三十三件目 被害者Yは加害者と為る
液晶画面を埋め尽くすように写っていたのは、そう、紛れもなく悠寿であった。ちゃんとご丁寧に容疑者とまで書いてくれている。だが、此処に乗っている氏名と容姿ときたら、彼女が作った戸籍上の姿であり、実際は架空の人物だ。
だから知っている人物など、悠寿と冥界の人間くらいしかいないのだ。
ニュースキャスターの発言と共に現れる文体から読み取るに、悠寿が今日の未明、つまりちょうど恐神とマイズミと一緒に下水道内にいると噂の化け物を探しに行ってきたときと同じ時間帯だ。
「...で?被害者は?」
「...あれ、豆電球ちゃん意外と冷静なんだね〜
被害者は君たち二人が一番知っている人だよ〜!!...あ、画面に写った」
そう言うと、紀伊が画面に向かって指をさす。
悠寿が呆れた様子で画面に目を向けると、そこには恐神とマイズミの顔が写っている。おそらく、事務所用に撮影に写真だろう。今より少し幼気だ。
《被害者二人のうち一人は、首に紐で縛られたような跡があり、もう片方は頭を鈍器で殴られたような跡が残っており、二人が倒れていた場所には血痕が垂れていたとのことです。》
ニュースキャスターの声にやけに圧力がかかっているように聞こえてくる。
そして、“お前を見ている“とでも言いたいのか、どうあがいても何故かずっと目があっているように見える気がして、無罪を晴らそうにもそれを阻止されているような感覚が悠寿を侵食していく。
“随分と物騒な世の中になったものだ。“
被害者でもあり加害者でもある曖昧な声が静まり返った部屋に響き渡る。だが、その声も次のニュースキャスターの声によって掻き消されてしまった。
《また、警察は犯人が別の事件にも関与していると懸念しており、現在東京周辺で捜査を続けております。もし何か心当たりがある方、少しでも何か怪しいと感じた場合には、以下の電話番号にご連絡お願い致します。》
「...だって。まるでこれじゃあボクが迷子の幼稚園児みたいだね。どうする?“犯人此奴です”って警察に届けて、感謝状もらって、それでこの事務所の糧にしたいならどうぞご自由にして?」
知り合いがこの世を立ち去った。
という報道を目の当たりにしても尚、特に涙を流すことも顔色を悪くすることも無く、淡々と話し続ける悠寿。
そして、
「私...あの、悠寿さんがこんな事するような人だとは、思いません。それに、あのお二方がもしそういった場面に陥ったなら、悠寿さんに少しは抵抗した痕が残っているはずです。」
と、珍しく悠寿を庇うようにしながら先程まで黙って聞いていたお岩が反論する。
「おや?もしかして、お友達ごっこ?見苦しいね、そいつは犯罪者なんだよ?んで、付け加えて今は指名手配犯でもあるから、その身を警察に預けてくれば、この事務所は感謝状と金で潤うし、依頼者も増えてすぐさま人気になるし、なんてったって、この事務所の血となり肉となるだろう。
...それでもこの馬鹿げたお友達ごっこを続けるつもり?」
口調は子を叱る親であり、目も幾分か穏やかそうに見える。
だが、紀伊の声に色はない。あるのは、先の見えないトンネルの中、孤独感と不安に押し潰されて消えてしまいたくなるような、冤罪を訴えても信じてもらえない事に対する憤怒が紡がれた何かが見え隠れしているだけだ。
どうしよう、と思いながら悠寿が少し困った表情をしているときだった。
「お友達“ごっこ“かどうかだなんて、貴方に判断できる材料は現時点ではなにもないはず。貴方に何が分かると言うんです?失礼な言葉ばかりで相手の不安を煽ることしかできない輩など、この探偵事務所には要りません。どうぞお引取り下さい。」
容姿端麗で普段は大人しくおしとやかなお岩が、先程とは形相を変え顔を血液の様に赤くさせ、あのときのお岩自身を裏切った旦那に向けた殺気と似て非なるものを紀伊に向ける。その姿はまるで、般若のようだ。
「なるほどねぇ...、まぁそれが後に自分を苦しめる事になっても自業自得だよ。それじゃ先輩達によろしく。...あ、あと犯罪者は犯罪者らしく、逃亡生活頑張ってね〜!!どうせすぐ捕まると思うけど。」
「お気遣いなく」
最初にあった時のあの気さくな男は嘘だったのか、と心のなかで呟く。木製のドアを開けて、事務所を後にする男の姿は、悠寿には何かを殺めた人間の目に見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます