二十五件目 飯は人を裏切らない

これは例の会社から後にし、恐神先輩と共に飯屋を探しながらほのかに香る大人の味を陽の光で打ち消している際の話である。




「あ〜、何だかお腹めっっちゃ空きません??恐神先輩はなんか食べたいのとかあるっすか?」


「いや...俺は平気だわ...ぜんっっぜん食欲わかねぇ...つか珈琲の匂いが取れないし、何よりシミが...」


ごく普通の一般人リーマン。


そう、何処にもいるような普通以外の何者でもないようなサラリーマンである。




そのはずなのに、空腹でも欲望でも無い別の何かに飢えた白い顔をした男と、まるで三徹明けのような黒い表情を顔面に貼り付けながら歩く男が、昼間の賑わったスクランブル交差点を渡っている。



「はぁ...なんで俺は今朝からついてないんだか...何やっても上手くいかないし...、仕事だって課せられた対価以上の分の労力と時間は費やしたはずなのに、何でこんなに評価される水準は低いんだよ...」


「まぁ我々はただのボランティア、もしくは’’何でも屋’’に過ぎない存在としか受け入れられてもらえてないですから。不憫で不公平なことに不満を抱いているのは、俺もそうっすけど、歯向かうといちいち馬鹿が騒ぐんで何も言い返せないっすからね...」


「この世にホワイト企業が存在するなら、今からでも良いからそっちに転職したいっす」


「お前探偵社やめたら追いかけ回すぞ」


「恐神先輩もしかして...」


「変な意味で捉えんな、つかその顔やめろ」






            ―――ただそれだけなのに。


「ッ...あれ、俺の財布...」


「真逆ひったくりされたんすか!?...ぁ’’あ’’もうッ...、こんな人混みじゃ誰がやったのかぜんっっっぜん分からねぇ!!」


「タイミング悪すぎかよほんと...はぁ...俺のことは気にせず、お前は飯食ってこいよ。俺はこのまま帰るわ。」


「いやいや、人混みで誰の仕業かわからないけど、一緒に探せば直ぐ見つかるっすから!!恐神先輩諦めちゃ駄目っすよ!!」



 ’’どんだけ気緩んでるんだか...ここは貸し一つね。’’





「...つかバッグ毎持ってくとかどんだけ相手怪力何だか...確か普段使ってるのとは違う、リーマン特有のビジネスバッグっすよね?」


「あぁ...、つか俺も俺で力が抜けてたのもあれだよな...何してんだか俺...」


「否別に恐神先輩のことを責めてる訳じゃないっすけど...」


会社を出て、一時間ほど過ぎたあたりだろう。熱を帯びて火照る身体の体温に比例するように、互いの機嫌が段々態度に出てきているところであった。言いたくもない、思ってもいないようなことを言い合い、仲睦まじき互いの関係が恰も安易に崩壊する珍しくもないが何とも言えない、そんな場面だ。




「...大体こんな依頼なんて最初から受け付けなければこんなことには...」


「はぁ?しょうがねぇだろうが、依頼としてきたものは正当な理由が無い限りは断らないのがモットーなんだよ。」


「それは恐神先輩自身のみの固定概念であり、我々委託者側に該当する此方にも拒否権というものは存在しますし、受託者には絶対的な決定権というものも存在しません。」


「それくらいは俺だってわかってんだよ、それでも社会的な目で見たら嫌な仕事も今後の利益や経営ノウハウの観点からは必須項目に入るから、意地でも乗り切るしか無いんだよ。」


日頃溜め込んでいたのか、それともお互いの視点から見た現在の立場と行動、それから方針に対する複雑な言い合いが幕を開けようとするそのときであった。



「...ねぇ、お兄さん達も大人なんだからさ...話し合いするならもう少し冷静になった状態のときに行ったらどう?今の状態で行ったところで、お互いが感情的になっているから何の意味も成さないでしょ。」


ふと聞き覚えのある声が二人の耳をすり抜け、脳内で情報整理されたのち一人の女の名前が浮かび上がる。だが二人がほぼ同じタイミングで振り返った瞬間に視界に入り込んだ少女の姿は、彼らが思い浮かべていた女とは全く似つかわしくも無いような、もはや’’別人’’の女子高生がその場に佇んでいた。


「あ、あぁ...悪いな女子学生。こんな大人の醜い喧嘩を見せてしまって。」


「いや平気。さっきたまたま通りかかったときに、’’ひったくられた’’みたいな話ししてたでしょ?そしたら運良く私の近くに犯人と思わしき見るからに怪しいやつがいたから、問い詰めたらビンゴだったってわけ〜〜

 ...はい、どーぞ。」


声だけは確かに彼女に似ている、だがしかし頭上から足先、そして爪の先までは何処もかしこも似ていない。これが所謂ドッペルゲンガーと呼ばれているやつなら、此方的には少し興味深いネタになるが...


「あぁ...ありがとうな。それとあの...女子学生。もし良ければお礼をしたいのだが...」


あまり女性慣れしていないのか、それとも人見知りからくるものなのかはイマイチよく分かっていない恐神の声が少し緊張でこわばる。


「あははっ、もしかしてお兄さんナンパしてる?そんなんじゃどんな子でも捕まえらんないよ〜〜♪   ...て、けど今私ちょうど時間空いてるしお腹も空いてるから、奢ってくれるならちょっとくらいは、お兄さん二人に時間割いてあげる」


風で靡く度、絹のような美しい髪から虫を誘惑する毒花のような、甘美で脳が蕩けるような、且つほろ苦い大人の味を連想させる匂いが鼻腔をくすぐる。



「...あ、でも少しでも疚しい事しようとしたら直ぐサツに通報するからね?」


「そんなのそこら辺の大人の何倍も分かってるから安心しろ。」


「え’’、もしかして...そういう前科とかあるタイプの人?お兄さん意外とやらし〜」


「は?勝手な被害妄想で俺に濡れ衣を着せるな小娘が」



PM15:00









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る