第27話 ウォーターハザード

「岡林くん! 一大事一大事!」


「鵜飼さん? どうしたの?」


 梓と仲直りした翌週。放課後になって僕は音楽室でピアノでも弾こうと思っていたら、何やら慌ただしさ満点の鵜飼さんがやってきた。


「あのね、さっきなんとなく『ティーンエイジ・ライオット』の募集要項を見ていたんだけど、こんな文言があってさ……」


 鵜飼さんはキラキラした装飾まみれの自分のスマホを取り出すと、ティーンエイジ・ライオットの応募ウェブページを開いて僕に見せてきた。


 いつも思うけど鵜飼さんのその長い爪、スマホをいじるのに邪魔にならないのだろうか。女の子のオシャレには謎が多い。


「ええっと……? 『Web等で公開している作品に関しては、商業化や収益化をしていなければ応募可とする』……?」


 応募要項の中にはそんな一文がある。

 これは既に商業化しているグループや作品がコンテストに出てこないようにするための大切なレギュレーションだ。


 僕はそれを見て背筋が凍った。


「確かベニーさんのYouTubeチャンネルって、登録者それなりにいたよね……?」


「う、うん……、4000人くらい」


「それってさ、収益化とか……」


 鵜飼さんが心配そうな目で僕を見てくる。

 でも残念なことに、彼女のその希望を裏切るような答えしか僕は持っていない。


「ご、ごめん、収益化しちゃってる……」


「あちゃー……。じゃあベニーさんの曲で応募は出来ないか……」


 音楽をやるにもお金が必要なので、僕は自分のチャンネルが収益化ラインに乗ったときに即断してしまったのだ。

 おかげでお小遣い程度の収入が毎月得られているけど、それ以上に大きな代償を受けることになってしまった。


「本当にごめん、僕が勝手に欲を出したせいで……」


「ううん、いいのいいの。私も多分岡林くんと同じ状況になったら、同じ選択をしているだろうから」


 鵜飼さんは仕方がないよねとなだめてくれる。

 彼女はベニーの曲を歌いたがっていただけに、この失策はとても痛い。


「……じゃあ、応募には未公表の曲を使うか新曲を書くしかないってことか」


「そうなるね。……どう? 出来そう?」


「それぐらいはなんとかしてみるよ。幸い、まだ表に出してないネタはたくさんあるから」


「よかったあ……」


 鵜飼さんは胸を撫でおろす。

 応募まであまり時間はないけれど、ここは逆に新曲で勝負できるんだとポジティブに考えよう。


「梓ちゃんにあんなことを言った手前、応募できなかったらどうしようって思っちゃった」


「た、確かに2度目ともなれば梓も今度は本気で怒るかも……」


「でしょ? そうなったら誰も良い思いしないもん。今回はちゃんとやろうね」


「う、うん……。頑張るよ」


 とりあえず曲については一段落。

 久しぶりに作曲家としての活動が出来そうで、時間に追われているとはいえ僕は段々とワクワクしてきた。


 すると、鵜飼さんがさらに別件で僕に尋ねてくる。

 応募に関して、他に聞いておきたいことがあるらしい。


「あとそれと、私達のグループ名と岡林くんのパートとかプロフィールをどうしようかなって」


「……えっ? 僕もメンバーに入ってるの?」


「当たり前でしょ! 岡林くんもステージに立つんだよ?」


 僕は耳を疑った。

 あくまで僕は作曲担当で、ステージに立つのは鵜飼さんオンリーだと思っていただけに、その相談は寝耳に水だ。


「ええっ!? 聞いてないよ! 僕はてっきり鵜飼さんだけが立つものだと思って……」


「そんなわけないでしょ! んもー、岡林くんだって立派なメンバーなんだから、しっかりしてよね」


 鵜飼さんはちょっと呆れたようにそう言う。

 それにしたって僕みたいなのがステージ上に立つとかさすがに冗談が過ぎる。顔も良くなければ、大したことも出来やしないのに。


「ど、どうしよ……、僕なんかが鵜飼さんと一緒のステージに立ったら悪目立ちしそうだよ……」


「そんなことないでしょ、この間だって結構楽しそうに演奏してたし」


「い、いや、さすがにあれとこれとは訳が違うよ……」


 確かにこの間のカフェでの飛び入りライブは楽しかった。

 でも実際のライブになったらああはいかない。


 そもそもピアノの弾き語りのようなスタイルは想定してなくて、ガッツリ作り込んだ音源を流しながら鵜飼さんが歌うというスタイルを思い描いていたのだ。


 そうなれば僕は別に演奏をするわけでもないので、ちょっと手持ち無沙汰にもなってしまう。そんな奴がステージ上に立っているとか、邪魔でしかない。


「……わかった、じゃあ私は岡林くんが自然にステージに立てるような策を考えてくる。それでいい?」


「は……はい……」


 鵜飼さんは絶対になんとかしてやるという感じで僕に圧をかけてくる。顔が近いよ鵜飼さん、可愛いけど。


 いや、別にそんなに頑張らなくても僕がステージに立たなければいいだけの話。でも、彼女にそれを言うのは焼け石に水っぽい。


 曲作りにステージング、課題は山積みだ。

 考えるだけで目まいがしてきそう。


「あ、そうだ、私今日用事があるんだった! ごめん、私先に帰るね! また明日相談しよっ」


 スマホに表示された時刻を見て、鵜飼さんが慌てる。

 バイトもない日に時間に追われるような用事なんて、彼女にしては珍しい。


「う、うん。わかった、僕もうちに帰っていろいろ頑張ってみるよ」


「よろしくぅ! そんじゃまたねー」


 鵜飼さんは、走り去りながら僕へ手を振った。

 去り際にさえ太陽みたいな笑顔を忘れないのが、なんとも彼女らしい。


 鵜飼さんの姿が見えなくなると、僕は急に全身の力が抜けたかのようにそのへんに座り込んでしまった。


「曲、考えなきゃなあ……」

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