夏祭り(文披31題)

伴美砂都

夏祭り

 エアコンで冷やされた部屋で、迷子になる夢を見ていた。僕たちは数人で歩いていて、それは知っている人のようでいて、誰だったかは思い出せなかった。よくは知らない土地で、駅から電車にのる予定だった。手にもったスマートフォンの地図アプリには、最寄り駅までの道のりが示されている。それによると、僕は駅からどんどん離れて行っているように見えた。皆が反対方向へごく自然に、話しながら歩いて行くから、言い出せなかったのだ。やっとのことで、じゃあ僕はこっちだから、帰るね、と言ったとき、ルートを示す青色の線は、湾曲して、ずいぶん長くのびていた。少し焦りながら、僕は踵を返した。

 歩くうち山道に入り込んでいた。アスファルトで舗装された道ではあったが、両側は鬱蒼と茂る木々に挟まれており、人の気配はない。動物さえいなかった。僕はスマートフォン以外になにも荷物をもっていなかった。充電切れを心配しながら、ずいぶん長いこと歩いた。けれど、駅には着かない。正しい道ではないとわかっているのに、戻ることができない。どうしてだろうか。さっきまで、道はわかっていたはずなのに。皆にあわせて反対方向へ歩き始めてしまうまで、駅は歩いて行ける距離にあったのに。

 山道はのぼっている。だんだんと息が苦しくなる。トラックや車が、意外なほど多く僕の歩くすぐ傍を、びゅんびゅんと、速度も落とさず通り過ぎている。あれには人が乗っているはずなのに、僕の姿は見えていない。このままでは行き倒れてしまうのに、だれも、だれも助けてくれない。そのうちに雨が降り出す。よすがのように握りしめたスマートフォンの画面を、水滴がだあだあと流れていく。きっと、壊れてしまうだろう。背中を水が伝う。ああ、もうだめだ。寄りかかった壁はざらりとした手ざわりで、僕はうずくまった。


 目覚めるとざらりとした壁の感触だけが肘のあたりにあった。背中を濡らすのは雨ではなく汗で、窓を閉め切ってエアコンをかけた部屋はしんとしている。夕方の日差しが、閉まりきっていないカーテンから伸びていた。身体を起こすと軽い目眩がする。電気を点けないまま窓に寄って外を見ると、何の変哲もない住宅街は真夏の夕陽に照らされていた。焼けたアスファルトから立ちのぼる陽炎と、それでも少し忍び寄りつつある、淡い夜の気配。冷えた部屋とまるで隔てられているようで、つい窓を開けた。


(無職の実家暮らしが、涼しい部屋で過ごせるだけでも贅沢なのにな)


 重い溜息が知らず漏れる。開けた窓から、暑さや蝉の声より先に、聴きおぼえのある笛と太鼓の音が飛び込んできた。


(あ、今日は夏祭りの最終日だ)


 すぐに窓を閉める。それと同時に、部屋の扉が遠慮がちにノックされた。


雄成ゆうせい


 母親の声だ。はい、と返事をする。放っておいてほしい気分ではあったが、いい歳をして会社を辞めて実家の世話になっている身で、ぞんざいな返事をする気持ちにもなれなかった。あのね、という母の声は遠慮がちで、ああ、気を遣わせているんだな、と思うとよけい心が重くなった。


美夏みなちゃんが、来てるんだけど」

「え」



 美夏はラフなTシャツとジーンズ姿で、僕の顔を見るなり、なあんだ、と言った。


「元気そうじゃん、思ったより」

「……」

「体調崩してるっておばさんがさ、すっごい心配そうな顔で言うから、いまにも死にそうなのかと思ったのに」

「……そんなんじゃ、ないよ」

「元気なの?」

「元気では、ないよ」

「じゃあ病気?」

「それも違うっちゃ、違うけどさ……、」


 何しに来たんだよ、と言うと、美夏は記憶のなかよりずっと伸びた髪を耳にかけて、誘いに来たんだよ、と言った。


「お祭り行こうと思って」


 美夏こそ実は死んでるとかじゃねえだろうな、と横目でちらちら見てしまったのは、アニメに影響されすぎだろう。歩く姿は影もあるし汗もかいているし、たぶん、僕と同じだけ歳も重ねてる。すごい猫背、といって背中、バシバシ叩かれたし(痛かった)。

