四十九件目 ぞっとする 其の二

*性描写あり



「…ったく、何で彼奴は知らない男についてくんだよ。普通は何かしら抵抗するだろうが…。小学生の頃に不審者に対する対応について、何度も対策法を刷り込まれているはずだろうによ…。」


「確かにあの行動は、正直俺も理解しがたい話だったが、何かしら策があってその選択をしたんだろ。悠寿はそんな馬鹿な奴じゃねぇんだから、取り敢えず此方は情報収集しつつ吉原遊廓って所へ向かう以外選択肢はない。……それに、悠寿が現世へ戻ろうとしないのも、もしかしたら此処吉原に今回の依頼解決の糸があるのかもしれねぇし。」


楼主を名乗る男が、中年男から悠寿を引き離す前に自身が先に動けばよかったのではないか。何故悠寿は大人しく連れて行かれたのか。そして、雅客の発言と自分に対する苛立ちが恐神の脳内で複雑に渦を巻く。



「…そもそも悠寿さんは、“遊郭“の意味って分かっているんでしたっけ…。」


先程まで街の人々に吉原遊廓に関する情報や噂について聞き込みに行っていたマイズミが、恐神と雅客の会話に乗り込む様に口を開いた。



「マイズミ《チャラ男》、彼奴の純粋そうな顔見りゃ分かるだろ。あんな騒がしくしてる餓鬼が大人しくなってるんだから、言葉の意味ぐらいは知ってると思うぜ。…多分な。」


現実世界とは全くもって違う人々の動きにそれぞれが渋い顔をする。普段のムードメーカーが消失であるせいか、余り元気がないようだ。



「…そうっすか……。あ、あとさっき聞いてきた情報で、都合のよすぎる話かもしれないんすけど…。――…猳国かこくっていう妖怪、聞いたことあるっすか?」  


「なんだそいつ…何処かの国の名前か?」


恐神は必死に逃げ回るゴキブリと見つめ合っている様な顔で首を傾げる。



「いや、俺も最初はそう思ったんすけど…東アジアの都市伝説の妖怪みたいなやつらしいっす。んで、そいつら猿みたいな姿なんすけど性別が男しか存在しないんで、“人間の女を誘拐して自身の子を孕ませる“って噂っすね。」



「おえ…何だそいつ。聞いてるだけでも気色悪ぃ妖怪だな…。」


恐神と雅客は更に顔を歪ませる。

そばにいるお岩は耳をふさぎながらも首を縦に振った。



「それで、もし自身の子が妊娠できないならば、できるまでずっと……って感じの噂が、今吉原遊廓の方で広まってるみたいっす。」


「…成程な。確かに遊廓は女が集められているから、其の猿共にとったら遊廓はもはや宝庫みたいな場所だが…この時代は医療の発展も微妙だから早死する女が多い。」


顎に手を添えながら雅客は推理し始める。それに重ねて、恐神の方も自身の意見を述べる。




「つまり猿共は、現世から女を誘拐してこの吉原遊郭に監禁している説もあるのか。」


「…可能性は0じゃねぇがそれも有り得るな。…しかし、この時代に縛り付けられている妖怪が現世に来るには、何かしらの協力者が居なければその行動は不可能。」


何か解決の糸口が見えてきたのか、先程とは見違えるように二人の表情が明るくなってきた。



「…でも俺達が知っている限り、それが出来るのは悠寿さんか今回俺達を此処に飛ばした謎の人物のみ。」


「そしたらその謎の人物の正体を突き止める事と、悠寿の奪還を遂行する必要がある。────…それに、もし"あの楼主が例の噂の猿ならば悠寿が無事に帰れる保証が消える"。」



「なら考える事は全員同じだな。急ぐぞ。」


固く拳を握る男の目には熱意が浮かび上がっていた。

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