第17話 ネット予約はコミュ力使わなくていいから便利
目覚めてすぐ、僕は罪悪感に襲われた。時刻は午前3時、外はまだ暗い。
僕の下半身には生暖かいものが冷えていく気持ち悪い湿った感覚がある。これは間違いなくアレだ。
「うわぁ……、最悪だ……」
僕はパンツの中身を確認してがっくりとうなだれた。
思春期の男子ならこの絶望感を理解してもらえると思う。
こっそり起きて敗戦処理をしながら、僕はさっきの夢の一部を思い出す。
夢というのは深層心理を映し出すともいう。つまり僕の心の底には、少なからず鵜飼さんにあんなことをして欲しいという欲望があるということだ。
鵜飼さんならあんなテンションでやりかねないとはいえ、想像の中で彼女を汚してしまったことに罪の意識は深まるばかりだ。
今日鵜飼さんに会ったら、どんな顔をすればいいのだろう。
誰か答えを知っていたら教えてほしい。
◆
「おっはよー岡林くん!」
教室にたどり着くと、今日も朝から太陽みたいな笑顔をキラキラさせて鵜飼さんが挨拶をしてくる。
いつもならそれなりに「おはよう」と返すのだけど、あんな夢を見たあとなので、僕はちょっと遠慮気味に挨拶を返した。
「お、おはよう……」
「どうしたの? なんか元気ないじゃん」
「いや、ちょっと寝不足でね……」
「そうなの? あっ、もしかして、スケベなこと考えてたら眠れなくなったとか?」
なんでこう鵜飼さんは鋭いのだろう。もしかして一部始終を見ていたんじゃないかというぐらい的確に突いてくる。
そんなことを言われたので、当たり前のように僕は動揺する。
「そ、そんなわけないじゃないか……」
「……なんかごめん」
「いや、謝らないでよ……」
鵜飼さんは僕の挙動不審っぷりから色々察したのか、ちょっと申し訳なさそうにする。
そんな顔をされるとこっちも恥ずかしい。いっそのこと笑ってイジり倒してくれた方がマシだ。
ちょっと気まずさを残しながら鵜飼さんは自分の席に座る。
すると腰掛けるやいなやかばんから何かを取り出す素振りを見せ始めた。
「そうそう、実は岡林くんに見せたいものがあります」
「見せたいもの?」
一体僕に見せたいものとは何なのだろう?
そのかばんの中に入るサイズだろうから、それほど大きいものではないということぐらいは想像がつく。けど、それ以上のことは全くわからない。
「えっへん! 刮目せよ!」
鵜飼さんは勢いよく僕に見せたいものをかばんから取り出す。
そして取り出された品物をよくよく見ると、あの楽器屋さんでショーケースに入っていたものと同じものがそこにはあった。
「これは……、鵜飼さんが欲しがっていたガイコツマイクじゃないか! もうバイトのお給料が出たの? 早くない?」
さすがにアルバイトを始めてまだ2週間も経っていないので、給料日は来ていないはず。
鵜飼さんはどこからその購入資金を捻出したのだろう?
「実はねー、あまりにも欲しすぎてパパに借金をしちゃった」
「借金って……、そんな衝動的にお金を借りたりしたらやり繰りが大変になるよ?」
「大丈夫大丈夫、ちゃーんと返済計画も立てた上で融資してもらったから」
「鵜飼さん、本当に起業家みたいなお金の借り方するよね……」
僕は彼女の有り余る勢いを目の前にして呆気に取られた。
僕だったらお給料が出るまで我慢するだろうから、彼女のその行動力がちょっと羨ましい。
「それでさ、早速このマイクを試したいんだけどどこで試せばいいと思う? 学校の音楽室とかがいいかな?」
「うーん、それも悪くはないけど、やっぱり練習スタジオで使うのが一番いいんじゃないかな」
鵜飼さんは『スタジオ』という言葉を聞いて、ちょっと僕が言いたいことと違うことを想像していた。
「スタジオ……? それって、歌手の人がレコーディングしているようなあんな場所?」
「それとはちょっと違うかな。バンド練習のための防音練習室って感じだよ。この間行った楽器屋さんにも併設されてるよ」
鵜飼さんは「へえ、そうなんだ」と、また一つ賢くなった自分を自分で褒める。
こういう事ができる人は、自己肯定感が高くて人生楽しめるのだろうなあと、僕はさらに鵜飼さんを羨ましく思う。
「じゃあ放課後そこに行こうよ! そのスタジオって予約とか必要なのかな?」
「それならネットで空き状況が見られるよ。空いてたら予約も出来る」
「ほほー、超便利じゃん! やっぱり持つべきものは岡林くんとスマホだ!」
「どちらかというとスマホのほうが大事な気もするけどね……」
苦笑いしながら僕はスマホを取り出す。
あの楽器屋のスタジオはよく行くので既に会員登録済みだ。ログインするとすぐに空き状況がわかる。
今日は平日だから、余程のことがなければ空いているだろう。
「えーっと、今日の放課後の時間帯なら空いているみたい。予約入れておくね」
「ありがとー! ついにマイクを使う時が来るんだね……! なんだか私、ワクワクしてきたぞ!」
「鵜飼さん、いつから少年漫画の主人公に……?」
鵜飼さんはまるで蒸気機関車みたいに鼻息を荒くして、放課後のスタジオ入りが待ちきれないという感じだった。
ま、まあ……、こんな可愛らしい鵜飼さんと放課後2人きりになる僕の方こそ、待ちきれないと言えば待ちきれないのだけれども。
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