五十二件目 ぞっとする 其の四

*性描写あり


端から端の部屋を探索しつつ、被害者を探し出す。

甘い声が鳴り響く部屋で痛く辛い思いをしているのかと思えば、客と遊女らに巻き込まれそうになるわで、災難続きとなっている悠寿。そして一人で探しているからなのか、あるいは神隠しとやらのせいなのか、誰一人として見つかる気配がない。


「もう…全然見つからない。誰かの悲鳴や助けを呼ぶ声は耳に入ってこないのに、何故かずっと聞こえてくるのは男女の甘い声だけ。頭がおかしくなりそう…。」


疲労により壁にもたれかかる。すると、壁から溢れ出すように液体が出てきて、あっという間に悠寿の身体中を包み込んでいく。


「…おえ、何このねばねばしたやつ…。私は早くあの子達を探して、恐神達の安否を確認しなきゃいけないのに…。」


奥の道の方へ目を向けると、悠寿が通る道の先々に謎のネバネバとした液体が広がっている。序盤は何とか乗り越えられたものの、足を前に進めるにつれて、ネバネバとした液体は蜘蛛の糸のように身体に絡みついていく。



「折角向こうで調達した新しい着物も駄目になるじゃん…。どういう仕組みになってるのよ此処…。っ“、うごけ“、ない…!!」



「…おや、こんな所で行き詰まっていたのかい?死神。…こんな姿じゃ、まるで何者かに食べられるのを待っている弱虫のようだ。あぁ可哀想に…。」


身体の自由を奪われたせいで動けない中、それを狙っていたかのように奥の部屋から段々と楼主が近づいてくる。焦燥感を抱くのと比例し足が逃走を図ろうとするが、この謎の液体が全てを打ち消す。



「鬼ごっこはもう終わりにしよう。君は今この場においては私の“商品“であり、“遊女“なのだよ。それなのに、遊女が楼主に逆らおうだなんて誰が許す?」


「…ぐ、気安く私に触らないで。私はあんたみたいな穢らわしい男とは違うの。今の私には皆が…」


「“今“の私?そういって過去からも現実からも逃げようとするつもりか?」


楼主の血赤色の瞳が更に毒々しい色味に変化する。

床には獲物を捕食する蜘蛛の姿が写った。



     


              ***







「おい、女。…本物の“月の兎“は何処へやった。答えろ。」


「主さんはほんにこはばからしゅうありんすなァ…。こんな強う縛られたら、わっちも恥ずかしゅうござりんす。」


「はぁ!?さっきまでオレの事縛り付けて散々虐めてきやがったクセして何言いやがるんだよお前!!」


目の前には手足を拘束された女、そして服が乱れ気味になった状態で肩で息をする男が蝋燭の灯りだけで形成された空間に佇む。傍から見たら客に虐められている遊女にも見えなくは無いが、この状況に至るまでの数分前は逆の状態であった。



「ふふ…でもさっきのお客さん、余裕がありんせん所が凄う可愛らしゅうって、惚れそうでありんすわ。…こういう事は初めてでありんすか?」


「うるっっっせぇな…。別にお前みたいな女に話す程じゃねぇんだから黙ってろ。此方は本物の“月の兎“を探してんだよ。」




一瞬だけ女の顔が黒雲に包まれた様に暗くなる。

女は何か覚悟を決めたように、器用に身体を動かして着物の裾を胸元辺りまで落とした。


「ねえ主さん、其の女とわっち、どっちのほうが魅力的でありんすか?」




恐神は女の行動と言動に少々ぎょっとする。だが其の数秒後、微かに頬を緩ませながら「本物の“月の兎“だろ。」とだけ呟き、部屋の襖に手をかける。




「…あ、お前から見て背後の方に鋏がおいてあるから、それでも器用に使って拘束は解いてくれ。…以上、じゃあな。」


それだけ言い残すと、本来の目的を果たすために恐神は走り出した。

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