三十九件目 深夜の徘徊者

「はぁ〜...、ほんと何処に行っちゃったんだよあの三人...」


「正確には二人と一霊だな。どうせあの未だに姿を表さない能天気そうな社員二匹とクソ女だろ?」


深夜。

良い子はもう寝る時間と云われる時間を優に超えている此の時間。


行く宛も無いような足取りでのらりくらりと暗闇の中を歩く二人。



「あのねぇ...能天気だっていうのはまだ善いとして、お岩ちゃんのことを“クソ女“っていうのはやめてくれないかな。

あの言葉は絶対に彼女の吐いた言葉じゃない。例え外面的に見た時には彼女の口から言っているように見えても、あんな言葉彼女が吐くはず無い。」


「へぇ...?それさ、例え自分が悲惨な目に遭いそうになったとしても云えるコト?

つか俺が云えた口じゃないけどさ、あの女と悠寿もまだ長い時間帯を共に過ごしていた訳じゃないんだろ?」


黒い顔で喋る雅客。



「ボクはね、普段からいつ誰にどういう形で裏切られようと過酷な境遇に落とし込まれようと用意周到な気持ちで過ごしているの。例えあの場でもどんな目に遭おうと、雅客さえ無事であれば、私に降りかかる負荷ならどんな犠牲も払わない。」


しかし彼女の中にある揺るぎない強固の正義感は堅忍不抜である。




「...お前のそういう所、唾棄する程嫌だな。」


「素直に気持ちを伝えてくれる雅客のそういうところ、ボクは好きだけど。」


「こんな時に変なコト云うんじゃねぇ。さっさとあの三人組探すぞ。」


「はいはい...、それは私の台詞なんだけどねぇ...」


自販機の電子音に寄り添うように声が鳴り響く街並み。

昼間は賑やかであることを建物達が教えてくれている。しかし今の時間帯となると、あの特徴的な形と色を帯びた年中無休の深夜の味方以外は皆夢の中へ誘われている。



「やっぱ夜は良いね、昼間よりも何だか足が軽やかに動く。今なら自分が此の夜を支配していると言っても過言ではないくらい強気になって、そのまま朝まで踊り続けられそう。」


先程の姿とは又違い、金髪の似合う少女は誰一人として居ない歩道を一人優雅に何かに恋焦がれる乙女の如く舞い踊る。

白のやや丈の短いパーカーと黒のコンプレッションウェア、そしてバギーパンツという特殊な格好だが、心做しか綺麗な夜空に染まった白いドレスに擬態して見えた。



「悠寿、転けないように気をつけろよ...。ったく、お前もお前で脳天気じゃねぇか...。はぁ...此の時間帯になると歩いてる人間はいねぇし...。もう少し俺も此の事件を他人に十分相手が理解できるほど説明できるレベルの情報量が欲しいんだけどな...」


「大丈夫だよ雅客、なんかあったらボクがマシンガントークで相手にわかりやすいように説明してあげるから。」


「それじゃ矛盾してんだよ...、マシンガントークで話されて内容が理解できるのは化け物位しかいねぇだろ...」


話が少し加熱してきた辺りだろうか。

何処かから、あのときの深く脳裏に焼き付いた匂いが蘇った。




「?、ね、待って。あんた真逆だけどさ、下水道調査後にコインロッカー寄ったのに...入ったふりして外で待ってた...?」


「はぁ!?俺こう見えてもちゃんと身体は清潔にしておかないと気が済まない性格だぞ!?洗ってるに決まってんだろ!!」


「マジ?じゃあ此の匂いは...」


犬のように鋭く利いた鼻に集中しつつ、辺りを見回す。

しかし見渡す限りでは、特にこれと行って下水道に直結するような手掛かりになりそうなものも無さそうだ。



「ボク達が原因じゃないとしたら何だろ...、廃棄物の匂いなわけ無いし...」


「...」


すると、隣にいる雅客の視線がぐらりと揺らいだ。


「?ねぇ、悠寿。あれみてよ。」



雅客はある一点の方向を、その白く程よく肉のついた指で何かを示す。

その先にあるのは、


「うん?ただの建物じゃん。それに明かりも付いているわけじゃないし...ホラーゲームのやりすぎで、何かそういうセンサーみたいなものでも反応してるの?」


「違う違うそうじゃない。人が中に居ないのは当たり前だけどさ、見てよあの階段の痕。何か見覚えない?騙されたと思ってよく見てよ。」


雅客の割に優しく背中を押される。


「いやいや見覚えも何も...そもそもボクあの建物内部に入ったことも無いし...関わりもあるわけでは...、?」



建物に近づいて見てみると、階段には何故か淀んだ水が垂れた跡と泥が混ざった足跡、それから...―――


「悠寿、中に入ってみようぜ。」


「おおう、随分と単刀直入な申し出だこと。...でも、入るからにはある程度の覚悟は持っておいてよね?必ずしもボクが雅客のことまで守れるとは限らないから。」


悠寿は雅客に対し不動の念を宿した視線を向けながら、本来の姿に姿を変動させる。彼女特有の戦闘服に身を包んだ姿は闇を支配する執行人そのものだ。



「つべこべ言ってないで黙って守られとけ。“冥界の毘売ハデス・キティ“は姫君役がお似合いだぜ?」


「あれれそうなの?生憎守られているのは柄に合わないから、そういった勇者邪魔者は募集してないんだよね、残念。」


そのとき、建物の目の前に立つ少年少女の顔の造形が崩壊した。








          

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