第34話 生っていいよね
鵜飼さんに勇気付けられたあとの僕のブーストっぷりは凄かった。
彼女が言った『ロックチューンっぽいアレンジにしたらいいかも』というアイデアがどハマリしたのだ。
試しに僕の愛機である赤いES-335というエレキギターを手にとって、オーディオインターフェイスに繋いでそれっぽく弾いてみる。
すると、今まで悩んでいたのが嘘のように曲が化けはじめたのだ。
「……すごいや、鵜飼の一言でこんなに曲が見違えるなんて思わなかったよ」
「えっへん、さすが私のセンス。なんちゃって」
鵜飼さんはちょっとおどけてみせる。
彼女はそんなつもりないかもしれないけど、冗談抜きでそのアドバイスは閉塞感を打ち破るブレイクスルーになった。
「本当にありがとう鵜飼さん、おかげで捗りそうだよ」
「いいっていいって、むしろここまで曲を良く出来たのは岡林くんの実力だよ?」
そう言われて、僕は一気に照れくさくなる。
鵜飼さんはこういうとき素直に褒めてくれるので、人の才能を伸ばす才能があるのだと思う。鵜飼さんに褒められたら誰でも嬉しいに決まっている。
曲は完成の目処が立った。あとは僕の頑張り次第といったところ。
「アレンジはなんとかなりそうだね。あとは歌詞か……」
「その歌詞なんだけどさ、私が書いてみてもいい?」
鵜飼さんは名乗り出るかのようにそう言う。
今まで彼女は作る側のことにはまったく手を出して来なかったので、その提案は僕にとって意外なものであった。
「鵜飼さんが? もちろんいいけど……、いきなりどうしたの?」
「一度歌詞を書いてみたかったんだよね。自分の声に出す言葉だし、自分で書き上げられたらいいなって」
鵜飼さんは思いの丈を語る。
確かに世の名だたるボーカリストも、歌詞は自分で書くという人が多い。
学ぶはまねぶともいうけれど、その言葉に則って鵜飼さんが歌詞を書くというのは、決して悪いことではないと僕は思った。
「なるほど、確かにそうかも。鵜飼さんが歌うわけだし、鵜飼さんの言葉で歌詞を書いたほうがより気持ちもこもるだろうしね」
「でしょでしょ?だからちょっと書かせてほしいんだ」
両手を合わせて『お願い!』のポーズを取る鵜飼さん。
これにさっきみたいな上目遣いが加わっていたら僕は即死だっただろう。ギリギリセーフ。
「わかった、歌詞は鵜飼さんにお願いするよ」
「やった! ありがとう岡林くん!」
鵜飼さんはお約束の太陽みたいな笑顔を浮かべる。
それを見た僕は、またちょっと元気が出てきた。
「よーし、調子も出てきたことだしこのまま一気に完成まで持っていくぞ」
「おっ、イイねイイね。岡林くん頑張れー」
鵜飼さんの声援を背に受けた僕は、自分自身にスイッチを入れて曲作りに没頭し始める。
我ながら、こういうゾーンに入ったときの集中力の高さには感心する。今なら無限にフレーズとかアレンジのパターンが浮かんでくる。そんな全能感すらあった。
「ええっと、ここのギターはちょっとだけゲインを上げて激し目に――」
「……ふわああ、ごめん岡林くん、ちょっと寝るね」
「うーん、これだと歪みすぎて音が抜けないなあ……」
「おやすみー」
さすがに夜も遅くなってきていたので、鵜飼さんはこれ以上睡魔と戦うことはせず、眠るという選択肢を選んだらしい。
でも過集中状態にあった僕は、もう鵜飼さんの声など耳に入らず、曲作りに入り込んでそんなことに全く気が付かなかった。
「これこれ! このニュアンスを出したかったんだよね! ねえ鵜飼さん、ちょっとこのフレーズを聴いて――、……あれ?」
ふと振り返ると、鵜飼さんはすやすやと寝息を立てて僕のベッドを占領していた。
「鵜飼さん、寝ちゃったのか。そうだよな、もう午前2時を回っているし」
当たり前だけど、鵜飼さんは寝顔も可愛い。
それに彼女は部屋着姿だ。普段からこういう装いをしているかはわからないけど、ショートパンツの裾――太ももから脚先まではいわゆる『生脚』という状態。
鵜飼さんのせいで脚好きであることがわかってしまった僕は、思わず生唾を飲んでしまった。
こんなにも無防備な姿を僕の目の前でさらすなんて、ドキドキしてしまうに決まっている。
沸き立ち上がる
何かここでやらかしてしまっても、鵜飼さんなら許してくれそうな気さえした。
でもここは株式会社陰キャラの代表取締役社長といったところ。土俵際ギリギリのギリのところで踏みとどまる。
「だ、駄目だ駄目だ、寝込みを狙うなんて男として最低すぎる」
顔をパンパンと叩いて気を取り直す。
曲のほうはもう少しで完成まで辿り着けそうだから、気合が入っているうちに片付けてしまうのがいい。
それに、ここで頑張ればきっと鵜飼さんだって喜んでくれるはず。
そう思った僕は、寝静まっている鵜飼さんが冷えないようタオルケットをかけて、再度曲作りへ没頭することにした。
「……これでよしっ。あともう一息だから頑張るとしよう。朝までには完成させてやる」
脳のリソースを曲作りに集中させて、残りのタスクを淡々とこなしていく。
ちょうど頭も身体も限界まで疲れてきた頃、曲のアレンジはほぼ完成を迎えたのだった。
「うわあ疲れた……、でも、大体完成したぞ……。頑張った僕、おやすみなさい……」
保存ボタンを連打し、ローカルだけでなくクラウドにもバックアップをとって防護策を完璧に整えた僕は、そのまま机に突っ伏すように眠りに落ちた。
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