閑話 鵜飼茉里奈の迂回
◇茉里奈
鵜飼茉里奈という女の子は、とてもなんとなくで生きているなって思う。
自分で自分のことをそう思っているのだから、他の人からはもっとそう思われているはず。
それでも案外うまく行っているものだから、なんとなくで生きていくのも悪くはないのかも。
友達は出来る方だし、オシャレだって楽しめる。勉強はちょっと苦手だけど、なんとかなるレベル。
恋愛はあんまりよくわからないから、多分なんとなーくするんじゃないかな。友達の恋バナを聞いていても、あんまりピンとくる感じがしないし。私はもっと歳をとってからそういうのに興味が湧くのかも。
でも、歌うことに関してだけは、なんとなくでは済ますことが出来ないなって思う。
何故かわからないけれど私は昔から歌うことが好きで、特に誰かに習った訳でもないけどいつの間にか歌唱力も上達していた。
たまたまカラオケに行ったときに、友達から「のど自慢に出たら?」と言われたことで、私の運命は大きく変わり始めた気がする。
ある日、のど自慢に向けて歌の練習をしようと放課後に誰もいないはずの音楽室へ向かうと、中からは何故か私の大好きな歌が聴こえてきた。
YouTubeで活動をしているシンガーソングライターの『ベニー』さん。こんなことを言うのもなんだけど、歌はあまり上手ではない人。でも、それを補って余りあるくらい、ベニーさんの書く曲は素敵だった。
そんなベニーさんの歌――その独特の歌唱力まで完全コピーした歌が、音楽室の中から聴こえてくる。
私はドキドキして思わず音楽室の外側から聴き耳を立てた。
もしかしたらもしかしなくとも、ベニーさん本人が扉の向こうにいるんじゃないかって、心臓がはちきれそうになった。
仮に扉の向こうにいるのが本人だったと仮定して、今日の私、身だしなみ大丈夫かな?とか、変な匂いしてないよね?とかそんなことを意識してしまう。
歌が一段落して静かになった。多分休憩中なのだろうなとのんびりしていると、もたれかかっていた音楽室の防音扉が急に開いた。
その勢いで私は転げるように音楽室の中へ入ってしまい、恐らくベニーさんと思わしき人を押し倒してしまったのだ。
ああまずい、せっかくの憧れの人(と思わしき人)に出会えたのに、初対面がこんな事故みたいなシチュエーションなんて最悪だ。
やってしまったなあと、自分が押し倒してしまった人に詫びを入れると、そこにいたのは予想外の人だった。
岡林紅太郎くん。クラスで私の後ろの席にいる彼が、まさにベニーさん本人だったのだ。
彼は地味で目立たない人で、いつも休み時間にはヘッドホンをして何かしら音楽を聴いて机に突っ伏している。
私は最初目を疑ったけど、その曲の良さと独特の歌声を突きつけられたら、もうベニーさん本人だと信じるしかない。
勢い余った私はベニーさんの曲を歌わせて欲しい、なんなら楽曲提供までしてほしいなんてわがままの限りを岡林くんにお願いすると、彼はあっさり承諾してくれた。
はじめはとても嬉しくて舞い上がった。けど、よくよく考えてみたらなんでこんな実績も何もない素人の私に、彼は楽曲提供なんてしてくれるのだろう。
その答えは、岡林くんとよく行動をするようになってだんだんわかってきた。
彼は、自分に自信が持てていないのだなと私は思う。
のど自慢で私がガチガチに緊張をしていたとき、観客席にいた岡林くんはわざと転んで緊張を解いてくれた。
この間もそう。アルバイト中に騒いでいた山下たちをなんとかしようと、自分のコーヒーを自分にこぼしたのだ。
困っている私のために、身を削るような方法を取るのが彼のやり方。その根底には、やっぱり自信のなさがある。
だからこそ、そんな傷だらけのヒーローである岡林くんには報われて欲しいなと思う。
そのために私ができることといえば、彼の曲を歌って実績を作ってあげることぐらい。
私が輝けば輝くほど、彼もまた輝いてくれる。
岡林くんは本当に凄いんだぞって、胸を張って言えるような時が早く来てほしい。
そんな感じで気がはやってしまって、パパに借金をしてまでガイコツマイクを買っちゃった。
早速岡林くんと一緒にスタジオに入って歌ってみると、これがかなり身体になじんでいい感じ。
もうこれじゃないと歌いたくないってぐらい、私にピッタリなマイクだった。
気持ちよく歌えたので岡林くんに感想を求めたら、私のことを「太陽みたい」だと言ってくれた。
……ん? ちょっと待って?
岡林くんになんで日向ぼっこが趣味なのかと聞いたとき、彼は「太陽が好き」って言ってなかったっけ?
岡林くんは太陽が好き。そして彼は、私のことを「太陽みたい」だと言う。
つまりそれって、「私のことが好き」ってことじゃない?
なにその三段論法!
なんか少女漫画の告白シーンみたいでロマンチック過ぎない!?
ど、どどど、どうしよう……、急にそんなこと言われるから岡林くんのことを直視出来なくなっちゃった……。
あれ……、おかしいなあ……。今の今まで全然そんなことなかったのに、どうしてこんなに慌てているんだ私。めちゃくちゃドキドキして止まらないんだけど……。
もしかして私ってば岡林くんのこと……、好きになっちゃった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます