第16話 応急処置で候

 あれ?ここはどこだろう?僕は何をしているんだ?


 ふとあたりを見回すと、僕はカフェ『Good times Bad times』のカウンター席に座っていることに気がついた。


 叔母さんもいなければ、他のお客さんもいない。貸し切りみたいな店内に何故か僕はポツンと座っている。


 すると、店の奥の方から何やら人影が姿をあらわしてきた。

 それは他の誰でもない、鵜飼さんだった。


 でも何故か彼女の装いは学校の制服でもなく、カフェの制服でもない。ヒラヒラっとしたフリルが可愛らしいメイド服姿で僕の目の前に立っているのだ。


「おかえりなさいませ、岡林く……、じゃなくて、ご主人様」


 まるでメイドカフェの接客みたいに、鵜飼さんはにっこりと挨拶をする。

 僕はますます状況がわからなくなって、鵜飼さんに説明を求めた。


「う、鵜飼さん……? これは一体どういうこと?」


「もう、メイド服を着てご奉仕して欲しいって言ったの岡林くんじゃん。せっかく役に入り込んでるんだから、野暮なこと言わないの」


「あ、あれ……? そんなこと僕頼んだっけ……?」


 僕は自分の記憶をたどる。


 先日の一件のお礼で鵜飼さんが「猫耳メイド服を着てあげようか?」なんて冗談混じりに言っていたことは確かにあったけど、そんな約束を取り付けた記憶がない。

 いつの間にか僕は、鵜飼さんにそこまで求めてしまっていたのだろうか。


「自分で言ったことも忘れちゃったの……? 猫耳メイドをやってあげようかって聞いたら、『猫耳はいらないから正統派なメイドさんが良い』って言ってたじゃん」


「そんなこと……、言ったような言ってないような……」


「あっ、もしかしてそういう記憶喪失シチュエーション的なやつがやりたかったとか? んもー、こだわりがあるなら先に教えてよねー」


「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 記憶には無いのだけれども、鵜飼さんがそう言っているなら事実なのだろう。

 特に何か裏があるわけでもなさそうなので、素直に眼福に浸るのがいいのかもしれない。


「とにかく、時間も限られてるからご奉仕の続きをするね」


「う、うん……」


 仕切り直しという感じで、鵜飼さんはコホンと咳払いをする。その瞬間から彼女は完全に役の中に入り込んで、僕がご主人様、鵜飼さんは使用人のメイドさんという寸劇が始まった。


「お飲み物はいかがなさいますか?ご主人様」


「ええっと……、ホットコーヒーを」


「かしこまりました」


 いわゆるメイドカフェ的な演出ではなく、あくまで『ご主人様と使用人』という形式らしい。

 役に入り込んだ鵜飼さんは、なんだか雰囲気が変わって仕事が出来るメイド長みたいに見える。


 厨房の奥で鵜飼さんはコーヒーを淹れている。

 いつの間にか叔母さんにでも淹れ方を習ったのだろうか。迷いもなく鮮やかな手付きで、あっという間にドリップコーヒーを1杯こしらえてしまった。


「お待たせしまし――、あっ……!」


「熱っ……!」


 その淹れたてのコーヒーを僕の元へと持ってこようとしたとき、鵜飼さんは手元が狂ってしまった。

 しかも運悪く、先日僕が自分で自分にコーヒーをこぼしたときと同じように、熱々のコーヒーが僕のズボンにかかってしまったのだ。


「も、申し訳ありませんご主人様! すぐにお着替えを!」


「と、とりあえず更衣室にいるから、着替えを持ってきてもらえると助かるよ」


 僕はすぐさま店の更衣室に逃げ込むと、ズボンを脱いでコーヒーのシミの様子とか、火傷をしていないかどうかを確認した。


「熱かったけどなんとか大丈夫そうだ……。また制服のズボンをクリーニングに出さなきゃな」


 とりあえず無事であることを確認してひと安心すると、更衣室に鵜飼さんが入ってきてしまった。


「ご主人様、お着替えをお持ちしました」


「う、鵜飼さん!? べ、別に中に入ってこなくてもそこに置いておいてくれればいいのに」


 パンツ一丁である僕を見ても、鵜飼さんは慌てない。こんなトラブルがあっても彼女は役に入り込んだままだ。

 別にそんなに真面目にやらなくてもいいのにと思いながら、僕は着替えを受け取る。


「ご主人様、とにかくそこの椅子に座ってください」


「えっ……? 一体何をするつもり?」


「先程のコーヒーはかなり熱かったでしょうから、火傷をなさっていないかと思いまして。確認をさせて下さい」


 あまりにも真面目なトーンで鵜飼さんがそう言うものだから、僕は気圧される。


「だ、大丈夫だから!」


「そうは言われましても……、ご主人様の身に何かあってはいけませんので」


「そ、そういうもんなのか……」


 僕はもう鵜飼さんの好きにさせようと思って色々考えるのを諦めた。


「それでは失礼します」


 鵜飼さんはしゃがんで、座っている僕の股の間にポジションを取る。そして、確認作業という名目で僕の太もも……、いや、鼠径部を撫で始めたのだ。


「鵜飼さん……? 本当にそれ、火傷の確認かな……?」


「ええ、もちろんです。ついでに負傷しているところがあればすぐに応急処置を行う用意もありますから、ご主人様は安心していてください」


「い、いや、安心しろって言ったって……。鵜飼さん、そ、そこは……」


 鵜飼さんの手が僕に触れる。

 そんなに優しく撫でられてしまうと、もう自分の意思ではそいつをコントロールすることができない。


「あら……、ここが腫れ上がっていますね。火傷でしょうか……」


「ち、違うよ! これは生理現象で、そ、その……、鵜飼さんが……」


 鵜飼さんがわざとらしく妖艶にそう言う。僕はあまりの恥ずかしさに顔から火が出そうだった。


「申し訳ございません、私のせいでご主人様は負傷なさってしまったのですね。すぐに応急処置を行いますから、安静になさってくださいね」


「ちょっ……、まって、鵜飼さんっ……!」


「大丈夫です。私に任せて下さい」


 鵜飼さんは僕に触れているその手を少し激しくする。

 ドキドキという胸の高鳴り、痺れるような感覚、そしてその刺激的な視覚情報で、僕の頭は沸騰しそうだった。


「ご、ごめん、僕、もうっ……!!」


 あっという間に我慢の限界が訪れて、弾けるような感覚が僕の下半身を襲う。


 そして、それと同時に僕はぱっと目が覚めたのだった。

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