第13話 ギブアンドギブ
「それじゃあ、バイト初日行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
放課後、鵜飼さんが後ろの席にいる僕にそう言うと、勢いよく教室を飛び出していった。
今日がシフト初日らしい。彼女のことだから、すぐに仕事を覚えてあっさりタスクをこなしてしまうだろう。接客も天才的に上手そうだ。
僕も後片付けをして帰ろうかと思った矢先、なんだか自分に刺々しい視線を浴びせられていることに気がついた。
ふと横を見ると、山下たちのグループが僕を見ている。その目はちょっと面白くないぞと言いたげで、決して気持ちのいいものではない。
こんなのは無視して早く帰ろう。
席から立ち上がってかばんを手に取った瞬間、山下が声をかけてきた。
「岡林、良かったなあお前」
「……何が?」
山下の言葉の意味がわからず、僕は思わず聞き返す。
「何ってそりゃ、鵜飼にお近づきになれて良かったなあってことだよ」
僕を見下すように、山下は嫌味たらしくそう言う。
後ろに控えている彼の仲間も、クスクスと僕を見て笑う。
「あんなに必死で鵜飼にアピールしてたもんな。良かったじゃん、鵜飼に都合良く使われるようになってさ」
「ち、違う……!」
「違うくないだろ? だってさあ、この間も鵜飼のバイト探し手伝ってたんだろ?昼休み返上で求人情報誌をペラペラとめくっててさ、まるで鵜飼の召使いみたいだったぜ?」
僕は苛立つ気持ちをなんとかして抑える。
ここで山下相手に喧嘩をしてやる必要なんてないのだ。無視してこのまま帰るべきだろう。
「まあ、そのうち鵜飼もお前に飽きて来るだろうよ。あいつ、昔からそういう所あるからな」
「昔……、から?」
「おうよ、俺はあいつとは小学校から同じなんだわ。だから大体この先どうなるか想像がつく」
鵜飼さんと山下の間になにかありそうだなと思っていたけど、それは幼馴染であるということだった。
彼の言葉を解釈するならば、昔から鵜飼さんは興味を持った人に近づいては飽きてを繰り返していたということだ。
でもそれは本当なのだろうか。ただ山下が僕と鵜飼さんとのことを気に入っていないだけと言う可能性もある。
とりあえず意図がわからない以上、ここで山下の言葉をまともに聞き入れたら、彼の思う壺だ。
「……それは、ご忠告どうも」
なんとか捻り出したケンカを売らない程度の返事をすると、山下はやっぱり面白くなさそうな顔をする。
これ以上関わるのは勘弁したいので、僕はさっさと立ち去ることにした。
帰り路を歩きながら、僕は思い出したくないのに山下の言葉を
鵜飼さんは僕のことを良いように利用しているだけ。
確かに振り返ってみれば、鵜飼さんには楽曲提供をしてほしいとか、マイクを探すのを手伝ってほしいとか、アルバイトを紹介してほしいとか、そういうことを言われている。
一方的に僕が鵜飼さんに何かを与えることばかりしていたのだ。
……まあ、逆に僕が彼女へ何かを求めたかと言えばそうではないから、こんな風になってしまうのも仕方がない部分はある。
でも『まるで召使いだ』と言う山下の言葉も、あながち間違いではないのかと思えてしまってきた。
それぐらい僕には、自分が鵜飼さんと対等に接しているかということに自信が持てない。
自分の立場を維持するため、彼女に何かを与え続けている。まるで貢ぐかのように。
あんなやつの言うことなんて真に受けたくないけど、本当にそうなんじゃないかと僕はどんどん思考がマイナスになってしまった。
こういう時は太陽の光を浴びるに限る。
僕は通学路の途中にある公園に立ち寄り、ベンチに座ってただ空を見上げた。
不思議とその光は心を落ち着けてくれるのだ。太陽というものは本当に素晴らしい。
鵜飼さんが本当に僕のことを利用しているだけなのかどうか、ちょっと確かめてみたい。と、思考はそういう風に変化してきた。
自然と僕の足はとある場所へと向かっていた。
繁華街のメインストリートから一本入った、静かな通りの秘密基地みたいなカフェ。ほぼ無意識のうちに僕は『Good times Bad times』の店の前まで来ていたのだ。
「ま、まあ……、普段からこのカフェは行きつけだし、不自然じゃないよね」
鵜飼さんのバイト初日にわざわざカフェへ立ち寄るのはお節介かなと思いつつ、普段から気が向いた時はここに通っているので大丈夫だよと自分に言い聞かせる。
カランコロンとクラシカルな音が出る扉を開くと、そこにはカフェシャツとエプロンを身にまとった鵜飼さんが立っていた。
「いらっしゃいませ、岡林くん。カウンター席でいいかな?」
「う、うん……」
行きつけのカフェ、出迎えてくれたのは隣の席の鵜飼さんなのに、なんで僕はこんなに緊張しているのだろう。
それに、鵜飼さんは僕が来るのをわかっていたかのように出迎えた。もしかしたら、僕がここに来ることは鵜飼さんにはお見通しだったのだろうか。
思考がまとまらないままカウンター席に座った僕は、とてもぎこちない声で「いつもの」と鵜飼さんへ注文を伝えた。
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