五十三件目 ぞっとする 最終

*残酷描写あり



この遊廓屋敷の隠し部屋には、楼主が秘密にしたいものが眠っているらしい。



「…ふふ、凄く綺麗だよ。…私の“月の兎“。私だけの“月の兎“。もう一人にはさせないし、二度と離さないから安心してくれ給え。誰よりも君の事を想い、毎日君への愛の言葉を掛け、永遠に君だけを瞳に移すよ。」


まるで結婚の祝言を述べる様な雰囲気が醸し出されているが、周囲にはそれを祝う者の姿は何処にも見当たらない。しかし、男の目の前には棺に眠らされた白の着物を着させられ、顔にもまた白い布を引かれた女の姿があった。



「ふふ…、さっきまではあんなにはしゃいでいたというのに…。まるであの頃の月の兎とそっくりだ。実に君らしくて凄く愛らしい。」



男は棺の中で眠り続ける女に愛を囁き続ける。これは彼が彼女月の兎へ送る贖罪なのか、それともただの愛情表現なのかは彼以外誰も知らない。


「それでは、契を結ぶ酒を…―――」




その時、襖を強くこじ開ける音が部屋中に響き渡った。


「悠寿!!いるか!!!!…て、は?何やってんだオッサン2。お前、本物の月の兎…じゃなくて、悠寿死神のちびっ子の事知らねぇか?」


ぜぇぜぇ、としながらも息を整えて目の前にいる楼主に純粋な質問を投げかける。




「“本物“の月の兎?…あぁ、ちょうどいい。君が今回の式を祝ってくれる招待者だ。よく来てくれたね。…見てくれ、彼女の晴れ舞台だ。」


男は純粋無垢でありながら、穢れきった吐き気のする笑みを浮かべて棺に入る月の悠寿を紹介した。血色感が消えている彼女の顔は、無理矢理笑わされた様に見える。



「?…は、おい。悠寿…?お前何こんな所で眠ってんだよ。起きろよ、まだ仕事終わってねぇだろうがよ!!何そんな面白くもねぇようなギャグかましてんだよ!!ふらっと消えるわ、変な男に連れ去られたかと思えばこんな所で馬鹿らしい行動しやがって…」


「おや、私達の式を邪魔する気かい?…生憎、今の彼女の身体にはもう魂は宿っていない。例えるのならば蛻の殻、つまり…死だ。死神の癖に、“死“を体験することができるだなんて、最高の結婚指輪疑似体験だろう!!」


男は高らかに笑いだした。

すると、近くに置かれていた縄で棺の中で眠る女の首を絞め上げる。当然、“蛻の殻“であるのだから、彼女は無抵抗という選択肢を選ぶ以外に他はない。




「おい!!やめろお前!!此奴が死ぬはずねぇだろうがよ、つか故人になろうがなんだろうが、そんな事したら祟られるとか分かってねぇのか!?」


恐神が必死に止めに入る。

が、興奮状態に入った男は恐神を強く突き飛ばすと、更に強く絞め上げた。





「…、い」


棺の中から、白い手が伸びてきて男の手を強く握りしめた。



「…?月の兎?」


男は予想外な出来事に目が点になりながらも、好奇心で女に顔を近づけた。






「ぅ“る、っっ“さ“い“!!」


吐血しながらも、多少がらついた声で目の前にいる男を突き放す様に叫ぶ。“死んだ“はずの女が蘇った、と口をぱくぱくとさせる男。しかし、棺の中で安らかに寝かされていた女は、顔を隠す様にしながら外へ出ようと四つん這いで重い体を動かす。



「…おい、悠寿…だよな…?そ、その…吐血してた、んだから、よ…あまり、身体を無理に動かすと、ガチで終わるぞ…?」


普段よりも弱々しく見える悠寿の動きを優しげな手つきで抑える。だが彼女は前へ進もうとする事を諦めない。



「が、かく…の、とこ…はやく、つれて、いって。」


がらがらに枯れた声で精一杯の想いを伝えると、恐神は承諾したように壊れ物を扱う様にしながら横抱きした。



「…後でちゃんと顔見せろよ。」


「…う、‥。」








            ***





「…雅客さん、凄い険しい表情でいましたけど、大丈夫でしょうか…?」


「お岩さんもそりゃ心配になるっすよね…。数時間前までは一緒にいたあの悠寿は、一体どんな仕打ちを受けたのか凄い気になるっすけど…。…つかあの恐神先輩が普段よりもめっちゃ真面目な顔してたのも凄い気にかかるっすけど…。」


何かが現れるのを待ち構える様に、植物が生い茂る場所に潜むマイズミとお岩。彼らの視線の先には、先程悠寿を抱きかかえた恐神が現れた屋敷がある。




「…そう、ですね。」



ふとマイズミの脳内にノイズ音の様な音が鳴り響く。無意識にお岩の方を見ると、彼女の周囲には“怨念“という言葉が似合う様な負の気配が広がっていた。


「…あれなんか、お岩さん?そ、その…だ、大丈夫っすか?凄い身に纏っちゃいけない雰囲気がしてますけど…。」


「…ねぇ、真泉さん。」



時差でお岩が反応する。

普段と変わった呼び名に一瞬だけ戸惑うが、平然を装いながら反応する彼。




「は、はい?何かあったんす…て、…あ、楼主さん。」


「…大切な社員悠寿さんを傷つけた者に成敗を下す事は、悪でしょうか。」


「…まさか。脳みそが働かないおばか悪霊さんは、消しちゃえばいいんすよ。」



暗闇と死角のお陰で、楼主はまだ此方の存在に気づいていない。大切な人を傷つけた因縁の相手に報復を行うには好条件である。



その後二人はどういった選択肢を選んだのか、それは二人だけが知っている。

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