三十一件目 後味は塩酸

先が見えない暗闇を、懐中電灯を持ったマイズミ、悠寿そして恐神の順で食べかけの弁当のようなものや、ビールの空き缶などが転がる不安定な場所に足場を作りながら歩き続ける。終始、その場の空気は何処か凍りついているように感じるほど誰一人として輪を乱すことの無い、無言を貫き通していた最中、




「ネズミ〜ゴキちゃん〜からの微生物ぅ〜♪

これぞ恐神が大嫌いな地獄絵図地下迷宮ぅ〜♪」



良い意味でも悪い意味でも何かが欠落したような重い顔を浮かべる二人を励ますような動きを見せたのは、悠寿であった。





「おい悠寿その変な歌やめろ俺の癇に障るんだよ」


「え?即席で制作した割にボク良い曲作ったと思わない?

...ていうか何その防具、ガスマスクまでつけちゃって〜そんなに虫がこわいんでちゅか〜、...あ、肩にゴキちゃん発見」


「は...?」


と、言いながら一瞬モアイ像のように硬直する恐神。



「嘘だけど」


「おい悠寿...お前の駄菓子全部食いちぎってやりたいところだが、今はそのやる気も出ないから今回は餓鬼のイタズラ程度に受け取ってやるよ」


そういうなり、恐神は普段以上に青白くなった顔を歪ませながら、段々悠寿から離れるように数メートル後ろを歩いていた。


「...悪い、ちょっと止まってもいいか?なんか足に違和感が」


一瞬だけ、何かが滑るような抵抗するような靴の擦れる音が聞こえた気がした。



「...ん?恐神ぃ、普段ならもっと言い返したりしてくるくせにどうし...」


 「恐神先輩、もし辛いなら遠慮なく帰ってくれてもいいっすよ...て、あれ?」



一瞬だけ嫌な汗をかいた。

ついでに言うと、首を何かに絞められるような感覚がした。




何処か透き通った甘い声と、思春期特有の少し大人びてきた青年のようなマイズミの声が重なると同時に、後ろにいる違和感を確認するつもりで振り向く。



黒い瞳の中には、紺色の制帽を被った二人の男が写っていた。

そしてその目と鼻の先にいるのは“恐神“では無く、依頼人でも無い。



「何をしているんだ!!未成年が一人こんな暗闇の中で!!」


それは言うまででもない警察だ。

きっと最近変な噂がぽつぽつと出てきているから、その真相を確認するべく態々この時間帯に現れたのだろう。でも先程までは、人の足音も恐神とマイズミのもの以外は何も聞こえなかったはず。だが警察が来た方向はボク達の歩いてきた道。


「...はい?一人じゃなくて、ボク三人で行動していたはずなんだけど?ね、マイズミもいるし!!」


ちょうど近距離にいるはずのマイズミの服の裾を掴もうと手を伸ばす。







「マイズミ...? その人が君とどういう関係があるのかは知らないが、今の君はひとりじゃないか。きっとこの暗闇の中で疲れてしまったんだろう。」


「いや疲れてないです、本当に一緒にいたの。それにこれは依頼で大人二人と一緒に行動してたから、えっと...あれ?マイズミ?なんで...」






が、その手が掴むことが許されたのはこの場の先程とは変わりきった蔑視と孤独が混ざりきった殺風景な空気だけであった。














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