五十八件目 一番風呂戦争

*微 性描写あり


歩く度にぎしぎしと言う頼りない床に、今直ぐにでも電球の交換をお願いしたくなる薄暗い廊下。気分は肝試しといったところだろう。



「だからぁ!!私が先にお風呂はいるの!!あんたは土管みたいな風呂かなんかに入ってればいいでしょーが!!」

仮の姿から元の黒髪に身を変化させた悠寿は、時計が八と十二を指す時間を過ぎた頃、室内で狐男とちょっとした出来事がきっかけで揉め事になっていた。


「主のほうが身体が小さいのだ。私に土管風呂は小さすぎる。変われ、死神。…もしくは、一緒に入るか?」


「ぅぬ、ふぐぁはがぁ…イライラするな此の天然筋肉馬鹿男…。何で新婚夫婦でも無いのにそんな気恥ずかしい提案が出来るのよ、脳まで筋肉に侵食されてるの?」


「新婚夫婦?…只の相棒だが。」


ぼりぼりとアイスを食べながら感情的になる女に冷静沈着に返答する男と、一番風呂を何方が先に入るかについて揉める女の声が受付まで鳴り響く。

つい先程、この旅館の風呂は“無性の霊しかいない“事が理由で、男女で区別された温泉が無い事を告げられた。其の為、悠寿は此の様に荒れ気味になっている。



「はぁ…。てかさ、あんたアイス食べてるんだから後で良くない?駄目なの?え、何か文句ある?やるなら表出ようよ。どう?」


早くチュールに隠された顔の表面を洗い流し、色々な手間のかかる作業を終わらせたいがために普段以上に感情的になる悠寿。しかし話し合いでけりがつけられないのが悔しいのか、着替えを握りしめたまま男を睨み付ける。



「そんなに嫌なのか?」


「当たり前だろーがこのナス!!」


すると、小さなノック音と共にギギギと音を立てながらドアが開いた。




「縺ゅ�窶ヲ縲∝叉蟶ュ縺ァ縺ッ縺ゅj縺セ縺吶′蜈育ィ区クゥ豕峨↓莉募�繧翫r菴懊j縺セ縺励◆縺ョ縺ァ縲√�縺溘j縺ィ繧ょ酔譎ゅ↓蜈・繧後∪縺吶h縲�」


「…そうか。それは残念だな。――…死神、よく聞け。即席だが此の旅館に住み着いている霊が、温泉に仕切りを作ってくれたそうだ。」


「!!――…本当か!!」


悠寿はハイテンションになりながら部屋を走り出し、霊達に御礼参りに向かった。





              ***





「ふぅ。…恐神達、今何してるんだろ。」


不意に探偵事務所の社員達の顔がちらついた。性格には、私は正社員と言える部類に含まれる人物ではない。只の助っ人ではあるが、彼らが正社員の様に私を頼ってくれるだけだ。



「ただ例のあの女が私になりすまして…、記憶改ざんを行い、“私“として生活している可能性もなきにしも非ず…って所か。まぁ…其の時は諦めるしか無いわね。」


薄汚れた鏡の中にチュールの外された私の顔が全面的に映し出される。あの時の私は、何で抵抗しなかったのだろう。我ながら自分自身が馬鹿馬鹿しく感じられるほど、自分を責めてしまいたくなる。




「後で卯島に処方箋でも届けてもらうか。…嫁入りまでには此の顔をどうにかしないと、きっとあの男が煩いだろうし。」


なんて呟きながら、仕切りの奥に鏡のように広がる温泉を一人で贅沢に過ごしている御主人の顔を思い出す。気味悪がるような発言はしないと思うが、所詮はまだ知り合ったばかりの妖狐だ。



「…鼻歌煩いし。」


ぼそぼそと呟いていると、いつの間にか私の隣には子狐が佇んでいた。また誰かに忘れられていくのか、なんて悲観的な事を考えながら、顔についた傷とにらめっこしていた私には良い精神安定剤だ。



「…あれ、迷子?それとも君も温泉に入りに来たの?水が好きなら行くといい、私は水が好きじゃないからそんな長風呂はしなかったけど。」


「…きゅう。」


狐は凹んだ様に首を傾げながら鳴いた。



「ねぇ、…子狐さん。私今聞いてほしいことがあるんだ。あのね、…私数日前にちょっとした任務で両目とも大きな傷を負ってたのに、私の仲間と自分の我ながら並外れた再生能力のお陰でもう治ったの。ふふ…笑えるでしょ。こんな化け物みたいな体を誰が嫁に欲しがるのやら…。あとは…頬の火傷位かな。」


冷たい風が当たる度、遠隔であの女に追い詰められたような気分になった。けど、目の前にいる子狐の表情が全て打ち消してくれた。





「…さて、そろそろ私は上がろうかな。風邪引きたくないし、それにまだやらなくちゃいけないことが沢山溜まってるから。こんなくだらない話聴いてくれて有難うね、子狐さん。…あんたも風邪、引かないようにね。」


それだけ伝えると、私は暖簾を潜って脱衣所の方へ向かった。



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