第32話 伊賀でも甲賀でも

 僕と鵜飼さんは家の前まで戻ってきた。

 時刻は22時半で、両親の寝室の電気は既に消えていた。


「い、一応、親が寝ているから静かにね」


「オッケーオッケー、私、忍び足には自信あるよ。多分先祖か前世が忍者だった気がする」


「……全然信頼できる要素が無いんだけど」


 絶対に鵜飼さんの前世か先祖の忍者は色気使いのくノ一だろうなあなんて変な想像をしてしまう。

 色気に惑わされているうちにトドメを刺されるなら、ちょっと悪くないかもと思ってしまった僕を誰か殴ってほしい。


「それじゃあ家の鍵を開けるから、ここからは静かに頼むよ?」


「大丈夫大丈夫、万一バレたとしても言い訳なんていくらでもきくから」


「い、いや、さすがに僕ら2人だと無理がある気が……」


 夜中に高校生の男女2人がこっそり忍び込んで、部屋で何かを始めようものなら、それはもう誰が見ても青春と言うか性春だろう。

 むしろ言い訳しない方が良いまである。


 そんなバレてしまった時の一抹の不安を抱えながら、そっと自宅の玄関ドアを開けて僕らは中に入る。

 音を立てないようにそろりそろりと階段を登り、なんとか僕の部屋にたどり着いた。


「ね、案外余裕だったでしょ?」


 部屋の明かりをつけると、鵜飼さんは僕のベッドに座り込んで余裕のピースサインを見せつける。

 僕は僕で、第一関門クリアということで安堵のため息をついた。


「本当に足音ひとつ立てなくてびっくりしたよ。大真面目に前世か先祖が忍者かもしれないね」


「ふっふっふ、多分私の予想では伊賀忍者ね」


「伊賀と甲賀の違いはよくわからないけど……」


 忍者については詳しくないので話半分にしておいて、僕はスリープ状態になっていたパソコンを再度立ち上げた。

 画面にはさっきまで嫌というほどにらめっこしていたDAWの編集ウインドウがビカビカと光っている。


「それで? 新曲の途中経過はどんな感じ?」


「これなんだけど、ちょっと聴いてみてよ」


 僕はオーディオインターフェイスにヘッドフォンを接続して、それを鵜飼さんに渡す。


「メロディと簡単な伴奏は出来てるんだ。でも、歌詞とかアレンジとか、どうも行き詰まっちゃって……」


 僕は鵜飼さんからどんな感想が返ってくるのか不安になりながら、作成途中の曲を頭出し再生した。

 ヘッドフォンからは曲が流れる。鵜飼さんは、集中した表情でそれに聴き入っていた。


「すっごくいいよこれ! 岡林くん、本当にいい!」


 曲が流れ終わり、開口一番に鵜飼さんが発したのは絶賛の言葉だった。

 僕は良かったという嬉しさと、鵜飼さんの声の大きさで家族が起きてしまわないかという2つの気持ちに一気に襲われる。


「う、鵜飼さん……、静かにね」


「あっ、ごめん……」


 思わず大きな声が出てしまったことに気がついた鵜飼さんは、恥ずかしそうに声をつぐんだ。

 こんなときでも太陽みたいな笑顔をてへっと見せつけてくるあたり、やっぱり鵜飼さんはあざとい。


「歌詞とアレンジで困ってるのかあ……、私は楽器のこと全然知らないから参考になるかわからないけど……」


「この際なんでもいいよ。僕は完全に煮詰まっちゃってるから、鵜飼さんのアイデアがとにかく欲しいんだ」


 ひとりで思考を巡らせるのに限界を感じていた僕は、藁にもすがる思いで鵜飼さんにアイデアを求める。

 こういうとき、上手くいくかいかないかはべつにして、頼れる相手が近くにいるというのは案外良いものなのだなと思った。


「うーん、ぱっと聴いた感じだけど、もうちょっとテンポを上げてロックチューンっぽくしたらいいかなって思った」


「ロックチューン……、そうか、そういうアレンジがあったか」


 僕はその鵜飼さんのアイデアを聞いて、なんで思いつかなかったんだろうと後頭部を殴られたような衝撃を受けた。

 なんとなくピアノを弾くイメージしか持っていなかったせいなのか、それ自体が完全に盲点だったのだ。


「じゃあ、ピアノよりもエレキギターの音があったほうがいいかもね」


「そうそう、そんな感じ! なんならステージ上で岡林くんがギター弾いちゃえばいいんじゃない?」


「えっ……、僕がステージ上でギターを……?」


 鵜飼さんは更に驚くべき提案をしてきた。


 ロックチューンにアレンジするだけでなく、僕がステージ上でギターを演奏する。至極当たり前のように見えて、僕ひとりではまったく考えもしなかった答えを彼女は導き出すのだ。


「うん、せっかくステージに上がるんだし、音源入ったパソコンいじるだけじゃ勿体ないでしょ? 岡林くんのカッコいいギターを見せつけちゃいなよ」


「そ、そうかもしれないけど……」


 鵜飼さんの提案はかなり良いものだと思う。おまけにギターを弾くという役割を得ることで、ステージングに困っていた僕を救ってしまう合理的なものだ。

 でも僕は、その提案に対して躊躇なく首を縦に振ることができない。


「何か問題でもあるの?」


「ええっと……、僕がステージでギターを弾いて、鵜飼さんの邪魔にならないかなって……。ほ、ほら僕、別に顔も良くないしスタイルいい訳でもないし……」


 鵜飼さんと一緒のステージに立ったとき、果たして僕が彼女と釣り合いの取れる存在であるのかどうか。

 その悩みは、彼女と出会ったときからずっとずっと僕の心の中にあったものなのだ。

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