五十六件目 妖狐と死神
*微 残酷描写あり
「い“っ“…っっだぁ…。」
全神経に鈍い痛みが走り出すような、空から振り落とされて全身の骨が軋むような痛みが走り出す。あの女、今は人間ではない私のことを只の化け物としか見ていないのだろうか。扱いがあまりにも酷すぎる。
「最悪…何処だよ此処…。」
チュールにより視界が遮られているせいで、前がよく見えない。
だが、此処が“探偵事務所ではない“という事実だけは、先程私の目の前にいた“私“がそれを強く主張していた。
「…あの女、一体誰だったんだろう。私と同じ顔なのに、何だか見ているだけでイライラしてくる。…何が“恐神のお嫁さん“だよ…、何方の姿でも恐神の方が年上に見受けられるけど、実際は私の方が遥か上をいく様な年齢だし...、なんなら私と恐神は何百歳も離れているのよ…?
…いや、待てよ。私、あの女が自分の顔だから…えぇと…頭の中がこんがらがってくる…はぁ…。」
最後に見たあの光景、自分と恐神の影が重なる姿が、嫌気が差す程ずっと脳内にちらついてくる。これは何かの呪いなのか、それともあの女の顔が私の顔とそっくりなのが問題なのか。
「…取り敢えずこのよく分からない場所から離れて、さっさと探偵事務所に戻らないと…。もしあの女が危害を加えるような行動でも取ったら…だなんて考えだしたら寒気がする。」
決意を固め、全身に力を入れて立ち上がろうとする。が、急に身体に力が入らなくなってしまった。そして、手足が妙に重い。無闇に動かそうとすると、じゃらじゃらと金属の音が鳴り響いて、傷を抉られるような感覚により、無意識に苦虫を噛み潰したような表情になる。
「…起きたか、女。」
「…あれ、人いたの?あのさ、初対面でこんな事お願いするのもなんだけど、近くにいるならこの手足についてる拘束かなんかを解いてほしいんだけどいいかな?」
きゅう、と可愛らしい鳴き声が聞こえたかと思えば、其の直後私の眼の前に大きな影が生まれた。風の靡く音と共に鈴が鳴り響いて、何だか神秘的な気持ちになれる。此の場所に住み着いている妖狐、なのかな。
「…。」
「あれ。…今両者ともに声聞こえてたよね?私の声ってそんなに小さかった…?児玉ができそうなぐらい大きい声で叫ぶ?いくよ?」
すると小さいため息が
「…鎖を外したら主は此処から逃げるつもりだろうが…、」
「うん?そりゃ逃げるよ。だって今すごく大事な用事があるんだもの。」
今度はやや大きめなため息が聞こえる。
「…最後まで話を聞け、女。…いいか。この鎖を外してやらなくもないが…、その代わりに私の話を最後まで聞け。約束しろ。」
「ちぇっ。…じゃあ、三分で済ませて。」
少々不満に感じたものの、渋々目の前にいると思われる男の長話に付き合ってやることにした。
「まず其の一、お前は深淵の森にある此の村において今現在、“奴隷“と変わらぬ存在となっている。其の為、此の森にいる村人の言いなりになれ。…其の二、此の村は何れ滅びることとなる。それまでは“余命三日間“といったところだろうか。…そして最期の三日目には、“狐の嫁入り“がある。それは奴隷の晴れ舞台でもある。…その間に此の村を除霊しろ。」
男は凄まじい勢いで情報量の多い発言を噛まずに喋り続ける。しかし、此の男には悪いが生憎私の耳に録音機能というものは存在しないのだから、聞き取れるはずがない為、
「うん、ちょっと落ち着いて。私そんなに聞き取れない。」
“最後まで聞け“という命令を破ることにした。
「…女、私は今始めに伝えたはずだ。“村人の言いなりになれ“と。そして、私はお前に、最後まで話を聞けと伝えたのだ、止めるな。」
「おぉ…顔がすごい梅干しみたいになってる。けど私もそんなに聞き取れる訳がないの。こっちの“我儘“だって聞いてもらえないと…――
…って、やっぱいいや。なんでもない。で?話し続けていいよ。」
威嚇気味ににたりと笑いかける。
…まぁ、男に私の素顔が見れているかどうかなんてわからないけれどね。
「…、そうか。…三つ目は、……これは、三日目の奴隷の晴れ舞台の日に話そう。…これ以上私から言うことはない。おい女、さっさと働け。女が“死神“であるという事は以前から知っている。時間は有限だ、動け。」
男は私に覆い被さる様な体勢を取ると、がちゃがちゃと音を立てながら鎖を外した。体格がしっかりしているのか身体がぶつかり合う度に、此奴の身体の筋肉がどれほど鍛え上げられているのかがよく分かる。
「人使い…じゃなくて、死神使いが荒いねぇ…。まぁ、私の事を“奴隷“として認知している上での冷徹な発言から生まれたものなら許すけど、あんたもそれなりに活躍してくれないと、後で八大地獄送りにするからね。」
「…それぐらい、知っている。」
同じ体勢のまま長話に付き合っていたせいで身体が凝り固まってしまった。
後で此奴に肩凝りに効くマッサージでもしてもらおうかな。
此の男が聞いたらきっと、“此の腑抜けが。“と怒り出しそうな考えかもしれないが、そんな事を考えている時の私の足は先程よりも軽やかに動いていた。
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