閑話 Let Go
◇茉里奈
なんだか最近、岡林くんに避けられている感じがあった。
普段から目はあまり合わないけど、ここのところは意図的に視線を逸らされる感じ。
会話も最低限で済まされるし、やたら周囲を気にしている感じもある。
一緒にいるのを拒まれているんじゃないかって思うぐらいだった。
応募曲を急遽作らなければいけなくなって、私が岡林くんに余計なプレッシャーをかけてしまったせいだろうか。
原因がいまいちはっきりしなくて、とてもモヤモヤしていた。
こんな状況で黙っていないのが鵜飼茉里奈。
学校以外の場所ならもしかしたら岡林くんと面と向かって話せるかもと思って、とりあえず夜中に散歩ということで岡林くんの家に向かうことにした。
あくまでただの散歩という体なので、恥ずかしいけれど部屋着のまま。
ここで変に気合を入れておしゃれなんてすると、岡林くんは異変を察知して余計に避けてしまうと思った。
彼は鈍感っぽく見えて、案外そういう変化には目ざとい。
一緒にいる時間が長くなってきたおかげで、だんだん岡林くんの性格がよくわかってきた感じがする。なんだかちょっと嬉しくなって、ひとりで散歩しているくせにちょっとニヤニヤしてしまった。
慌てて誰かに見られていないかあたりを見回したのは内緒。
とりあえずアポを取るためにLINEを入れると、岡林くんは曲作りをしていると回答してきた。
熱心に作業しているところだったら大変申し訳無いのだけど、ここは思い切って彼を散歩に連れ出すことにした。
岡林くんと一緒に河川敷公園へ繰り出して、お店の新メニューであるフィナンシェを食べながら夜のティータイム。
そうして二人の時間を過ごしているうちに、岡林くんが私を避けていた理由がわかった。
なんと、私が花粉症で涙を流しているところを山下に見られていて、それをあいつが岡林くんのせいだとけしかけたらしい。
まったく、そんなところまで見られているとは思わなかった。
岡林くんにも余計な心配をかけてしまって、本当に山下ってば人騒がせなヤツ。
付き合いが長いからといって、何をやってもいいわけじゃないってことをわからせてあげないと。
誤解が解けて、岡林くんの表情はようやくスッキリした。
彼も彼で、私が本当に泣いていたんじゃないかって不安になっていたみたい。
そりゃそうだよね、私も岡林くんの立場だったら、多分そう思っちゃうもん。
そのせいで曲作りも実は全然手についてなかったみたい。
応募締め切りもあることだし、明日は休みだから今夜一緒に曲作りをすることになった。
こんな夜中に岡林くんの家に上がるなんて、なんかワルになった感じがして、その非日常感にワクワクする。
それに、よくよく考えたら部屋の中で2人きり。
岡林くんはパソコンを開いてせっせと曲作りに取り掛かるけれども、私はそれどころじゃなかった。
だって夜中に好きな人の部屋で2人きりだよ?
おうちデートってやつですよね?これはもしかしたらもしかしてもしかしちゃうのかな……?
どうしよう……。いつでも大丈夫なように心の準備はしてきたつもりだけど、いざその時が来るとなるとめちゃめちゃテンパるね。
とりあえず平静を保とう。今は曲作り最優先。いちゃいちゃは後。
気を取り直して岡林くんの作成途中の曲を聴かせてもらうと、さすがベニーさんだなというカッコいい曲だった。
曲の原型こそ出来ているけど、アレンジとか歌詞とかの部分で岡林くんは行き詰まっているみたい。
私は何か彼の力になれないかなと思って、単に思いついたことを口にしてみる。
なんのことはない、『ロックチューンにアレンジしてみたらどう?』という簡単なこと。なんだかそのほうがこの曲が良くなる感じがした。
さっきまで大好きなアヴリル・ラヴィーンを聴いていたせいもあるかも。
岡林くんはその私の一言で何かを掴んだみたい。急にスイッチが入って曲作りに没頭し始めた。
一方で私は歌詞を書く担当に任命された。ずっと自分の言葉で歌を紡ぎたいなと思っていたから、作詞を任せてもらえて嬉しいなと思った。
私はメロディの音源を聴きながら歌詞を書いて、岡林くんは楽曲のアレンジをする。
部屋の中には無言で黙々と作業をする2人がいて、おうちデートみたいなロマンティックなものではなくなっちゃった。
それでもこんな感じの雰囲気も嫌いじゃない。
一生懸命曲作りに励んでいる岡林くんの姿は、やっぱりカッコいいんだ。
2時間ぐらい作業をして、私の眠気は限界を迎える。
普段からあまり夜ふかし出来ないタイプなので、まだ自分の世界に入って曲作りをしている岡林くんをよそに、ベッドを借りて一眠りすることにした。
寝床から岡林くんの匂いがするなあなんて思っているうちに、私は眠りに落ちていた。
次に目覚めたのは朝の5時になるちょっと前ぐらい。
岡林くんも疲れてしまったのか、机に突っ伏すように眠っていた。
彼の隣には書き置きがあって、そこには『とりあえず完成したので起きたら聴いてみてください』と一言。
私はヘッドフォンをつけて再生ボタンを押すと、原型からは考えられないぐらいカッコよさを増した曲が流れてくる。
……やっぱり、岡林くんは凄いや。
しかも、私が歌うためのこの曲に全力を尽くしてくれる。
「――ありがとう。大好きだよ、岡林くん」
思わず、そんな言葉がこぼれていた。
岡林くんは眠っているので、多分聞こえてはいない。
直接この気持ちを伝えるのは、まだちょっと恥ずかしい。
でもその分、この曲には思いっきり気持ちを込めて歌おうって、そう心に決めた。
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