 あたしもこの格好だしなんでもいいよ、と言う彼女を五分だけ待たせて、かろうじて髭を剃ってTシャツだけ着替えて出た。窓から見るよりずっと強い日差しに、すぐ首筋に汗が滲む。この町の夏祭りは、僕らの家、というのは、僕の実家と二軒隣の美夏の実家のある区画だけど、ここから歩いて十分ほどの小さな神社を中心に行われる。実家というか、美夏はずっとここに住んでいるのだったか。そういえば、僕は知らない。



 神社へ近づくにつれ、少しずつ歩く人が増えてくる。近くの商店街には協賛の地元企業だろう、うっすら聞いたことのある会社の名が書かれた提灯が点々と灯っていて、浴衣を着た人の姿もある。子どものころ見た景色が、よみがえる。けれどあのころにぎやかに見えた商店街にはシャッターを閉めている店も増え、いや、もしかしたらあのころだってもう、大型のショッピングモールなんかもできていたから今と大きく変わってはいないのかもしれないが、大人になって色褪せてしまったもの、色褪せたことに気づいてしまったものがあるということは、すこし寂しくも感じる。三十を少しまわったぐらいの僕たちが、むかし、なんて言っては生意気なような気も、するけれど。


 境内へ続く道はゆるやかにのぼっている。そこに出店が軒を連ねていた。りんごあめ、スーパーボール、金魚すくい。道を挟んだ向かいまで来て、笑いさざめきながら歩く人の熱気に、つい歩みを止めてしまいそうになる。同級生に会ったら、どんな顔をすればいいのだろう。いや、でも、きっとだれも僕の顔などわからないだろう。この春に実家に戻るまでは何年も帰っていなかったのだし、同窓会にも行かなかったのだから。そう思いながらふと隣を見ると、美夏の姿がなかった。


「あれ」


 振り返ると彼女も、少し後ろで足を止めていた。その白い顔は真剣な、いっそ憂いをおびたような表情で、どうしてだろう、僕以上に張り詰めているようにも見えた。


「……、」


 どういう顔をしているかと想像していたわけではないが、そんな顔をしているとは思っていなかったから、一瞬時が止まってしまった。けれど、なにか言う間もなく、彼女はたっと地面を蹴って僕に追いついた。神輿の宮入りが始まったのか、暮れかけた空に、威勢のいい掛け声が遠く、聴こえた。


「たこ焼き食べたいなー」


 言って、今日は歩行者天国になっている、そう広くはない道路を渡って行く。美夏に会うのも、何年ぶりだろうか?人混みに入れば見失ってしまいそうで、慌てて後を追った。



 夏祭りは毎年この、七月最後の金曜から日曜までの三日間に行われる。今日が最終日の、クライマックスだ。昼間には、町内を神輿が練り歩いたのだろう。日曜の夜だが夏休みシーズンだからか、日が暮れても辺りは賑わったままだ。この町にこんなに人がいたのか、と思うのも僕が大人になったからだろうか、子どものころは、そんなことも考えたことがなかった。

 暗くなってしまえば行き交う人たちの顔もはっきりとはせず、少し肩の力が抜けて、あちこちの屋台から漂う香りと熱気に、知らず気分が高揚する。高校生ぐらいだろうか、射的の前にいる数人の男の子たちが、わっと歓声をあげた。


 美夏はよく食べ、よくはしゃいだ。射的で僕が唯一撃ち落とした小さなペンギンの縫いぐるみをショルダーバッグから覗かせて、あ、と言った彼女の指にチョコバナナのチョコレートが一筋伝った。


