第14話 飽きない商い
秘密基地的カフェ、『Good times Bad times』はその静かな雰囲気も売りだったりする。
駅ビルなんかにあるチェーンのカフェとは違い、ここは時間の流れがとてもゆっくりだ。
「はい、お待たせ。いつものブレンドコーヒー」
「ありがとう」
ぼけーっと待っていると、鵜飼さんが僕の元へコーヒーを持ってきてくれた。
あんまり普段はコーヒーを飲まないのだけれども、ここのコーヒーだけは格別に感じる。慣れ親しんでいるからだろうか。
「『いつもの』って注文するの、なんだか憧れちゃうね」
「そ、そうかなあ……? ただ昔から通っているだけだよ」
「それが良いなあって思うわけ。私には常連になっているようなお店なんて無いしさ」
手元のコーヒーに砂糖を少しだけ入れてかき混ぜながら、僕は鵜飼さんの話を聞く。
「私ね、よく飽きっぽいって言われてたんだ。なんか面白そうなことを見つけては飽きて、見つけては飽きてって感じ」
「へ、へえ……、そうなんだ」
そう言われて僕は、さっきの山下の話を思い出してしまった。
あの話はどうやら本当のことみたいだ。
だから、鵜飼さんはいずれ僕なんかにも飽きてしまって、そのうちまた見知らぬ2人に戻ってしまう。そんな気がしてしまう。
「でもね、歌うことだけは飽きなかったんだ。楽しいからね」
「えっ……?」
「そんなに驚かないでよ。……あっ、もしかして岡林くんてば、私が思いつきで歌い始めて君を巻き込んでいると思ってるでしょ?」
「そ、そんなことは……、ないよ?」
鵜飼さんが僕の考えていることを完璧に読み取ってくるものだから、返す言葉がないぐらい動揺してしまった。
「……やっぱり。まあ、そう見られちゃうのも仕方がないんだけどね」
「ご、ごめん、そんなつもりは」
「いいのいいの。でも、歌うことに関してはこれ以上ないくらい本気。それだけはわかってくれると嬉しいな」
鵜飼さんはちょっと笑みを浮かべる。
相変わらず脳内で一人相撲を展開するのが得意な僕は、改めて自分は馬鹿だなと反省した。
僕が頑張ることで鵜飼さんが喜んでくれて、それで僕自身が嬉しいならそれでいいじゃないか。
そこに山下みたいなやつの言葉なんて挟まる余地はない。深刻に考える必要は何もなかったのだ。
ちょっと肩の力が抜けた僕は、やっと砂糖が溶けきったコーヒーを一口飲んだ。
しばらく入り浸っていると、この店に普段現れないような客が訪れた。
その聞き慣れた耳障りな声に僕は入り口の方を振り向いてしまう。
どういうわけかそこに立っていたのは、山下たちのグループだったのだ。
「……いらっしゃいませ。3名様でよろしいですか?」
思わぬ来客に困惑したのか、鵜飼さんは戸惑いながらそう接客をする。
「あれー? 鵜飼じゃん。ここでバイトしてたのかー」
白々しく山下が言う。
この様子だと、鵜飼さんが彼らを呼んだようには思えない。おそらくは、僕が鵜飼さんのバイト先に行くと踏んで後をつけてきていたのだろう。
「……こちらへどうぞ」
鵜飼さんはあくまで仕事だと割り切って、山下たちを角のテーブル席へと案内する。
彼らのグループは男子2人と女子1人。山下と、その腰巾着のようにつるんでいる男子生徒。女子生徒の方は、普段から鵜飼さんともよく話している人だ。
「なんだよ鵜飼、こんなオシャレないい所でバイト始めたんなら教えてくれたっていいじゃねえか」
「そうだよ茉里奈、秘密にすることないじゃない」
「別に、秘密にするつもりはないんだけど……」
鵜飼さんはバイトのことを3人には黙っていたようで、彼らが席につくなりまくし立てられている。
とりあえず鵜飼さんは注文をとって、厨房にいる叔母さんへとオーダーを伝えた。
彼女の表情からはさっきまでの楽しそうな感じはあまり見られない。
バイト先に友達がぞろぞろやってくることを想像したら、確かにこんな感じに気まずくもなる。僕だったら間違いなく厨房に引きこもって皿洗いに専念するだろう。
そんな友達なんていないだろうというツッコミは無しだ。
それに、静かで秘密基地的な雰囲気が売りのこのカフェで、山下たちのような騒がしめな客というのはいささか場違いな気もする。
僕以外にも何人かお客さんがいるけれど、みんな彼らの声の大きさには少し迷惑しているように見えた。
「あの……、申し訳ないのですが他のお客様も居ますので静かにして頂けませんか?」
鵜飼さんはあくまで仕事ということでていねいな口調で山下たちのグループへ忠告をする。
するとそれが普段の彼女からは想像がつかないほどギャップのある対応だったために、余計に彼らは騒ぎ出した。
「おいおい、鵜飼が『静かにして頂けませんか』だってさ」
「マジで茉里奈、バイトの時になるとキャラ変わりすぎてウケるんだけど」
鵜飼さんは困った表情を浮かべる。
正直なところ、山下たちはこのお店にとってかなりの迷惑客だと言ってもいい。
鵜飼さんとしては穏便になんとかしたいのだろうけれども、そうすればするほど意に反して彼らのボルテージは上がってしまうのだ。
どうしたものか。
ここで僕が立ち上がって彼らにビシッと言ったところで焼け石に水だろう。それこそ面白がられて余計に火に油を注ぐことになりかねない。
でもこのままでは鵜飼さんが可哀想だ。それに、他のお客さんにも迷惑がかかる。
何かいい方法はないかと僕は思考を巡らせ、そうしてある方法を思いついた。
山下たちが面白くない、興ざめしたと思わせればいいのだ。
先日ののど自慢のとき、僕が客席でズッコケて皆に総スカンを食らった時のように。
だったらこれしか方法は無い。
おもむろに僕は、手に持っていたコーヒーをわざと自分のズボンにこぼしたのだった。
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