三十八件目:起承転結な19時間

鼻を突き刺すような頭痛に繋がる臭い匂い。

密室に近い空間であるからか、一つ一つの動作や自然の音がこだまして鳴り響く。



「へぇ〜、こんな所で事件なんぞが起きたらさ、そう簡単に犯人はバレなさそうだよね。というか、本当に此処に手がかりになるものがあるの?」


悠寿の隣を歩きつつ、初めて見る美の欠片もない景色に少し吐き気を催している雅客。


彼の目と鼻の先には、こういった場所を好む昆虫や鼠、家庭ゴミだのが散らばるように広がっている。中には水に浸っているものもあり、それを見た雅客は暫く夢の中で魘されるほどのものだろう。



「最悪なんだけど此処...、あのさ後でコインロッカーのシャワー浴びていい?」


此の場に居座ることに耐えきれなくなってきた雅客が口を開く。



「良いけど...、此の事件が終わるまでは単独行動は禁止だからね。」


と返す悠寿。


すると、悠寿の返答に対して何か妄想が膨らんだのか鼻の下が少し伸びる雅客。先程の事など忘れたかのように、少し頬が緩んでおり顔には血色感が蘇る。


「?、それってもしかして...」


“もしかして“の次から何か言葉を紡ごうとした刹那。






「ッッ!!血痕...之があの今朝のニュースの中で報道されていた一部の...。

彼処にも血痕...?」


酒を体内に含んだ様にふにゃふにゃとした雅客とは別で、悠寿は目の前に垂れている“血痕“を発見するなり、血相を変えて周辺を見回しつつ何かを探すようにつぶやき出す。


「それって、もしかしてあの噂の二人の...?」


「そう、恐らくね。...もしかしたら未だ他にも何か手がかりがあるかも知れない。早く彼奴等の安否を確認しないと...」


「...そうか。でも、彼奴等の血だって確定しているわけじゃないんだろ?例えニュースやお前の判断だろうと、犯人が妖怪の類に含まれる物体ならばこんな偽装工作は朝飯前だからさ。」


雅客は周囲に警戒しながら、悠寿の隣でしゃがみ込む。

その血痕は、通常の人間と比べて僅かに色に違和感がある。



すると、何かを吟味するような目つきで床に染み付いた血痕に少女の天真爛漫な指先が触れると同時に、ふと俺の口から疑問を吐く言葉が生まれた。



「おい、悠寿...此の血液、本当に人間...」


「ッぐ“...あぁ“...!?」


突如雅客がずっと傍で様子を見ていた少女の様子が可笑しくなる。何かに悶え苦しむ様に、可愛げがあるともお世辞では言えない潰れた声で叫びだす。


「私は悪くない...――、私は。違う――私は。わるくな――い、や――

違う、――冤罪なの。―――...いや。......いやだ、ァ...やめて。」


すると、其処で息途絶えた蛍の様に身体から筋肉や腱が抜かれた様な悠寿の体を、そっと不憫な死に方をした小鳥を両手で包み込む様に支えた。


「悪、い...な。雅客...ちょっと、した戒めだ...少ししたら、また...うご、く“から、」



そこで雅客は考えた。



俺が見ていない空きを狙って何者かから襲撃を受けたのか?

しかし彼女の身体を見る限り、特に何も傷とやらは見つからない。そしたら体内に何か投与されていたのか?



あるとしたら、先程俺があの女から襲撃を受けそうになった時。

あの時、悠寿は俺をあの女から切り離す為にあの女に釜を下ろした後、俺は其処から記憶が欠如している。




「なァ、悠寿。今少し話せるか。」


腕を貸していやっている所、此奴に少し申し訳ないという後ろめたい気持ちもある。


そこでお気持ち程度にと云うことで、普段から常備している解毒剤を投与する。少し顔を顰めているところに追い打ちを掛けるようで申し訳無かったが、今の俺には之くらいしか為す術がなかった。



「いや、平気だ。...気遣ってくれて、ありがとうね。それで?話の内容は何?」


「嗚呼...、そのよ、さっき俺が変な怪物女に襲われそうになった所を助けてくれたろ?その後其の女かなんかにやられたのか?」


未だ少し身体に力が入っていない悠寿を支えつつ、引き続き周囲に警戒しながら質問する。


「ん?...あ―、それはね特に何も問題は起きていないから安心して。

ただね、私が鎌を下ろした際に少し色々あったの。...さ!!ほら、行くよ!

こんな所でうじうじ突っ立ってたって、何も終わりに近づかないからさ」


すると全身に酸素を血液で行き届かせて少しだけ体調が回復した悠寿は、再びはにかみながら身体を伸ばす。


其の姿は何処か逞しく、そして頼りがいのある姿に見えたが、それと同時に一瞬にして目の前から儚く散っていく姿が脳裏に焼き付いた。

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