「すぐ溶かしちゃうんだよなあ、夏に不向きだよね、こんなの、しかもチョコとバナナで四百円は高すぎ」


 そう大きい声で言ったのがちょうどそのチョコバナナの屋台の前だったもんだから、おいおい、せめて小さい声で言えよ、と一応僕はツッコミを入れた。途端、彼女の顔はふっと陰り、さっき境内の手前でみせた表情を彷彿とさせた。


(怒ったのか)


 そうきつい言い方をしたつもりは、なかったのだけれど。しかもなぜその色を選んだのかという青色のチョコレートを、同じ色の着色料に染まった舌でさっと舐めとって、彼女は歩き出した。



 いつしか、外れまで来ていた。境内を通り抜けてまた出店の連なる砂利道を行き、向こう側の道路へ出る手前で、ここまで来ると屋台も途切れ、あまり人気がない。そういえば美夏はたこ焼きを食べたいと言っていたわりに、食べずに来たなと思った。こちら側の道路は歩行者天国にはなっていないが、今は通る車はほとんどない。歩道のところへ出ると、やっと一筋、ふっと涼しい風が吹いた。

 そういえばこの道の向かいにあったはずの、小学校のころよく通った駄菓子屋は今はもう閉まってしまったのだろうか。そちらの方を向いても、まだそこに小さな建物が残っているのがかろうじて見えるぐらいで、それが本当にあの店なのか、そんな気もするが、暗がりになっていてよくわからない。その隣の公園も、あそこには街灯もなかっただろうか、今は真っ暗だ。

 こちら側からでも歩いて帰れないことはないが、来た道を戻ったほうが早いだろう。ふいにのどの渇きをおぼえた。そういえば台湾風かき氷や電球ジュースなどというのはあったが、スタンダードなかき氷やジュースの屋台は今日も出ていただろうか?

 戻ろうか、と美夏に言おうとするのと同時に、ねえ、と彼女が、少し強い声で言った。


「雄成は、パワハラで辞めたの?会社」

「んな」


 思わず膝の力が抜け、その場にしゃがみ込んでしまった。パワハラの記憶がフラッシュバックしたから、ではない。そもそも、パワハラで辞めたわけではない。僕が勝手に頑張りすぎて、勝手に体調を崩して、勝手に辞めただけだ。


「お前なあ……」

「ごめん、」


 美夏は僕が、貧血か熱中症でも起こしたと思ったんだろうか、ぱあっと駆け出すと道の向こうの自販機まで走って行って、ポカリとソルティライチのボトルを抱えて戻ってきた。


「早く飲んだほうがいいよ」

「いや、そうじゃなくて……まあ、もらうけどさ、……変わらんね、美夏は」


 そう口に出した途端、今度は僕のほうが、ごめんと謝りたい気持ちになった。美夏は五百ミリリットルのペットボトルを二本、Tシャツの胸に抱えたまま、なにか大事なものが抜け落ちてしまったような表情で、ほとほとと涙を落として泣いていた。言ってはいけないことを言ってしまったのだと、思った。さっき、気づくべきだったのだ。チョコバナナの屋台の前で、あのときに。夏祭りの向かいの道で、あのときに。



