魔狼奇譚

@reimei1030

第1話

冷たい風が吹き付けてくる。

次第に音が大きくなっていく。冷たい風が全身を包んできたところで、白狼ははね起きた。

「────!?」

全身が真っ白な毛並みで覆われ、金色の瞳を持つ狼、白狼は辺りを見回した。

「(なんだここは…!?さっきまで草原で昼寝をしていたはずなのに)」

常夜の森という、一日中夜の闇と月明かりがあるところで今まで生きてきた白狼にとって───森は本来の狼の生息地であるが───初めて見る光景だった。

その時、足元で小さな寝息が聞こえた。反射的に白狼が下を向くと、幼なじみであるメスの狼のツバキがいた。

───そうだ、確かツバキと草原で話していたらいつの間にか眠りについてしまったんだ。

白狼があたりを見回すと、灰色のビルが目に入った。それには──。

「(傷だ…!)」尋常ではない程の大きな傷。それがビルの半分くらいの所にザックリとついているのだった。

白狼「ツバキ逃げよう。ここは安全じゃない!!」

振り向いた白狼の目にはツバキの姿は映らなかった。驚愕する白狼のすぐ横で、上から生温かい液体がボタボタと音を立てて落ちていた。

白狼が目をやると、真紅の液体が道路に垂れていた。

白狼は上を向く。道路の脇に立っている街頭の、ライトの上に真っ黒で大きな狼がツバキを加えて見下ろしていた。

白狼「誰だ!!なぜツバキを!?」

黒い狼は少しの沈黙の後、大きな体を白狼の目の前に現した。

その狼は、変わった姿をしていた。真っ黒な体、血のような紅の瞳、右目の上に被ったように火傷の痕があり、そこからは短い角ご生えている。角の周りには太い血管がたくさん浮き出ていた。

その狼は白狼をジロジロとみた後、ツバキを咥えていた口を離した。ツバキの意識はもうない。

そして逃げないように前足で首をおさえ、口を開いた。

黒い狼「俺を見ても気絶せんのかぁ小僧…クヒヒッ」

静かだけれど威圧感のある、低い声。白狼は体の震えを必死に隠した。

白狼「なんだお前は!ツバキを返せ!!」

黒い狼「黙れ殺すぞ小僧…お前には別に危害は与えん。この女は良いもん食ってるのか知らんが美味そうだ」

白狼「!?」

黒い狼はまたツバキを咥え、踵を返した。あしがガクガク震えている。声も出ない。だが今目の前で幼なじみが連れ去られようとしている。白狼はようやく叫んだ。

白狼「待て!狼が狼を喰うなんて聞いたことがない。ツバキを返せ!!」

黒い狼「ふん、狼は狼でも俺は違う。じゃあな雑魚犬」

そう言うと狼はフッと消えた。

白狼「!!!」

辺りを見回す。少し離れた道の脇の駐車場の屋上。そこに狼とツバキがいた。

白狼「ツバキーーーーー!!!」

遠吠えを伴う咆哮を上げると、白狼の体は無意識に動いていた。道路をあっという間に駆け、駐車場のPマークが描かれた看板に飛び乗り、電信柱の足掛けを使い屋上まで来た。

キッと睨む白狼。黒い狼はうおっ、と小さく叫んだ。

次の瞬間、白狼が高く飛び、体を横に傾け、円を描いて落ちて来た。凄まじい回転が黒い狼に迫ってくる。黒い狼は動かない。体が硬直している。白狼は咥えられたツバキに当たらぬよう、黒い狼の火傷があるところに牙を当て、回転を利用して裂いた。

その時の摩擦で白狼の頬が深く切れたのである。

白狼、黒い狼共に激しい痛みを覚え、パァン、と音がなったと思うと、黒い狼はよろけ、白狼は逆方向に飛んでいき、硬い道路に叩きつけられた。

黒い狼はツバキを咥えたまま激痛に耐えている様子で動かなかった。そして何か小声で呟くと何処からともなく黒い狼より小さく、白狼より大きな別の黒い狼が現れた。角がある狼同様、目は血のように赤く、右目に傷がある。傷のせいで目が開かないようだ。

