第三章 自己破裂

四十二件目 子を叱る親のように

後日、上司からのパワハラにより命を失い、この世に未練を残して彷徨い続けた会社員の葬儀が行われた後のこと。



「いやぁ〜…一時はどうなるかと思ったな!!でも悠寿が助けに来るって分かってたから、特に何も心配はしてなかったけどな!!」


事務所には、久しぶりに恐神のがはがはと騒がしい笑い声が響き渡る。



「あの恐神先輩、其の笑い声どうにか改善できないんすか?そんなげらげら笑われてると、“此処はイノシシがゴリラでも飼ってるのか“って苦情がきそうなんで。」




「ふふ…、でもこうして皆さんがまた揃えたというのは、何だか感慨深いですね。…それから、悠寿さんと雅客さんには何とお詫びしたら良いのか…」


マイズミと恐神がいつものように口喧嘩を勃発させる中、お岩は表情を曇らせ普段以上に虚ろな目になりながら、悠寿と雅客に対して深々と頭を下げた。


「いや、ボク達もこんな元気もりもりだから大丈夫だって!!洗脳状態でああなっちゃっていたんだから、何も謝ることはないでしょ?」


悠寿は慌ててフォローに入るが、お岩の表情に光が指すことは無く、お岩はまた口を開き言葉を紡ぐ。



「いえ…その…すごく言い難いのですが…。実はあの時、一応記憶といいますか…眼の前に悠寿さん達がいたというのはちゃんと覚えているんです…。そして…自分が攻撃しているという感覚も脳裏に焼き付くように覚えていまして…。」


それを聞くと、ドスの利いた声と共にお岩を睨みつける雅客。



「――…つまりお前は、俺達のことを意図的に傷つけていたってことか?」


「い、いや…そ、その…そういうわけ、では…」



一瞬で其の場の空気が悪くなった。

しかし、その濁りきった居心地の悪い空気は直ぐに晴れた。


「はいはい、ちょっと落ち着こうか雅客!!」


「ぬんむぐえいぎっ!?」


「うん何言ってんのか分からない♡♡」


悠寿が勢いよく雅客の口内を大福で塞いだのだ。

其の影響か、先程までの険悪とした雅客の表情が崩れ、現在はいたずらを仕掛けてきた子供を叱る年上と、それを見て更に楽しむ子供の絵面だ。



「ふゆむぬめけ!!」


「ん〜、何言ってるのかは聞き取れないけど、私こういう険悪とした雰囲気が好きじゃないからさ。…それに、お岩ちゃん達の意志じゃなくて、向こうが態と仕組んだのかもしれないしさ?」


そう言い切ると、悠寿も美味しそうに大福を口に入れる。そして幸せそうに頬を緩めながら美味しく頂いた。


「…俺が責めすぎだから、少し落ち着けっていうのか?俺らは何度かこいつらに倒されかけた身だぞ?それは例え洗脳状態であったとしても、少しは自分の意志であらがったりできなかったのかよ…」


雅客の言葉に、悠寿以外の三人がなんとも言い切れないブルーな気持ちに浸される。



「まぁ、その気持ちはボクだって少し同感するよ。けど、もう終わった事をとやかく言っても、“例え過去に戻って何かを成敗しようとも現実が変わるわけじゃない“のは、私達冥界の執行人カタバシスが一番ご存知だろう?」



当然の如く、恐神達は悠寿が発した聞き慣れない言葉に首を傾げる。だが、悠寿はそんなのお構いなしといわんばかりにどんどん話を進める。



「まぁ…それはそうだけど。それでも俺の怒りは収まらねぇし、当分は此奴等に当たり散らかすつもりでいるぞ。」


「はぁ…そこは一応許容範囲内で収めてくれるならまだ許すけど、それならこうしよう。もし次自分で自分の事が守れずに、相手の思惑に負けたら――…其の回数に応じて、寿命を半月ずつ減らしていこう。」


