四十七件目 ぞっとする 其の一
*後半少し性描写あり
その後悠寿は罪悪感を感じるほど、助けた子供の母親に何度も「ありがとうございます」という言葉をかけられた。少年は泣きじゃくりながら終始母親に抱きついたままであったが、こちらを見つめる少年の眼差しが彼なりの精一杯の感謝の気持ちだろうと悟った。
「悠寿、色々とご苦労だったな。青い鳥みたいに消えたかと思ったら、ちびっ子の事助けに行ってたとは…。よくあんな離れた距離なのに気づけたよな。」
着物がずぶ濡れになってしまった悠寿が戻ってくる。すると、先程から心配げに見ていた恐神はさりげなく羽織物を彼女に被せる。
「だって私“死神“だもん。どれぐらい距離が離れていようが私には関係ない。それに、あの子供が死を迎えるには早すぎる。」
長く艶めいた黒髪が顔を覆う。心做しか悠寿の表情が一瞬光のない世界に取り残された様に暗くなったような気がした。
「…なんだか死神の仕事って大変っすね。俺や恐神先輩じゃ絶対にこなせないというか…、そもそも俺トンカチなので水がもう駄目っす…。」
「おいマイズミ《チャラ男》。死神の仕事はこの程度はまだ序ノ口だぞ。」
人通りが賑やかになり、先程よりもがやがやとし始める。そのせいでマイズミと雅客が口パクで話しているように見えた。
「…―――…さて、それじゃあ甘味処にでも行って気分転換しようじゃないか!!人混みがすごいから、みんな離れないように!!」
「おぉ相変わらずの威勢の良さだな、…よし行くか。」
恐神の言葉に反映されるように、それぞれが縦にうなずいた。
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「ん、うまぁ…♡久しぶりに食べるわらび餅は格別で美味し過ぎる…」
甘味処に到着すると、何か欲しいものを見つけた子供の様に走っていき、数分後には人数分のわらび餅を持って戻ってきた悠寿。そして彼女は、幸せそうに頬を緩ませながらわらび餅を堪能している。
「ん、流石悠寿さん。この食べ物凄く美味しいです。」
お岩にとっては、わらび餅は初めましての様な存在であったが、彼女と同様に美味しそうにわらび餅を口内へと運ぶ。
「悠寿の頬並に柔らかい食い物だな。」
「彼奴の頬と比べたらまだまだ硬いほうだろ。」
「人間の頬と食べ物を比べないで下さいっす…。」
日向に当たりながら男女ともになんだかんだで楽しめているように感じられる。
すると、暖簾をくぐり中年の男が中から顔を出す。他の人間よりと比較しても一目瞭然な豪華な着物と裕福な体型が、自身の身分を強く主張している。
「其処のお嬢ちゃん、ちょっといいかい?―――…もしかしてだけど、彼処の遊郭の子かい?」
男はゆっくりと丸く太めの指で一直線に指を指す。
その指先にいるのは悠寿だ。
「ゆーかく?…ゆー…ゆーじょ…ゆーじょう…、友情屋…?なんだそれ。」
「おい阿呆黙っとけ。」
聞き慣れない言葉に首を傾げながら聞き取れた言葉を推測する恐神。しかし、其の言葉の意味を既に理解している雅客は、ほんのり顔を赤くさせながら恐神を黙らせる。
「ね?そうなんだろう??真逆こんな昼間から会えるとは思っていなかったからね。君に又会うことが出来て凄く嬉しいよ。うふふ、人違いだなんてことは言わせないからね。そういえば、確か前に楼主が…――」
男は興奮状態と言わんばかりに鼻息を荒くさせる。
「ちょっとあの…何の話してるのか分からないんですけど…状況説明ぐらいはしてくれてもいいんじゃないすかね〜…?」
何処か危ない空気を感じ取ったのか、恐神は悠寿と男の距離を引き離そうと間に入る。が、体型的な問題で簡単に押しのけられてしまった。
「私は遊郭の女じゃない。近寄らないで。」
徐々に距離を詰めてくる男をキッと睨みつけながら席を離れ、お岩にも接触させないようにと壁を作る。しかしこの男が狙っているのは、今目の前にいる“悠寿“であるため、今この場においては彼女の正義感の活躍の場は皆無に等しい。
「お岩ちゃんの事、ちゃんと守ってあげてね。」
何か強い意志を感じさせる眼差しで恐神にお岩を引き渡す。彼女は、過去に負った心の傷が脳内に響いたのか、初対面時と同じ様な色のない表情をしている。
「おいお前…真逆そのオッサンについていく訳じゃねぇよな。」
「大丈夫さ。今度は優しくするから安心してくれて構わないよ。」
にこにこと笑いながら手を伸ばして詰め寄る中年男。
男よりも一回り程小さい悠寿が相手では、この状況の先に見えることは弱肉強食だ。お世辞でも綺麗とは言えない太い指が彼女の肩へ手をのばす。しかしその手は、別の細くもしっかりした少し若々しい手に阻まれた。
「――…すみません、うちの商品に触れないでもらえますか。」
「…?誰?」
なんだこいつ、という目で見つめる悠寿。しかし目の前にいる男はにこりと笑いかける。それが彼女には妙に異様に感じた。
「ひっ…ろ、楼主…。」
「?…あぁ、この間来客して下さったお客様でしたか。これは失礼しました。…しかしこのような場で我が屋の貴重な商品に、くれぐれも手を出さぬようお願いしますね。」
楼主はぐいっと悠寿を引っ張り、自身の方に引き寄せる。この男にとっては、“大事な商品を死守するため“なのだろう。しかし、彼女にとってはただの迷惑行為でしかなかった。
「さて、行くぞ。――…月の兎。」
「…おい、“行くぞ“じゃなくて、そこのオッサン2。悠寿を何処へ連れて行く気だ。」
片手でお岩を抱き締める様に支えながら、状況が飲み込めないまま脳内がゲシュタルト崩壊しつつある恐神が真っ先に口を開く。
「場所か?そんなの聞かずとも分かるだろう。“吉原遊廓“へ行くのだ。朝から月の兎の姿が見えぬままで探していたのだ。」
特に表情を変えること無く質問に答える楼主。そして楼主の腕の中で大人しくしている月の兎(悠寿)の表情も特に変化は見当たらない。
「吉原遊廓、だと…?……おい、マイズミ。吉原遊廓ってなんだよ。」
「吉原遊廓…?えぇと…確か雅客さんから聞いた話によると、江戸幕府によって公認された……、なんでしたっけ。」
「まぁ大雑把に言うと…遊女屋を集めた所だな。」
まったく…これだから現代人の若者は…、と思いながら返答する雅客。そして、楼主腕の中で大人しくしている悠寿も同様に少々冷めた目を送っていた。
「…もし君達が月の兎の知り合いであるというのならば…、今夜にでも吉原遊郭へと訪れるがいい…。君達が訪れることを心待ちにしているよ。」
楼主は冷めた瞳で笑みを浮かべながら、月の兎と呼ばれた悠寿を連れて人混みの中へと溶けていった。
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