第21話 メカニカルピアノ・ガール

「んで、応募の話なんだけど。――鵜飼さん、聞いてる?」


 今日この店に来た本来の理由を確認しようと、僕が鵜飼さんに話題を振る。

 でも鵜飼さんは、さっきの梓の態度がどうも気に入っていないようだった。


「あんなに冷たくあしらわなくてもいいじゃん……」


 ふくれっ面を浮かべて『ぷんすか』と言いたげな鵜飼さん。デフォルトで太陽みたいな笑顔をしているので、こんな表情をするのはちょっと珍しい。


「鵜飼さん、梓は昔からあんな感じだから、あんまり深く考えちゃダメだよ」


「にしたってちょっと冷たすぎない? 別に私は敵意を持ってるわけじゃないのに」


 さすがに初対面の人にあれは冷たすぎるだろうと思う。でも、それには理由がある。


「多分、鵜飼さんが僕の友達だから、梓はそういう立ち振る舞いをするんだと思う。連れじゃなかったらあんなことはしないと思うよ」


「それって、岡林くんが相当あの子に嫌われてるってことでしょ?」


「まあ……、そういうことでもある……」


「んもー、昔あの子とどんな喧嘩をしたの?」


「それは……」


 僕はふと昔のことを思い出そうと記憶をたどる。


 すると、その記憶にたどり着く寸前で、店内にはピアノの音が鳴り響いた。


 店の中に置いてあるアップライトピアノを鳴らしているのは、他ならぬ梓。

 叔母さんいわく、お店の忙しさが一段落するとこんな感じに梓はピアノを弾くらしい。


 昔から変わらず、機械のような正確さでスコアをなぞる彼女の演奏。高校生とは思えない技術の高さで、聴く人の関心を惹き付ける。


 聴いたことのないフレーズだ。多分これは、梓のオリジナルだろうか。


「ええっ!? 梓ちゃんってピアノ弾くんだ……! しかも、めっちゃ上手いじゃん!」


 鵜飼さんもびっくりして、ピアノを奏でる梓の姿に釘付けになる。

 僕はといえば、久しぶりに聴く彼女の演奏に少しばかり懐かしさを感じている。


 次の曲、今度はピアノだけでなく梓自身が歌い始める。ちょっとした彼女の弾き語りライブだ。


 鵜飼さんと比べると、梓の歌はちょっと大人っぽい。鵜飼さんが歌姫ならば、さしずめ梓は女王様といった感じ。

 どこか冷たさを感じるような、それこそ機械のように正確な旋律だ。


「歌も凄く上手……! こんな人材がいつの間にっ……!」


「鵜飼さん……? 転職サイトのCMみたいになってるよ……」


 一通り演奏が終わると、店内にいるお客さんからは拍手が起こる。梓は、それに応えるように深々とお辞儀をした。


 さっきあんなに冷たく対応されたくせに、鵜飼さんはそんなの忘れたよとばかりに梓へ拍手を送っている。


「すっごい! もう一気にあの子のファンになっちゃったんだけど! サインもらっていいかな?」


「そ、それは、本人に聞いてみてよ……」


 そう僕が返すと、鵜飼さんは席を立って梓のもとへ向かう。まるで僕がベニーだと気がついたときみたいなキラキラした表情で、鵜飼さんは梓の手を取った。


「ねえ梓ちゃん! 歌もピアノも上手くて、私一気にあなたのファンになっちゃ――」


「仕事中なので、そういうのはちょっと」


 鵜飼さんの猛烈なアタックを、梓は塩気たっぷりの対応でかわす。

 公私にメリハリがあるというか、自分のやるべきことを一番に優先して行動する梓の性格は、昔からあまり変わっていないようだ。


「じゃ、じゃあバイト終わってからでも……!」


「遠慮しておきます。私よりもあの人と一緒に駄弁っていればいいんじゃないですか。ずいぶんと暇そうにしてますし」


 梓は皮肉たっぷりに僕を見てそう言う。あまり気持ちの良い視線ではない。


「……あと、『ティーンエイジ・ライオット』に応募するつもりならやめておいたほうがいいと思います」


 鵜飼さんに向けて梓がそんなことを言うので、僕は思わず言い返す。


「梓……! そ、そんなことを鵜飼さんに言わなくてもいいだろう!」


「あなたみたいな物事を中途半端に逃げ出す人がこの人の相方なんでしょ?そんなの、書類選考に通るかどうかが関の山」


「だからそれは……、理由があって……」


 冷酷無比な梓の言葉に対して僕は何も言えなくなってしまった。

 梓にとっての僕というのは、そういう中途半端で逃げ出す人間と捉えられていてもしょうがないのだから。


「どうしようもない人ほどそうやって理由をつけたがる。まあ、せいぜい頑張ればいいと思います。では」


 梓は仕事へと戻っていく。

 僕はといえば、反論するわけでもなく、かと言って過去を弁解することもせず、ただなんとなくの罪悪感に苛まれたまま立ち尽くしていた。


「……岡林くん?」


「……ごめん、鵜飼さん。今日はちょっとお先に失礼するよ」


 僕はコーヒー代を机に置いて逃げるように店から立ち去った。

 あのまま店に居続けたら、昔の馬鹿な自分を思い出して嫌な気分に浸ってしまいそうだったから。


「えっ、ちょっと待って! 岡林くん!」


 鵜飼さんがあとを追いかけようとしていたけど、今日に限っては彼女に追いつかれまいと全力で走った。


 明日、鵜飼さんと顔を合わせるのがちょっと気まずい。


 彼女へなんて説明をしてやるべきなのか、全力疾走している僕の頭はそのことでいっぱいだった。


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