二十七件目 無面相の女

昼食を平らげ、おまけに口直しの硬めに仕立て上げられたカラメルの大人な匂いがほのかに香るプリンをも胃袋に収納した後のことだ。


「...そういやさ、何でお兄さんたちあんなに元気なさそうな顔して交差点付近の壁にもたれかかってたの?やっぱ鞄をひったくられたから病んじゃった感じ?」


バニラアイスが緑の液体に一体化し始める途中経過を停止させるように介入するストローから、口内へと液体を飲み干す。...ちょっと小説家チックで妄想癖のボクらしい言葉を並べて、メロンソーダフロートをかっこよく言ってみる。


「いや、そういうわけじゃなくて...」


「じゃあなあに?」


数時間前の’’久田 隼世’’という姿見から変わっていないため、二人には恐らくただの女子高校生としか認知されていない分、普段とは少し違った何処か新鮮な気持ちで話しているのが何だかくすぐったいような、でもそれが心地よいとも思える。



「普段頼れる姉御みたいな人がいないのが寂しいっていうか、負の連鎖のせいで何だか元気が出ないと言いますか...」


隠れスポットと呼ばれるような場所に佇む喫茶店だからだろうか。周囲には大の大人がまるで母親にすがる弱虫な息子のような男二人を蔑む人は誰一人として存在しない。まるで貸切状態と言ってもあながち間違っていないと言えるだろう。



「へぇ〜...なんかこんなこと言ったらあれだけど、見た目はなかなか厳ついというか、オラオラ系に近い雰囲気を醸し出してるのに中身は意外と可愛いのね。」


「だって普段はその人が場のまとめ役みたいな立場で対応してくれるから...」











あぁ、ボクのことで何か抱えているのか。


将又それが、憎悪なのか嫉妬なのか、それとも懐旧なのか焦慮か、畏敬かそれ以外のどのような感情だろうと、その気持ちに応えようとする日々這いつくばりながら自分の欲を満たして生きている人間のように、感情に支配され続けながら百面相を必須とするような穢れた行動は、死神の には無縁だが。




 ――


脳内で上昇整理された後、一瞬だけ耳と目、それから頭に熱がこもるような感覚を覚えた。








「なるほど...、つまりえっと〜......」


何だか上手く言葉が発せられない。



「確かこっちが数時間前にメールで相談に近しいことを連絡していたらしいんだが、オレが頼りすぎてるせいでまとめ役をするのが嫌になっちまったのかな...

それとも...」


’’何だか嫌だな、ボクこんな人知り合いじゃないんだけど。’’

そんな鋭い言葉が脳内に張り巡らされていく。


ボクの知ってる恐神のはずなのに、何処かこの弱々しい姿を見て嫌気が差している自分がいる。


普段はこんな目で相手を見たことなんて無いはずなのに。



「お兄さんだっさ...なんか私の予想を遥かに超えるような自己肯定感の低さだわ...」


目頭辺りに籠もった熱が朽ちるようにして、ボクの頬に水滴が伝っていく。濡れた頬が喫茶店内を駆け回る微風によって少し肌寒く感じる。



「おい女子高生、流石に今の精神状態の恐神先輩にそういう発言は聞き捨てならないっすよ」


恐神の傍でほぼ聞き手役として黙っていたマイズミから、ボクにとっては今聞きたくない発言が重く伸し掛かる。


「聞き手役は最後まで黙ってて、意見を述べるのは話し手が言い終わってからやるのがマナーよ。




           ...あのさ、私はお兄さんがどんな人なのかは’’初対面’’だから詳細は知らないし、そのまとめ役の人だって私は知らないから、飽くまで第三者目線の意見として受け取ってね。こっちはただの通りすがりの一般人であって、お互い何か縁があってこういう形で出会ったとかでも無いから。」


「...」


不満そうに口ごもりながら、何か言いたげな表情を下唇を噛むようにして必死に隠し通そうとするお硬い男も、今度こそは黙ってくれそうだ。




「えっとね、あの〜〜〜...とりあえず単刀直入に思ったこと言っていくわ。確かさ、お兄さんてその日々自分らをまとめてくれるリーダー的存在が何故か今は欠けていて、尚且つ負の連鎖の影響でメンタルにキてるんだっけ。」


「ま、まぁ...そういう感じっすね」


自分が欲していた反応とは違った反応をされたのが少し苦だったのか、私が視線を少しだけそらした刹那彼の眉間に皺が寄った気がした。


「はぁ...うーん、こんな言い方するのもまたあれだけど、リーダーの存在に依存しすぎている事によって、普段身を委ねるようにして頼り過ぎていた分のツケが回ってきたのかな。それと、本当は一人でも十分やれる位の実力と技術はあるはずなのに、何故か自分を卑下して一人では何もできないって何処か決めつけて、それで下に沈み込んでるようにしか見えないな...」


「オレが悠寿に対して依存しすぎていて、そのせいで自分一人で馬鹿みたいに下に沈んでるって解釈であってるか、...マイズミ。」


「馬鹿みたいに奈落の底に落ちていると言うか、本当はそれなりに実力と技術があるのに、それを無いものとして決めつけて周りの実力にすがっている、...つまり’’落ちる暇あるなら、自立して自分の実力だけで這い上がれ’’という教訓かと。」




先程までボクを敵視するような目で見ていた二人の目から、憎悪によく似たような別の感情が埋もれ出た用に見えた。



「言葉の意味の解釈は自分たちでどうぞ。私は之以上は言う気ないし、頭にくるなら暴言はいてもらったって構わないから。ただ自立した姿のほうがそこら辺のヘドロみたいな世界で這いつくばる大人よりもまだマシに見えるってくらい。」


「...そうか」


机が邪魔で上手く見えないが、先程まで泣き寝入りするような幼児そのものの姿を見せていた男が、自身の服の裾を強く握り締める。



「...それが八つ当たりか綺麗事であり、心のなかでは馬鹿にしてたりする可能性は」


「随分鈍感なのね、そこを直せって言ってるのよ。もし次会うときがあったら、今回みたいな間の抜けた面見せないでよね。...それじゃ。」



大盛りで珈琲もセットでついてくるのに、喫茶店さんはなんと赤字覚悟の790円と、我々客の財布を気遣いのいい超お得なこのお値段。味も見た目も全て満点。


ボクは店を出る際、三人で囲ったテーブル上に野口が二人潜んだ財布を置いて、初老のオーナーとアルバイトで手伝いに来ている彼の息子に一礼をしてから、きれいな音色を奏でる木材をすり抜けてその場を立ち去った。




今までに無い大きな成長と、親愛なる’’お兄さん’’へ愛を込めて。





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