三十五件目 情報過多ギャグ
普段なら人が絶えない新宿、リーマンやOLが駅を行き来する多忙な時刻の話だ。
駅には電車の出車を教える音や、靴とタイル床が擦れる音。
そして、駅に付属しているカフェからは、ほのかに珈琲のほろ苦い匂いが鼻腔をくすぐり、歩みを進める度美味しい匂いが食欲を掻き立て、駅特有の独特な音が何処か心地よい。
そう、”’普段なら”’の話である。
いつもなら、四六時中働き者達がこの改札をくぐっていくのにも関わらず、珍しく駅の人混みは空いていた。それが妙に不気味にも見えてくる。
そんな中、この時間帯にはやや珍しい、小さい子供を抱き抱えながら歩く少女とその後ろをついていく女性が駅のホームから出てくるところがひときわ目だって見えた。
傍から見たら、やれこれは仲の良い姉弟だとか、お菓子や玩具、最近のアニメの話でもしながらたのしんでいるのだろうかと妄想に耽けたことを言いながら、和んだ表情を浮かべてこちらを見るのだろうが、実際に話しているものは、決してそんな“可愛い話“で済まされるようなものではない。
「...ねぇ、腕疲れてきたんだけど。そろそろさ、成長したら?あ、精神的な意味じゃなくて、物理的な意味。あんたその格好してても、ボク...間違えた、私甘やかす気なんて微塵もないんだからね。」
黒の長髪を風に弄ばれている最中の少女、悠寿がぼやく。因みに今の姿は、飽くまで仮の姿である。
「じゃあぼく、おねーちゃんのかれし?になってあげる!」
小さい子が“将来大きくなったらお姉さんと結婚する“といった台詞に似ついた発言にも見受けられるが、それに対して傍観者として見守っていたお岩が少し驚愕した刹那、
「これならどう?満足してくれた?死神さん」
先程まで目の前にいた可愛らしい小童が、高身長の大人びた青年に変わったのだろうか。現状、この状態だと悠寿のほうが圧倒的に身長が低く、とてもじゃないがこの青年を抱き上げることなど不利な話。
その代わりに、青年が悠寿に抱き着いている形になっていた。
「...あまりそんなに近距離にならないでくれるかな、妖怪の“総大将“さん」
ふと、お岩の肩が上がったような気がした。
ちょうどお岩の目と鼻の先に存在するのは妖怪の中では名の知れた存在、つまり
「もし間違えてしまっていたら申し訳ないのですが...その、ぬらりひょん様、でしょうか?」
おずおずし、緊張して声が震えてしまいながらも口を開くお岩。それを見るなり、“あぁ、こんなやつにそんな緊張しないで大丈夫だよお岩ちゃん。“と口を開く悠寿。
だがそうなるのも無理はない、何故なら彼女の目の前で今このような状況を作り出しているのは、死神とぬらりひょんというシュールなコンビなのだから。
「ん?あぁ、そうだよ〜。今日から数日?事件が解決するまで、此奴の彼氏になるからそこんとこよろしく」
「おい雅客。もっとちゃんとしなさいよ。それとね、いい加減に離れないと昨日研いだばかりの鎌で八つ裂きにするよ?いいの?」
「うわそれは流石にない、彼氏にそんな事する女見たこと無い、どう?口直し程度に法廷で合わない?」
「そもそも証拠不十分で不起訴処分になると思うけど。時間の無駄になると思うからやらないかな。...というかあんたのせいで、全然本題は入れてないんだけど!!」
このような会話が続いて二十分。
「それでね、昨夜私が恐神達と一緒に調査して、途中マイズミも恐神もいなくなっちゃうでしょ?そんでもって、私は警察に“未成年が深夜に徘徊するな。“って怒られてねぇ...。んで、事務所に戻ってきたのち、お岩ちゃんに保護者役してもらって、最終的にそのニュースの内容の通りよ。」
お酒を飲んで口が達者になったOLの如く早口で淡々と今までの時系列を雅客と呼んでいるぬらりひょんに現状を説明する。
「なるほどねぇ〜...。で、俺が今朝の三時にお前から連絡ついて、事務所に来たときにあんな風に依頼人と口喧嘩してたってわけね〜」
うんうん、と呟きながらさっきまでの男子小学生のようなテンションは何処へいったのかと思うほど、温度差で風邪を引いてしまいそうだ、突っ込む人間もいないまま話を進めていく。
因みに、お岩はこの長話をしている間にいつの間にか何処かへ行ってしまったようだった。おそらく、この調査のついでに買い出しに行きたいといっていたから、用を済ませに行っているのだろう。後で何かお詫びに和菓子を買ってあげなくては。
「そうそう。...それでね、あの〜、今回の事件の正体となんじゃないかって目星つけてる犯人とその依頼人がグルじゃない?って槐に聞いたら、たぶんね〜みたいなことだけ言われた。」
ちなみに
「ふぅん、なるほど。...じゃあ俺要らなくない!?折角予定空けてさぁ、こっちまで来たのに無意味にならない!?」
ちょっとだけやけくそ気味になる雅客。
悠寿はそれでも尚話を続ける。
「え〜、でもあんた普段不法侵入とかしてご飯食べて繰り返してるだけののらりくらり生きてる暇人じゃない。それなら、私のお手伝いしてる方が、まだ時間有意義に使えた気分になれて、嬉しいでしょ?」
ちょっとだけこの会話が楽しく感じてきたのか、喉を少し締めるようにして可愛らしいソプラノボイスであざと可愛く言ってみる。
だがこの男は恐神達と同様、受けるダメージはプラス方向とは反比例したマイナス方向に一直線である。
「...お前性格変わったな。まぁ、手伝ってやらなくはないけどよ、俺のことオトリにする気だろ...」
うん、このように。
「...報酬出るよ」
嘘だけど、どんな反応するのか試しに言ってみる悠寿。
「は?まじか」
と、述べた雅客が次の瞬間後ろから打撃を受け、汚い声を上げて痛そうに頭を擦るのは秘密。
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