十五件目 喜劇

*少し性描写・残酷描写あり



アルコールの匂いが部屋中に染み付いていて、意識を手放しそうになる。よくこんなに酒の匂い染み付かせている場所に住めるなこのおじさん。


台所と思わしき場所には、‘’焼酎‘’と読みにくい字で書かれた瓶が乱雑に置かれていて、壁には血のようなシミや食べ物や飲み物をぶつけたような痕が沢山ついていた。



           ‘’うわ...きたな...‘’


例え潔癖症じゃなくても、基本的にそういう概念に囚われない人でも、ゴミ屋敷に住んでいる人...は言いすぎかもしれないが、誰が見ても汚いと感じるような、まるで何かのホラーゲームに出てくる醜い化け物が脳裏を一瞬よぎるような汚れが、ボクの視界を埋め込んでいく。


一度目の人生を体験していたお岩は一体どういう気持でこの男のいる生活を送っていたんだろう。こんな男のせいで人生を狂わされ、最終的にはこのおじさんと浮気相手の女の元旦那の策略により無理矢理離婚させられ、その事実を知った頃には全て終わっていた。女の人生の履歴書に赤でバツを付けられた事に劣等感を感じ、復讐を図るお岩の気持ちが今ならわかる気がする。


「? お花、どうした?」


ボクの事をすっかりかの浮気相手の女と見間違えているのかこの男は お花、と呼びながら背後から胸部の方へと手を回す。


少し赤黒くなった腕に生えている毛が気色悪く見えてきて、今直ぐにでもこの腕を削ぎ落としたい...と感じている、が、これもボクが自分で考えて実行している作戦なんだからもう少しの辛抱だ。


「いえ、何でもありません。少し考え事をしていたもので...

ただ最近、喜兵衛様と色々と...」


ムダに図体の大きな獣のような男が背後にいて、本物の「お花」は辛くなかったのかな。




「何、喜兵衛と何かあったのか? そういえば、お花もそろそろ俺の所に嫁いで喜兵衛の子を出産して...」


そう言いながらおじさんは私のお腹を擦ると同時に、お互いある‘’落第点‘’を見つけた。


‘’ お花は喜兵衛こと、今の旦那の子を妊娠している ‘’







「...お花、お前...以前はもう少し腹が膨れていた気がするが...」


そう言いながらボクのお腹を擦るようにして、中身を確認する。




「そんな事無いですよ。きっと伊右衛門様が見間違えただけです。

...いたた...、すみません、伊右衛門様...お腹の子が...。少しお腹をさすって頂けないでしょうか...。それと灯火を消して隣で一緒に横になっていただけると幸いです...」


「ああ...、分かった...」


そう言うと伊右衛門は、私の言葉に忠実な犬のようにすんなりと言った通りの行動を取り、横になろうとした刹那 ‘’女の復讐‘’が始まった。






「う"、ら...め”しや...」


「ッ!!お岩...?何故お前がここに...お前は数時間前に外に棄てたはず...」


探偵事務所に来ていたときのお岩ちゃん(仮)と同じ格好をした少年が、想像以上の迫力と演技力を魅せながら、ゆっくりと足に鉛を付けたような足取りで此方に近づいてくる。


...まぁ本当は幽霊の設定だから足があるのは可笑しい話だから、灯火を消させておいて良かった。


「い”ぇ...も”ん”...な、ぜ”...す、て”た...」


「お花ッ、逃げるぞ...!!此奴はきっと何かの幻か...それか...幽霊だ...だから...」


こちらのおじさんも、想像以上のビビリだったのか発言とは裏腹に足がすくんでその場から立ち上がることさえ出来ず、あっという間に目の前にお岩ちゃん(仮)が襲いかかるようにして、ギョロリと目玉を動かしおじさんに顔を近づけた。


「あな、た...は...」


「お、ま”ぇ...も、ゆる、ッ...さ”、ん”...」


「い、いのちッだけ、は...ゆるし、てッくれ...」


先程までの面構えを忘れたかのように、間抜け面で怯えたようにお岩ちゃん(仮)にすがるおじさん。それに対し、まるで本当にお岩ちゃんが憑依しているのかと思う位大きな憎悪と復讐心を持った彼女は、着物の裾からボクが先程手渡したナイフを取り出し、こう告げた。


「こ、の”...ぉ”ん、な”...ころ、し”たら...ぁ”い、しテ...く”、レル?」


「や、めろ...それだけは―――――――」


お岩を止めようとしながらも、ボクの体で自分が刺されるのを防御しようと自身の方へ私を引き寄せようとするも、


「う”、ッ!? ぁッ、〜〜〜”ッ!!...」


彼女の長年に亘る鬱憤と報復の気持ちが熱くボクのお腹に集中したところで、ボクの記憶は途切れた。

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