片目の狼「マーダラー様」下げていた頭を少しだけ上げて、「お呼びになりましたか」

マーダラー「あぁ…俺は『塔』に戻る。お前は道に転がってるガキを殺せ」

片目の狼は火傷の狼─マーダラーの、白狼に負わされた傷を、なんの感情も浮かんでいない目でチラと見ると、「御意」と言った。

火傷の狼はそれを聞いた途端消え失せた。ツバキを連れて。

頭を起こした部下の片目の狼は、小さな声で「だりィなクソ…」と呟いた。

その時、足元の影が揺らいだと思うと、黒い塊がたくさん出てきた。それは真っ黒な猫のようにも見える。漆黒の身体に、大きな目だけが光っていた。

「ゴミ掃除して来い」

片目の狼がそう言い放つと、影から生まれた猫たちは一斉に足元から散っていった。

白狼は、道路に叩きつけられてから、未だ動けずにいた。。10数m上から叩きつけられ、体に強い衝撃が残っているのもあるが──肋が折れているかも知れなかった──それ以上に、幼なじみで、また恋人でもあったツバキを、得体の知れない共食い狼に連れ去られてしまったのもあった。突然迷い込んだ、味方の居ない廃墟の街への不安、共喰い狼への恐怖、ツバキを助けられなかった自分への罵倒──それらの感情が全て、涙となって白狼の目から溢れた。すると白狼の目の前に、ゆらゆら蠢くものがあった。それは猫の様な見た目で、吸い込まれてしまいそうな程の漆黒の体だった。黒に近すぎて、鼻や口は見つけられず、黄色い2つの目が怪しげに光っていた。その様な影の様な猫達が数匹、白狼の顔を覗き込んでいたのだ。白狼「何をする気なんだ」影猫達はそれには応えず、刹那、白狼「うわッ!!?何をする!!?」白狼の耳、鼻、喉元、手首、背中……あらゆる所に影猫達が噛み付いてきた。力自体はそれ程強くはないが、疲労した体には十分堪えた。立ち上がり振りほどくが、直ぐに戻ってくる。白狼の脚の力が無くなり、腰を落とした。一瞬、諦めようかと考えた。全てがどうでも良くなった。抵抗するのを辞めた、その時、