 歩道のブロックに並んで腰かけた。僕がどっちでもいいと言ったら素直にソルティライチのほうを取って、美夏は頬に残る涙のあとをそのままに少しずつそれを飲んだ。


「ペットボトルって飲むの難しいよね」

「そうかな」


 耳元で虫が飛んだ気がして、手で払う。じじ、じ、と、切れかけた街灯が音を立てた。ペットボトルのふたを閉めて、あのさ、と美夏は言った。


「あたしも仕事、辞めたんだ、去年」

「そうなのか」

「雄成は、……なんで辞めたの、仕事」

「……なんで、か、……ちょっと、無理しすぎたとか、そんな感じかな」

「ふうん……あたしは、嫌われたから辞めたんだ」

「え」

「同じ職場で、あたしのこと、すごく嫌いな人がいたの」

「……」

「その人に意地悪されたとか、パワハラされたとか、そうじゃないんだ、何もされてないの、……嫌われてることも、知らなかった」

「……、」

「その人があたしと働くの、もう無理だって上司の人に言ったらしくて、それ知って、辞めた」

「……、そっ、か」

「今はアルバイトしてるけど、今も嫌われてる」

「……、」

「嫌われるのってさ、つらいよね、……いじめられたとか、いびられたならさ、相手も悪いけど、嫌われるって、あたししか悪くないもんね」

「……や、それは、さ……」

「あたしがいるなら、辞めたい人がいるんだって……、あたしと話すと、いやな気持ちになるんだって……ずっとそうなんだよね、なんでだろう、なんで……なんで、変われないんだろう」

「……」

「仲いいと思ってた先輩にさ、お願いだから病院行ってみてって言われたの、……でもさ、意味わかんなくて、……病院行ったら、ゆるされるのかな、……もし、病気だったら、みんな嫌わないでいてくれるの?人のこと傷つけても、許されるの?」


 そうだ、美夏は、中学一年生の途中から、ほとんど学校へ行っていない。クラスが違ったからあまり詳しい話は聞こえてこなかったけれど、女友達に対してなにか言って、ひどく泣かせてしまったのだということだけうっすらと耳に入った。途中で私立に転校したと、それは母から聞いた。ほんのときどき近所で見かける姿はそれなりに元気そうで、だから、そのあとはうまくやっているもんだと勝手に思っていたのだけれど。


 ピィーヒョロロロロォ、と長く高い笛の音が、境内のほうから聴こえてきた。宮入りももう終わっているはずだが、最後の演奏があるのかもしれない。祭りから帰るのか、浴衣を着た親子連れがさっき僕たちの出てきたほうから来て、歩き去って行った。


「僕はさ」


 言って美夏のほうを向くと、彼女もこちらを見ていた。むかしから変わらない、こっちをひたと見るのに、どこか視線が合わないような目だ。美夏は、その名のとおり夏生まれだ。僕の記憶が確かなら、昨日か今日が誕生日だったんじゃないだろうか。僕は二月生まれだから、ひとつ追い越されるかたちになる。小学生のころまでは、美夏のほうがずっと背が高かった。


「親父が怖かったんだ」

「おじさん」

「うん、そう」

「厳しかったの?」

「そうだね、いつも怒られてた……だからさ、大人になってからも、怒られるのが怖くて、頑張りすぎちゃったんだ」

「……」

「僕も、変われてない、むかしから、ずっと」

「でも、おじさんもういないじゃない」


 言うのと同時に、ごめん、と言ってまた項垂れる。そうなんだよ、と僕が言うと、そろそろと顔を上げた。


「そうなんだ、……親父は、もういない」

「……」


 一度だけ、父と夏祭りに来た。小学校の、二年生か三年生だろうか。高校教師だった父は厳しく、僕は男らしくないと叱られてばかりいた。怒鳴られるか溜息を吐かれた記憶しかない父が、どうして僕を祭りに連れて行こうと思ったのか、わからない。父にとって夏祭りは、「はしゃいではめをはずすばかどもを見張りに行く」場で、だから僕はお祭りに行ってみたいなどと、思っても言えないままでいたはずなのに。

 何を食べたか、どんな風景だったか、まるで記憶にない。ただ、必死ではしゃいでいた記憶だけがある。父の手を引いて、顔が引きつるほど笑ってみせた。少しでも楽しくなさそうな様子を見せたら、父はまたいかめしいふだんの顔に戻って、僕のことを蔑む。そう感じていたこと以外は、なにも覚えていない。ざわめく、境内へ続く道の様子を回りの大人たちより低い視線で眺めていた記憶はうっすら無くはないが、それは、どこか別のところか、テレビの中の映像ででも、見た記憶かもしれない。そう思うほどの、曖昧さだった。