二個目の大福に手を伸ばしながら、けろっとした何喰わぬ顔で身が竦む事を言い出した為、事務所内にいる毎日寿命を削りながら生きている男二人は動揺した姿を見せる。


だが彼女の眼は本気だ。



「ちょっと待て、おい…さっきから黙って話を聞いていれば、少し内容が過激すぎねぇか…?そこまで厳しい判決を下さなくてもいいだろうが…」


「でもそれって、お岩さんは該当しないっすよね?そしたらどうなるんすか?」


先程から静かに話を聞いていた二人だが、段々我慢の限界に達してきたのかマシンガントークで悠寿に詰め寄ってくる。


「生身の人間は生については欲深く反応するなぁ…。…因みに霊体の者には、一定の回数を超えたら、一時的に八大地獄に転送させる。それに、俺達だって常日頃からお前達を守ってやれるほど、暇って訳じゃないからな。…自分の事ぐらい、例え怪我してでも守ることは出来るだろ?」


雅客は口内に微かに残る甘味の余韻に浸りつつ、一通り喋り終えるとお岩が用意した緑茶で喉を潤した。


その数秒後、三人何か物事に対して覚悟を決めた表情で首を縦に振った。






そして、それから数分後。



「…あ、そうっす。次の依頼の話なんすけど、最近小さい子供や女性が行方不明になる事件があちらこちらで勃発しているらしくて…。前に花屋さんのおばさんから聞いた話だと、其の事件が起きた後には必ずと言ってもいいほど、其の花屋の近くにある神社の地蔵にその行方不明になった人の手がかりになるものが置かれているっぽいんすよ。」


「…それ地蔵が歩いて“はい僕がやりました!!“ってやつじゃね?そんなつまらねぇ依頼なんぞ受け入れなくていいだろうが。どうせ神社の中に入ったら、行方不明者がどっちかの状態で見つかんだろ。」


マイズミの話を聞きながら、雅客は“だりィ…“と呟き、横からツッコミを入れながらも大人しく話を聞いている。



「最初はそう思うじゃないっすか?けど、神社や寺だとか色々な場所を探しても、神隠しにあったみたいに誰一人として見つからないらしいんすよ。」


「…それに地蔵に手がかりになるものがかかっているのも、“早くあの子が見つかりますように。“っていうお祈りでやってる可能性もあるし。」


悠寿も仕事モードに入ったのか、ペンと紙を用意しマイズミの言っている言葉から大事だと思ったところを抽象化させてメモしている。


「…ちぇっ。俺の推理が違うってのかよ。」


少し不貞腐れたようにソファにどすんと座ると、背後から雅客に対しにこにこしながら話しかけ始める恐神。

“俺も同じ考えだし、あの二人の意見が正しいって訳じゃないから、色々と調査しがいがあって面白そうだよな!!“と、はにかみながら声をかけた。



「でも神社に連れて行かれたとかじゃないなら、後は山…――。ま、取り敢えず花屋さんのおばさん含め、聞き込みから始めるのが無難ね。よし、行くか!!」


「悠寿さんはいつも頼もしいですね…素敵です。」


お岩は楽しそうにふふ、と笑うと、それに気づいた悠寿もふふん、と楽しげに笑みを浮かべた。まるで先程の険悪とした不味い空気が嘘のようであった。



「それじゃあ、ボクとマイズミは北と東。恐神とお岩ちゃんと雅客は西と南をお願い。もし何か分かったら、すぐに連絡すること!無理したら許さないから!」


心配性の保護者か!

      と全員が思った。


「すっかりリーダー気取りだな、悠寿…。でもまぁ、最近はずっと助けてもらってるからな…俺もそろそろ格好良い所見せないとだよな…。」


恐神が少し不貞腐れたような、少し嫉妬しているような悔しそうな声で呟く。その気持ちを強く表すように、両手の人差し指の腹を押し付ける。


「恐神さんは今のままでも十分かっこいいですから自信を持って下さい!!」


お岩は励ますようにガッツポーズを決める。

あの時よりも更に距離が縮んだな…と端で見守るマイズミ。



「うげ…俺はこのバカップルと一緒に行動しなくちゃいけねぇのかよ…。」


「まぁまぁ落ち着いて…。取り敢えず終わったら甘味処でも行こう?」


「え、それオレも行きたいっす!!」


餌に食いついた魚の如く、雅客と悠寿の会話にマイズミが乱入する。そして、更に騒がしく暑苦しい男も参戦し、シュールでありながらも平凡な日常が戻ってきたような感覚に頬を緩ませる社員達であった。

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