第6話 白い雲のように
独りになりたくなったので、市民ホールの近くにある公園のベンチに座ってぼーっとすることにした。
春の柔らかい日差しとそよ風が吹いていて、日向ぼっこにはちょうど良い。嫌なことがあったときは、こうやって光合成するように何もせず日に当たっているのに限る。僕のストレス解消法のひとつだ。
あの白い雲みたいにずっとふわふわと浮いて過ごしたいなあなんて、空を見上げてしばらく現実逃避をしていると、どこからか聞き慣れた声が聞こえてきた。
「岡林くん! やっと見つけた! ……もう、探したんだからね!」
「う、鵜飼さん!? どうしてここに!?」
現れたのは鵜飼さんだった。なぜかわからないけど僕を探していたようで、少し息を切らしている。
彼女が僕を探している意味がわからなかった。鵜飼さんはこんなことをしている場合じゃないはず。早く
「どうしてって……、そりゃあ、会場からいきなりいなくなっちゃうんだもん、探すに決まってるじゃん」
「い、いや……、それは、その……」
何もかもが予想外の展開に、僕の言葉は端切れの悪さを増す。
「突然いなくなっちゃったから、私、何か岡林くんにすごく悪いことをしたんじゃないかって心配になって……」
「そ、そんなことないよ! 鵜飼さんの歌、凄かったし……」
「じゃあ、どうして出て行っちゃったの……?」
僕は言葉に詰まった。下手に返そうものなら、それこそ鵜飼さんに失礼をしてしまいそうだったから。
当たり障りのない、それっぽい回答がないか、全力で頭を回転させて言葉を捻り出した。
「じ、実は……、人混みがちょっと苦手で……ハハハ……」
苦し紛れの言い訳過ぎるなあと思いながらも、僕はそう返答した。実際に人混みは苦手なので、嘘はついていない。
すると鵜飼さんはハッとして、何かを取り繕うように慌て始める。
「ご、ごめんね! 私そんなこと全然気が付かなくて……。岡林くん、人混みが苦手なのに勇気出して来てくれたんだもんね、本当にごめんなさい」
鵜飼さんは素直で良く出来た人だなと僕はその時思った。
全然僕なんかのために謝る必要なんてないのに、その優しさがなんだか逆に心を痛めつけてくる。
「い、いや、そんなことで謝らないでよ。僕は大丈夫だからさ」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。……それよりもほら、早くみんなのもとに戻った方が良いんじゃない? 祝勝会やるんでしょ?」
僕がそれとなく鵜飼さんを帰そうとすると、彼女は何故かクエスチョンマークを頭上にいくつか並べたような不思議な表情をした。
「祝勝会? ……なんで?」
「なんでって、鵜飼さん優勝したんでしょ? みんなでお祝いするんじゃないの?」
「……もしかして岡林くん、結果発表見てないの?」
僕は鵜飼さんがタチの悪い冗談を言っているようにしか思えなかった。
もしかしなくとも、鵜飼さんはまさかまさかで優勝を逃したのか……?
「ご、ごめん……、結果発表までは見てない……」
「なーんだ、そういうことかー。うーんとね、残念ながら優勝出来なかったんだよね」
「あんなに凄かったのに……? 嘘でしょ?」
「それがさー、私の後に出てきた人が元プロの歌手だったみたいでめちゃくちゃ上手かったんだよねー。あんなの反則って感じ? あっさり負けちゃったよねハハハ」
鵜飼さんは悔しそうな素振りすら見せず、サラッとそんなことを言う。
僕はといえば、あれを上回る人がいるのかと思って気が遠くなりそうだった。
「それにちょっと緊張しすぎちゃったし。――岡林くんが客席でズッコケてくれなかったら、私まともに歌えてなかったかも」
「えっ……、僕がコケたとこ見てたの……?」
「そりゃもうあんなに派手にコケるんだもん。思わず見ちゃうよね」
僕はめちゃくちゃ恥ずかしくなった。
どうしようもなくダサい瞬間を鵜飼さんにきっちり見られていたのだから。なんなら、自分の下手くそな歌をまじまじと聞かれていたこの間のときより全然恥ずかしい。
「でも、あれで緊張が全部吹っ飛んじゃった。ちゃんと歌いきれたのは岡林くんのおかげだよ」
「そ、そんなことはないと思うよ……?」
「そう? あの時のズッコケた岡林くん、ガチガチに緊張していた私のためになんとかしようとしてくれてたように見えたんだけど。……私の勘違いかな?」
勘違いであると言えば嘘だ。でもそれを思い切って肯定してやれるような器量も僕にはない。だから僕は回答を濁した。
「ふふっ、やっぱりそうなんだね。……嬉しいな」
「なっ……! なんにもしてないよ僕は!」
「そういうことにしておいてあげる。ありがとう、岡林くん」
鵜飼さんにはどうやらお見通しのようだ。
偶然の産物とはいえ、僕は感謝されてしまって嬉しいような恥ずかしいような変な気持ちになってしまった。なんともむず痒い。
「……で、でも、せっかく緊張が解けて調子良かったのに、のど自慢優勝出来なくて残念だったね」
「まあ今回は
鵜飼さんは前向きだった。多分、本当は僕なんていなくても十分輝いていけるような存在だ。
それでも、彼女が僕の曲に絶対の信頼を置いてくれるのなら、とても嬉しい。
「これからよろしくね、岡林くん。君なら、こんな私を夢のステージに連れて行ってくれるよね!」
最高に眩しい太陽みたいな鵜飼さんの笑顔は、日陰者の僕の心を少しずつ少しずつ動かし始めてていた。
僕はこのとき人生で初めて、誰かのためになりたいなと、そう思えたんだ。
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