三十七件目:紅月と再生

今までに事例が無いほど頭が痛い。

目を開けて、視覚的情報を得たいとも思わないほど頭が痛い。



「ねえ雅客!起きて!!」



誰の声だよ...煩いな...




「ねえ!顔に水掛けるよ!!いいの!?」



すると、何故か無意識に身体が持ち上がる。


「其れは嫌だ。あとおはよう」


「はァ...、ほんっと人騒がせな...ほんと嫌になる此の男...」


俺の直ぐ側で、ずっと様態を気にしてくれていたのか俺の腹部を中心とした部分には、俺にとってはやや小さめのパーカーが掛けられていた。


きっと悠寿のだろう。



そんな事を思いながら、先程の記憶の途切れる前までの一部始終を思い返す。







あの女は一体、何者だったんだろうか。

悠寿が言うには、確かあの女はあの探偵事務所の事務員。

初めに会ったときも、最初は清楚で優しそうな印象を持っていたが、今は違う。


あれは只の悪魔にしか見えない。

あの時の俺が、あの女の方に視線を向けなかったらどうなっていたのかと思うと鳥肌が立ってしょうがない。

何かで殴られるわけでもなく、銃で撃たれたり刺されたりしたわけでもない。が、あの化け物に飲み込まれる様な感覚は、思い出したくもないほど後味が悪かった。




「...で?体調は?」


「ん?あぁ...、未だ吐きそう。つか吐きたい。あの何かに飲まれるような感覚は、今までで事例がないレベルでおえってる。よく悠寿は襲われなかったな...」


「...そうね。確かに、今まで襲われたのも全員私の記憶に間違いがなければ男だけだった。加害者側に性別は関係なさそうだけど、私も流石にあんな姿見ちゃうと...」


悠寿は少し顔を顰めながら、上を向いた。




「あ!そういえばさ、今日何故かお月様...紅いよね。」


「は?“月が紅い“?」


悠寿の言葉に疑問を持ちながら空を見上げると、見事に美しく見惚れてしまう様な程紅く綺麗で美的な月であった。




「...月が綺麗ですね。」


無意識に月を見上げている自分の口から漏れた言葉。



「んね。...このまま死んでもいいわ。」



そうだ、これも全て月のせいにしてやろう。

きっと彼女の言葉も。












「さて、此の後どうする?」


「いや切り替え早くね?折角いい感じの雰囲気出てきてたのによ...」


お互い月を見上げながら何かに耽けていただけなのに、心の何処かでは少しだけ繋がっているような気がしていたのが恥ずかしく感じてくる。

でも、それで善い。その掴みどころがない性格が悠寿が求められる性質の一つだから。


「いやいや真逆。さてと、取り敢えず例の下水道のところに向かおう。善は急げだ。それに、今日は...ね。」


悠寿は緊張混じりの気持ちを抑え込むように、口を紡いだ。


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