第18話 セットリスト

 放課後、僕はショッピングモールにある楽器屋のスタジオに向かって全速力で走っていた。


「ご、ごめん……、お待たせしました……」


「もうっ、女子を待たせて焦らすとか岡林くんは罪な男だよね」


 待ち合わせ場所には鵜飼さんが既にいた。ちょっと予定よりも遅くなってしまったようで、鵜飼さんはやや不機嫌そう。

 それもそうか、あれだけ楽しみにしていた鵜飼さんを待たせているんだから。


「罪な男って……、僕は別にそんなつもりじゃ……」


「ふふっ、冗談冗談。わざわざ家まで音源の入ったパソコンを取りに行くなんて、岡林くんも本気モードで嬉しいな」


 鵜飼さんはいつもの太陽みたいな笑顔を浮かべる。

 とりあえず、機嫌を損ねていたわけではないようで僕はひと安心した。


 楽器屋さんで受付を済ますと、僕は予約しておいたスタジオの重い防音扉を開ける。

 自分では何度か利用しているので、この景色も見慣れたものだ。


「すごっ! 楽器屋さんにこんなスタジオが併設されてるんだね!」


「うん、機材も結構良いのが揃ってるし、値段もそんなに高くないから練習にはオススメだよ」


 鵜飼さんは珍しいものを見る目で室内をキョロキョロしている。

 とても初々しい反応に、なんだか僕もほっこりしてしまう。


「ドラムセットだ! これはえーっと、ギターのスピーカー……?」


「ギターアンプね」


「そうそれ! ベースのやつもあるしマイクスタンドもたくさん! 鏡までついていて至れり尽くせりって感じだね!」


 鏡に向かってポーズを取る鵜飼さん。

 改めて彼女はスタイル抜群だなあなんて思う。ちょっと直視していたら、「見せもんじゃねえぞ!」と怖いお兄さんが出てきてもおかしくないぐらい、彼女のルックスはピカイチだ。


 鵜飼さんに見惚れていた僕はハッと我に返る。

 スタジオの借りられる時間も限られているので、早いこと準備をしなければ。


 持ってきたノートPCをPA卓に接続し、鵜飼さんのマイクもセッティングバッチリだ。

 スタンドにマイクを取り付けるか迷ったけど、鵜飼さんは手持ちの方が良いと言って右手にガイコツマイクを携えた。


「それじゃあセッティングも出来たし、早速歌ってみようか」


「オッケー。さすが岡林くん、準備が手早くて偉いね」


 たまに突然出てくる鵜飼さんの褒め言葉。

 嬉しくないわけがないのたけど、やっぱりいざ褒められてしまうと慣れていないので気恥ずかしい。


「ま、まあ、こういうのは慣れだから……。それで、鵜飼さんは何の曲を歌うの?とりあえずベニーの曲は一通りあるけど」


 僕はとりあえず視線をそらして照れ隠しをする。

 振り向いた先にある鏡を見たら、ちょっと顔が紅くなっていて余計に恥ずかしい。


「もちろん最初は『視界良好』でしょ! 私なら絶対にライブの一曲目に持ってくるね」


「そ、そんなセットリストまで考えてたんだ……」


「当たり前でしょ、私はベニーさんの大ファンなんだから」


 あーもう、そんなことまで言われたら恥ずかしくて爆発してしまいそうだ。

 YouTubeにアップしていたときにはそんなコメントすら書かれなかったから、まじまじと「ファンです!」と言われるとムズムズが止まらない。


 鵜飼さんは『視界良好』をチョイスしたので、僕はノートPCから音源データを引っ張り出す。この曲はなんと言っても疾走感を出すために試行錯誤した僕の自信作だ。


「鵜飼さん、準備はいい?」


「いつでもオッケー!」


 僕が再生ボタンを押すと、スタジオのパワーアンプを通してスピーカーから曲が流れ始める。

 鵜飼さんは、まるでライブさながらのテンションで歌い始めた。


 彼女が歌唱する姿は何度か見たことあるけれど、自分の曲を歌っているのを見るのは初めてだ。

 言わずもがな歌声は一級品。こんな間近で彼女の歌を聴けるというのは、実は世界一贅沢なんじゃないかと思えるぐらいだ。


 あっという間に鵜飼さんが一曲歌い終える。テンションが上がってきたのか、これだけで終わりそうな感じは全くない。


「ありがとー! じゃあ次の曲いくね! 『夜の向こう』」


「えっ!?ちょっ、鵜飼さん聞いてないよ!」


「いいからこの調子でライブっぽくやろうよ! 『夜の向こう』の次は『スーパーヒーロー』ね」


「わ、わかったよ……」


 僕は『夜の向こう』の音源を準備して再生し始める。

 すると、鵜飼さんはまるで新しいおもちゃを買ってもらった子どものようにはしゃぐのだ。

 それでいて自分の歌のように完璧に歌い上げるから恐れ入る。ガイコツマイクも、彼女の美貌を引き立たせている名脇役さながらの存在感を持っていて非の打ち所がない。


 すごくハードなはずなのに、鵜飼さんは何曲歌ってもまだまだ突っ走れそうなくらい余裕がある。彼女の額に浮かべている汗が、むしろ爽やかさを感じさせてくれるぐらいだ。


「それじゃあラスト! 『太陽のうた』」


 僕の曲の中で一番しっとりしたバラードを、これでもかという声量で鵜飼さんは歌い上げる。

 彼女の歌う曲順は、ひとつのライブのセットリストみたいに抑揚があってとても心地よい。そんなところにもセンスを感じさせてくれる。


「ふうー、歌った歌った。遠慮なく声を出してたくさん歌えると気持ちいいもんだねー」


 鵜飼さんは用意していたペットボトルの水を一口飲む。一方の僕は、彼女の歌いっぷりにちょっと感動を覚えていて、ぽかんと口を開けていた。


「……どうしたの岡林くん? なんかぼーっとしてるけど?」


「えっ? いや、別にどうもしてないよ?」


「ホントかなあ? まあいっか、それよりも私の歌どうだった?」


「えっと、なんというか……」


 下手な感想は言えないぞと、僕は頭の中で言葉を慎重に選んだ。


「鵜飼さん、太陽みたいで……、とても輝いてた」


「えっ……」


 何故かその瞬間、鵜飼さんは虚を突かれたようにハッとした。

 あれ……? 僕は何か変なことを言ってしまったのだろうか。


「鵜飼さん? どうしたの?」


「ううん、な、なんでもない。とにかく褒めてくれてありがとう」


 褒められて照れるのは鵜飼さんも同じなのだろう。ちょっと顔が紅くなっていて可愛らしい。


「マイクの使い勝手はどうだった?」


「あ、ああ、マイクね、初めて使ったのになんか身体に合ってて不思議な感じ」


「それはいい買い物をしたかもね。サウンドも申し分ないと思うし」


「そ、そう? なら良かった……、かな」


 鵜飼さんはさらに照れくさい表情を浮かべる。いつも僕の目を見て話すくせに、何故かこの日は全く目が合わなかった気がする。


 褒められまくると恥ずかしいよね、わかるわかる。



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