五十件目 ぞっとする 其の三

*性描写あり



吉原遊廓に誘拐された日の夕方頃。

悠寿は自室で、色々な女性達から結婚式のお色直しの如くお化粧を施されていた。


「…ねぇ、こんなにお化粧して何がいいの?肌は荒れそうだし、髪型はこんなんだし早く戻したい。」


目の前にある鏡を見ると、そこには普段よりも大人びた化粧を施された大人びた子供の顔、そして色々な髪飾りがつけられている。

正直いうとすごく重い。



「月の兎様、お化粧が崩れてしまうのでもう少し我慢して下さいな。」


「月の兎様はお肌も元の顔立ちもどれも綺麗で御座います故、何もご心配になられることはありません。」



私は"月の兎"じゃない。

そう言ってこの場から逃走やりたかった気持ちも山々ではあるが、おそらく此処に来るであろう恐神達の為にも敢えて大人しく過ごすことにした。







それから何十分か経った後のこと。



「月の兎様、いつにも増して凄くお綺麗です。」


周囲を取り囲む女から歓声に近い言葉をかけられる。それに笑顔で「ありがとう。」と返すものの、内心は些とも嬉しいとは思えない。言わずもがな此処吉原遊廓が全てを語る。


女にされるがままに案内される先は暗い部屋。襖から微かに見える室内からは楼主と話す男の声が響き渡る。



「月の兎様、此方になります。」


女が丁寧に板戸を開ける。悠寿は其処に放り投げられる様に部屋に入れられ、男と2人きりになった。



目の前には以前甘味処で会った小太りの男がいた。


「おお月の兎や、今夜も楽しもうや。」


丸々とした肉々しい指が私の腰へと絡みつく。服越しなのに何だか気持ち悪くて、段々と顔を近づけてくるせいで息も異音に聞こえてくる。身体が猛烈に拒否反応を起こしている。だがしかし、此処の遊女である"月の兎"として大人しく受け入れる以外に選択肢はない。


「主様はあちきの事をどう思っていんすか」


"恋人"の様に距離を詰めてきた男に対し、年相応に似つかわしくなく妖艶に笑みを浮かべる彼女の姿は、本物の死神遊女の様であった。







    ・

  

    ・


    ・





「はぁ…しかし月の兎よ、わしとの縁談の話は受け入れてくれたんか?」


蝋燭の微かな灯りが二人の男女を怪しげに照らす。乱れ気味な着物から見える滑らかな素肌が、二人の関係を物語っている。



「主様…、あちきの思いは以前と変わらんでありんす。」


「おぉ月の兎…ならばわしと…―――」


男が目の前にいる女に更に密着し、徐々に距離を縮めていく。すると、何かが現れる予兆を表すように、蝋燭の灯火が消滅した。





「!?…誰の仕業じゃ!!」


男は強く女を抱きしめながら、怒鳴り声を挙げるように叫んだ。其の数秒後、男に強く抱きしめられているはずなのにも関わらず、悠寿の身体は容易く別の何かの方へ引き寄せられた。





「大丈夫かい?月の兎。――…否、死神。」


「この声は、…楼主か。」


優しげな声に聞こえるが、其の中に何処か敵対心を抱いたような冷徹さを持った声が悠寿の耳に直接的に響き渡る。



「真逆…“月の兎“が噂の死神だったとは…。我ながら良い収穫だったよ。」


「そんなにちゃにちゃ笑う要素は無いでしょ。…というか、私が“死神“だと分かっていて此処に誘拐してきたんでしょう?猳国の“楼主“。」


「君も私の存在に気づいているじゃァないか。それならお互い様だ。どうだい、この機会を祝って子でも作ろうか。…生憎我々の賊には雌がいない。そして私は美人が好きだ。」


楼主は、悠寿の着物の上から腹辺りを撫でる様に触る。彼女はそれを振り払いながら、 にたりと笑いかけながら「この下卑蔵め。」と耳元で甘い声を出しながら囁き、邪魔な着物を脱ぎ捨てて部屋から抜け出した。


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