鼻筋に微風を感じた。2秒程で我に返り、辺りを見回すと、先程まで全身にいた影猫達は、首と胴体に分かれていた。4、5匹の猫達は、灰と煙になって、曇天の空に消えて行った。神風だったのだろうか?すると、数メートル離れた所に、1匹の狼が立っていた。毛は栗色で、赤い襟巻きをしていた。細いが逞しい足腰をしているのが分かった。その狼は、道路に付いた血──恐らく影猫達のものだろう──を足で擦っていた。白狼は腰を上げ、挨拶に向かった。白狼「ありがとうございます。助かりました」白狼が深く頭を下げると、目の端で栗色の狼がこちらに向き直ったのが分かった。???「…気にしなくていい。しかし、子供でもないのに影猫共にやられるんだな」言い返したいが、言葉が見つからない。ゆっくり顔をあげると、そこには、──隻眼の狼がいた。顔の左半分が火傷でもしたのだろう、毛がなくなる程に爛れ、瞼もなくなっており、大きな白目が剥き出しの状態になっていた。耳もちぎれている。白狼は小さく、ヒッ、と叫んでしまった。相手に聞こえたかは分からないが、表情に出てしまった為、相手の狼もムスッとした。だが、その様な反応をされるのは慣れているのだろう、肩を竦め、呆れた顔をしただけだった。白狼はまた頭を下げて名乗った。白狼「僕は白狼と言います。ついさっき、ここに来たばかりなんです」片目の狼「……何故来た」返答に困ったが、正直に話した。白狼「草原で昼寝をしていたんです。彼女と一緒に」隻眼の狼は表情を変えず、続きを待っている。白狼「それで気付いたらここに居たんです。そして彼女は」言葉を切った。「黒くて紅い目の狼に連れ去られました」俯いて、それから上目遣いで栗色の狼を見る。隻眼の狼は小さく息を吐き、口を開いた。「その狼の他の特徴は?俺が取り返して来る」そんな事が出来るのだろうか。自分の倍以上もある狼だ。白狼は疑いながらも、大きな角と牙の首飾り、それと目に火傷跡があることを伝えた。刹那、栗色の狼は表情を変えた。今までほぼ無表情だったので白狼は面食らった。栗色の狼「何!?…マーダラーか!!?何で奴が此処に」栗色の狼は尾をバタンと激しく振り、落ち着こうとしていた。それから、厄介な事が起こったのが読み取れる表情で白狼に目をやり、また口を開いた。「付いてこい白狼。色々説明する」白狼は良く分からないまま、とりあえず頷き、ついて行った。白狼が連れて行かれたのは、歩いて1分程の距離にある廃ビルの4階だった。白狼がもう原型の留めていないドアの間に体を滑らせた。そこには、テーブルや椅子、本棚、時計などが壊れた状態で散乱していた。どれも埃を薄ら被り、錆び付いている。白狼は栗色の狼に続き、その部屋のそのまた奥の部屋に足を向けた。栗色の狼は、窓際に腹を付け、寝そべる様にして体を落ち着かせた。白狼も腰を下ろす。栗色の狼「自己紹介がまだだったな。俺はシャドーラ。魔狼狩り一級だ。」魔狼狩りって何だろうか。疑問を抱きながら耳を傾けた。シャドーラ「さっきの影猫達は…影の猫だ。影猫使いの魔狼も少なくないから気をつけろよ。それからマーダラーは……」白狼「あの、そもそも魔狼って何ですか??」言ってしまってから、この狼──シャドーラの話を遮ってしまった事を後悔した。しかしシャドーラは、白狼がついさっき来たのを忘れていた様子でぽかんとした表情をしてから、あぁ、と呟いた。シャドーラ「魔狼と言うのは、体が黒く、目が赤い狼の事だ。奴らは俺ら狼を喰う。毎日、この世界に迷い込んで来た狼達が犠牲になっている。毎日迷い込んで来る狼は1日3匹くらいだ」シャドーラは息を吐き、片方の新緑色の目を伏せた。割と睫毛が長いんだな、と余計な事を考えた。シャドーラ「そんな魔狼共を狩るのが俺たちの役目だ。毎日街にパトロールに行き、助けを求めている者は助け、魔狼を始末し、魔狼達のボス、マーダラーの居場所を突き止める。そんな仕事だ」マーダラーは魔狼のボスだったのか。ではツバキは直ぐに喰われてしまうのではないだろうか!!?白狼が震えたのが分かったのか、シャドーラは落ち着け、と言った。シャドーラ「マーダラーは女は喰わない。安心しろ。歯向かいさえしなければな…」ツバキが危ない。白狼「…僕に出来る事はないですか!!?ツバキを助けたいんです!!」シャドーラは冷たい視線を白狼に向けた。「…いいか、お前はもう分かってると思うが、魔狼は絶対に油断してはならない。それに、魔狼であればどんな奴でも直ぐに消さなければならん。お前に出来るか?生後1ヶ月の魔狼の首をとれるのか?」その視線と言葉は、白狼の心に重くのしかかった。─そうか、自分より幼い魔狼を殺さなければならないんだ。震えると同時に、この、目の前にいる無表情の狼は、様々な魔狼達を手に掛けて来たのだろうと思った。白狼にはとても耐えられない、血反吐の出る様な作業を、淡々とこなしているのだろう。シャドーラはもう一度、ゆっくりと口調を和らげて言った。「…出来るか?お前の恋人を拐った奴を倒すにはこれしかない。これが1番の近道なんだ」白狼は未だ返答出来ずにいた。シャドーラはしばらく白狼を見つめた後、ほぅ、と息をつき、「もう寝ろ」と呟いた。白狼は複雑な感情を抱きながら、恐らく魔狼の入って来ないであろうこの廃ビルで、眠りにつくことにした。他

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