六十一件目 余命三日間/二日目
*残酷描写あり
此の村の終焉までの時間が一日削れた。
相変わらず人気は少ないが、此処の旅館に例の存在は何処か心強く頼もしく感じられる。しかし明日になれば全て終わりにする羽目になるかもしれないと考えると、何だかむず痒い気分になる。
「…そういえば、何で此の村が廃村化したのかまだ教えてくれてないよね。…昨夜に聞こうと思ったら、御主人が色々と乱暴するから…。」
周囲にうじゃうじゃを湧き出し続ける悪霊を除霊しつつ御主人に質問してみる。御主人は、私の質問の仕方に少し顔を顰めながらも質問に答えてくれた。
「…まぁ、俺にはさして関係のある話ではないが、此の村に住んでいた男女の恋愛が歪んだ事によって生み出された負の連鎖の末路だ。…ある時から私は此の村の御神像の様に崇められて生活していたが、私が知っている話の内容から考えるとほぼ女が悪い。」
「御主人、また顔が梅干しになってるよ。…御神像、か。…良いね、ちゃんと昔の約束守って頑張ってたんだ。」
御主人、もとい妖狐は覚えていないかも知れないであろう記憶が脳内にふと蘇る。あの頃はあんなに凶暴な子狐であったのに、今も不器用な面はあるが当時と比べたら十分に成長している。
「?…昔の約束?死神と俺が昔に会ったことがあるのか?…「はいよそ見禁止。」、…除霊中に話しかけてきたのは死神…お前の方だろ。上から目線な女め。」
「はいはい口は動かさなくて良いから、さっさと除霊しなさいな。後で沢山話相手して上げまちゅからね〜」
ざくざく、と小気味良い音が耳の奥を刺激する。昔は色々と躊躇いが残っていたが慣れてしまえばこんなもの…という感覚を覚えてしまった自分が少し怖くなった。
***
「さて、…と。…今日はこんなもんかな。」
現在の姿よりも、まだ初々しさの残る黒髪ボブの少女が大鎌を肩に乗せ、自身の体よりも数十倍大きな化け物の上を容赦なく歩く。
「どうだい化け物さん。ちゃんと最初から抵抗せずにいてくれたら、こんな痛い思いはしなくても済んだのに。」
「豁、縺ョ蟆丞ィ倥′窶ヲ縺�▽縺狗オカ蟇セ縺ォ蠕ゥ隶舌@縺ヲ繧�k窶ヲ…」
「え?何?…君がボクに報復するって?無理無理笑わせないでって。…比較的栄養価の高い人間をたらふく食べておいて何を言ってるんだか。」
悠寿は容赦なく化け物の腹に大鎌を入れた。
中からは、すっかり液状化してしまった人間や首のない胴体のみの姿などがごろごろと溢れてきた。彼女は瞼を閉じ両手を合わせた後、嘗て人間だった者に指先を向け成仏させた。
「本当はこんなやり方でお迎えに行くだなんて一番嫌なんだよ。」
少女は化け物から降りると、突如真下に現れた穴から伸びる影に化け物を侵食させて今回の仕事を無事終了した。すると、いつから現れたのか悠寿の足元に擦りつきながら少し震えた様子の子狐の姿が見受けられる。
「…?それはボクが“死神だと分かっていてやってる“行動なの?…それとも、純粋にボクに甘えたくなっちゃった?」
「…きゅう。」
「…ぅ、意外と軽いな。ちゃんとご飯食べてる?…て、それより足に怪我してるじゃん。さっさと手当しないと子狐は…――」
悠寿は子供を抱きかかえるように子狐を腕の中に収めると、よしよしと撫でながら周囲を見渡した。此の街と此処から一番近い森はそれなりに長い距離があるはず。つまり、此の子狐がもし野良であるなら相当な距離を走ってきた時に、知らぬ間に足に傷を負ってしまったんだろう。
「――…あ!あんな所に逃げた子狐がいるぞ!!あの女に盗られる前に、さっさと俺達の晩飯を回収しろ!!」
少し離れた場所で、息を切らしながら走ってくる子供の姿が見える。しかしその手には子供の割にはやや物騒な武器が握られている。
「…わ、危ない子供だこと。子狐さんが怯えていた理由がよく分かるよ。」
「…む、何だよ女。さっさと子狐返さないと、お前もこれでやっつけるぞ!!俺達野村にはヒトミゴクウっていうのがそんざいしてな!!一定の期間が空いたら、女を神様に渡すんだ!!」
子供は悠寿に向かって槍のようなものを突きつける。また、遠い所では弓矢を向けた少年も悠寿の視界に映り込んでいた。
「…そんな物騒な事してると、近いうちに死神に命を刈り取られるよ?」
「ふはっ、お前そんなコト信じてるのかよ!!がきだなー!!」
「はぁ…餓鬼に餓鬼と言われるのは少し癇に障るな…。…なら君達、一度体験してみるかい?本物の地獄を。」
少々苛々し始めていた悠寿は、自分自身を獲物として狙いを定める子供を先程の化け物と同様に、藻掻くことさえ出来ぬ状況を作り出す。
「…で?まだ人身御供の話したい?…それと、まだ此の子狐さん食べたい?」
先程まであんなに強がっていた少年は、涙目になりながら必死になって顔を横にぶるぶると振った。しかし、悠寿にやめる気配はない。
「…武器を棄てて、大人しく従え。人間を生贄にし神に捧げたり、子狐を食べようとすれば、今此の場でお前達に終焉を贈呈する。それが嫌ならば、子狐を食べようなど阿呆な考えは捨てろ。…約束できる?」
悠寿は少年達が喋れる程度まで圧迫感を緩めた。だがしかし、その代わりに喉仏には何か細いものが向かってくる。
「ち、…ちかいます。‥け、けどよ、そしたら俺達ご飯にありつけねぇんだよ。それに、人身御供は先祖代々のやり方だし…俺達がやめようたって、父ちゃん達が聞いたら…」
少年がある程度まで喋り続けると、ようやく少年らを解放してやった。しかし悠寿の警戒心は一向に緩んでいない。
「ふむ。そもそも何で人身御供なんてものがあるの?」
「そ、…それは、…な、あの、本当は人身御供なんてものはもう百年以上前に廃止されているはずなんだ。けど、じ…実は、最近出てきた女の怨霊がいうんだ。“お前達のせいで私はこうなった。だから人身御供を再開しろ。“って。」
槍を棄てた子供は、年相応の顔つきで子狐の様に怯えながら打ち明けた。それに悠寿はにこりと笑いながらこう答える。
「…ならば、少年。よく聞いてね?…君達は散々いじめたであろうこの子狐さんに、謝罪の気持ちと共に新たな神様として尊敬の意を示せ。君達がちゃんと此の子狐さんを信じて優しくしてあげられるのなら、狐さんが君達を助けてくれるから。」
「きゅう…?」
悠寿は狐のような笑みを浮かべ、子供達には先に村へ戻るようにと促した。
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