せしつつ、二人の行動にそわそわさせられる三人。
「…ねぇ、誰なの?」
「…、い」
まるで誤作動を起こした機械の様に話そうとしなくなった戯に顔を寄せると、突如戯の顔つきが代わり、視界がぐらりと揺れ動いた。
「……ッ…大丈夫か、死神。」
「いっ…、戯…?目付きが元に戻って、ほんの少しだけ柔らかくなってる。」
地面に勢いよく叩きつけられぬ様、無意識に悠寿の頭を支えながら二人の男女が倒れ込む。雅客達は何事かと思いながら周囲を見渡せば、少し離れた死角で、弓矢を持つ霊の姿が見えた。
「…ほんの少し柔らかい?私の目付きがか?どんな寝言を言っておる。随分と辛辣な言葉を吐く女だな。」
「…え?いやいや、さっき私の首を絞めてきたの覚えてないの?何があった…?」
「何がだ?一緒に墓へ挨拶に行った記憶までは残っている。だが、それより後は…何も思い出せないままである。…だが、今は先刻の向こうで死神を狙っていた男がいたのを見つけて…からならば、記憶が鮮明に残っている。」
状況が転々と変わっていく事に意識がついていかない恐神を置いて、悠寿の合図と共に雅客が戯に液体を注射した。
「!?…お前、何を刺した。」
「安心して。今戯に刺したのは、ただの解呪剤。…何が起きてるのか分かってないだろうけど、ほんの数秒前までは、あんたは私の事を見て獲物を狩る目で見つめてきてたんだから。」
「何かに呪われてんだろ。例えば此の村で言うなら…昔お前に倒された人間か、お前の事が大好きな女とか。」
「…成程?分からん。」
そう言いつつも、悠寿の顔をじっと見つめる戯。 悠寿には、「え?私!?…私、まだ貴方に倒されてないよね?''押し''倒された経験ならあるけど。」と述べるが、「否、後者だ」などと会話を続ける。
「ったく…、まぁいい。取り敢えず退いてくれる?次なる刺客の相手をしなくちゃいけないから。」
身長差が三十糎差程ある為、自力で起き上がろうにも難しい。先程の威圧感と怨念を漂わせる雰囲気を持っていた姿とは真逆の戯に、一同が騒然としている中で悠寿は何も気にしてない様な表情を保っている。その姿も又、三人には恐怖映像そのものである。
「刺客?そんなもの、其処の者達にやらせればいいだろう。嫁入り前の女が張り切るな。」
「はぁ…、暴れるなって事ね。はいはい…。」
ちくしょう、と顔に書かれた様な顔でむっとして見せるが、すっかり二人の世界に入り込んでしまった戯は和らげに微笑んだ。
「…は?嫁入り?おい、悠寿…じゃなくて其処のキツネ男!!その話詳しく聞かせろ!どういう意味か、精神年齢マイナス五歳児のオレでも分かる様に簡潔にまとめて説明しろ!!」
「…この豚うるさ、でもうちも悠寿さんに''嫁入り''って発言を使うだなんて、何だか聞き捨てならない話の匂いがぷんぷんしてくるからね。うちも一緒に聞いてあげようじゃないの!」
恐神と八雲は、興味津々に二人に距離を詰めていくが、数百年前から相変わらずの人見知りを拗らせ続ける戯は、悠寿の肩に顔を埋めたまま無言を貫き通す。
「…いやね、だから…私は起きたいから退けって言ったのよ。''抱き着け''とは一ッッ言も言ってないからね?やめなさい??」
「今は充電中だ。どんな要望も苦情も受け入れる事は出来ぬ。死神は母親の様な安心感があるのだ。」
更に強くぎゅうう、と抱き締める戯。その姿を見て自らがこの小さな戦いに折れて、ここまでの段階の経緯を話す事にした。
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