1-15:捨てられぬ過去は呪詛となる

葉隠青葉。

その名前をグリーンは嫌というほど聞いてきた。

産まれてから今まで、そして死ぬまで背負うであろうその名前の持つ魔力に今はただ、心を揺さぶられた。


「……どうしてアタシの名前を?」


自分はゲームを楽しんでいた、事実楽しんでいたかは別として、ゲームをプレイしていたはずだ。

ここには葉隠青葉なんて名前の者はいない。

今ここにいるのはグリーンというティラーだ。


「フフフ。すこし黄昏れてみようかとここまで来たのは大正解だったらしい。こんな素敵な出会いが待っていたんだもの。」


背後から聞こえる声に、向き直ったグリーンはそこに居た女に目を奪われたのだった。

細かい刺繍とレースが高貴さをこれでもかというほどに主張するドレスに身を包んだ彼女はモデル体型に近い自分よりも背が高く、その頭の先からつま先までもが一切の汚れも無く、そしてこの風の強い山の上でハイヒールを履いたその女はまっすぐにこちらを見下して居たのだった。


「フフフ。声も出ないようね。私も罪な女。この美貌だけでありとあらゆる生物を魅了してしまうのだもの。」


「……お前は誰だ。」


震える声は体の恐怖を振り払うかのように、その言葉を絞り出した。


「フフフ。」


「お前は誰だって聞いてるんだよ!何でアタシの名前を知っている!?」


女はまるで名画を見た感想のように、素晴らしい映画を見た感想を言うかのように、饒舌に、唄うように語り始めた。


「葉隠青葉。現在は東北の実家にて社会から距離を置いて生活している23歳の女性。」


グリーンの周りを、円を描くように歩きながら彼女は語り続ける。


「昨年は大手ゼネコンに就職し、OL(オフィスレディ)としての輝かしい実績を積み上げ始めるところで仕事を辞めたんですってね?」


グリーンは静かにその女の言葉を聞いている。


「どうしてやめたのかしらね?それを知るにはやはり……彼女が産まれたところから語るべきでしょう?」


「……。」


「東北の田舎、それほど裕福ではなかった家に生まれたアナタは学生時代を必死に勉強に費やして常に全国レベルで見ても秀才と呼べる成績を取っていた。」


「……。」


「そんなアナタは奨学金と貧乏ながら親が出したお金を使って有名大学へと進学。男遊びもほとんどせず、さらに勉学に励み、難関と呼ばれる国家資格も大量に所得した。」


「……。」


「その甲斐あってか大手ゼネコンに入社したアナタは初めて他人に、いいえ男に恋をした。」


「違う……先輩はそんな相手じゃ……。」


「違わない。アナタはその先輩に惹かれていたし、先輩も周囲にアナタのことを自分の女として触れ回っていたじゃない。」


「……。」


「そしてあなたは両親への誕生日プレゼントを彼に相談した。」


「……。」


「二泊三日の箱根旅行。うん、いいんじゃない?彼は一緒に行って挨拶をしたかったみたいだけど。……フフフ。幸せのゴールインってやつかしらね?」


「……。」


「けれどそれは叶わなかった。」


「……。」


「別にあなたが悪いとは言わないわよ?」


「……お前に何がわかる。」


「旅行先で事故に遭って死ぬのは神でもなければ予測できることじゃないでしょう?」


「……うるさい!」


グリーンは、葉隠青葉は目の前の女にそのこぶしを叩きつけたのだった。

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