 会社を辞めることになった僕が実家に電話をしたとき、母は、帰っておいで、お父さんももういないんだから、と静かに言った。時代もあるだろうが亭主関白だった父に思うところもあるだろうが、それでも、何十年連れ添った夫婦だ。僕のために、亡くなった伴侶のことをそういうふうに言わせてしまったことが、ひたすらに申し訳ないと感じた。

 父の逝った実家で、父に認めてもらえなかった僕は、何もせず、季節をただ見送っている。大人になって、変わらなくてもいいところばかり変わって、変わりたいところは、なにも変われず。


「人はそんな簡単には変われないしさ、でも、いないもんはもう、いないから、折り合いつけるしかねえんだよな、……美夏と話してたら、ツッコミどころ満載だけど、はっきりしてていいと思うときもあるよ、……なんか、なに言ってんのか、わかんなくなってきたな、でも、まあ、今日、美夏と祭りに来て、楽しいよ、僕は」


 ありがとう、と美夏は、今度はこちらを見ずに言った。


「ねえ、お焚き上げ見ていこうよ」


 そうだ、夏祭りの最後の夜には、お焚き上げ、と僕らが呼んでいるイベントがある。その呼び名が正しいものなのかもわからないし、正式な神社のイベントなのかもわからない。参拝客や祭りに来た人たちが、神社の前で配られるお札のようなものに願い事を書いて、それを境内に設えられた、おそらくあれは古いお札や御神籤などを焚き上げるための場所、そこで、一気に燃やすのだ。僕は、実際に見たことはない。中学ぐらいになればさすがに友達と屋台を冷やかしにぐらいは来たものだが、父の目があったから、夜までいることはなかった。高校のとき同級生から動画で撮ったのが回ってきて、ちらりと見たぐらい。撮り方のせいかもしれないがちょっとしたキャンプファイアーぐらいの炎の量があって、燃えちゃいけないところまで燃えてしまうんじゃないかと余計なお世話ながら心配になったものだ。そうか、さっきの笛の音は、そのお焚き上げが始まる合図だ。行こう、と言って、僕らは立ち上がった。



 境内は、立ちのぼる炎に照らされていた。しかしその場所だけがあかるくて、神社を囲む樹々の影はうっそうと暗く見え、屋台ももう終わってしまったのか、下へおりる道も薄暗い。ロープで囲われた火の周りに立つ人びとの、頬があかあかとしている。見ると隅のほうのテントで、願い事を書くためのお札をまだ配っているようだった。


 絶対見ないで、と美夏が言うので、背を向けてお札を書く。そのくせ、なに書いたの、と訊いてくるので苦笑した。書いた面を内向きにして折り曲げる。美夏は大吉じゃなかった御神籤みたいに、くるくる巻いて縛るような形にしていた。


「そうまでしなくても見ないよ」

「燃えて飛んだときにだれかに見えたら恥ずかしい」

「そんなすごいこと書いたのか」

「しあわせになれますようにって書いただけだよ」

「言ってんじゃねえか」

「あ」


 人だかりの合間を縫うようにして、炎に近づく。しっとりとした真夏の夜の暑さに、乾いた熱さが混ざってくる。


「せーの」


 美夏が突然言うので僕は数秒遅れて、炎のなかにお札を投げ込んだ。また、ぱっと火が大きくなる。向かい側から、キャッと楽し気な声が小さく、一度あがり、あとはやけに静かだ。風はなく、炎はまっすぐ空へ、細かい火の粉を散らしながらのぼって行く。

 見上げた夜空に、星は見えない。ここがあかるすぎて、見えないだけかもしれない。しかし雲はなく、目を凝らすと光ったのはやっと見えた星か、あるいは空中へ散った火の粉か。そっと横目で伺うと、美夏も空を見ていた。その隣やそのまた隣の、知らない人も。たくさんの人たちの願いが、輝きながら空へのぼって行く。少し煙くて、うっすらとだけ涙が滲んだ。夏祭りの夜が、ゆっくりと更けていく。


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夏祭り(文披31題) 伴美砂都 @misatovan

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