第7話 ティーンエイジ・ライオット

 のど自慢で惜しくも優勝を逃した鵜飼さんは、全く落ち込むことなく次の目標へと突き進んでいた。


「ねえ岡林くん! このコンテストなんてどうかな?」


 とある日の昼休みのこと。

 僕は早々に昼食を食べ終えて、いつものようにヘッドホンを装着しながら机に突っ伏していた。しかしそんなことお構いなしに、鵜飼さんは突き破るような元気な声で僕に話しかけてくる。


「『ティーンエイジ・ライオット』……? これってもしかしてラジオ番組の……?」


 僕は鵜飼さんから差し出されたスマホの画面をゆっくりと読んで内容確認する。


「そう! 『School of Life』主催の高校生音楽コンテストだよ!」


 このところ鵜飼さんは高校生が出られる音楽コンテストを探すのに躍起になっている。


 世の中にコンテストや賞レースというものは多々あるけれども、これが全国規模でなおかつ高校生が出られるとなると案外数が絞られてくるのだ。


 そんな中で鵜飼さんが目をつけたのは、毎週平日夜10時から全国ネットのFM放送で中高生向けにオンエアされている『School of Life』だ。


 この番組が主催となって、高校生による高校生のための音楽コンテストとして『ティーンエイジ・ライオット』というものが開催されている。

 毎年全国各地からオーディションを勝ち抜いた高校生アーティストがしのぎを削っていて、賞に輝いた者の中からそのままデビューすることも多々ある。まさに高校生アーティストの憧れであり登竜門といったコンテストだ。


「確かにこれなら全国規模だし、演奏形態も問われないし、問題ないと思うよ」


「だよねだよね! 早速応募しようよ!」


 鵜飼さんはやっとのことで目標が見つかったためか、随分と前のめり気味だ。でも僕は注意事項を良く読んでいたので彼女に一旦落ち着くように諭す。


「鵜飼さん、これまだ応募期間前だよ。今応募しちゃったら書類が弾かれちゃうかも」


「あっ、ほんとだ。よかったー、岡林くんが気づかなかったら勇み足になっちゃうところだった」


 応募開始は来月の頭から。もしこのコンテストに出るのであれば、今のうちに準備をしておくべきだろう。

 書類作成とか、デモ音源を用意したりとか、案外やることはたくさんある。


「それじゃあ『ティーンエイジ・ライオット』に向けて頑張ろうね、岡林くん」


「う、うん、頑張ろう」


 いつものように太陽みたいな笑顔で鵜飼さんにそう言われると、僕はなんだかドキドキする。


 こんな陰キャラでちっぽけな僕はのことを鵜飼さんみたいな人が買ってくれていることが、未だに信じられない。

 なんなら、夢をずっと見ているんじゃないかと思うぐらい。

 でも、鵜飼さんが喜んでくれるからこそ、僕は彼女のためなら頑張ろうと思えるんだ。



 鵜飼さんが昼ごはんを買いに購買へ出かけてしまうと、僕はクラスの中で孤島のような状態になる。

 この間、のど自慢で派手にコケた一件から、僕は陽キャラ集団の格好の的になってしまった。


「……おい岡林。お前、鵜飼とはどういう関係なんだ?」


 僕が独りになる瞬間を待っていたかのように、陽キャラ集団の中心人物である山下やましたがいちゃもんをつけてきた。


「どういう関係って……、鵜飼さんはただの隣の席の人だよ」


「そんな見え透いた嘘をつくんじゃねえよ。どうせあれだろ? この間ののど自慢で派手にコケたのをダシにして、鵜飼に近づこうとかそういう腹なんだろ?」


 的外れないちゃもんをつけられたので思わず言い返したくなった。けれどもこの場でそんなことを言うのはさすがに分が悪い。いまの僕の周りには味方なんて全くいないのだ。


「ったく冗談じゃないよな。お前がコケたせいで鵜飼のやつ優勝逃しちまったんだもん。あれさえ無かったら優勝して今頃鵜飼のやつシンデレラガールになってたっていうのによ」


 反論するのは得策ではないと思って僕はだんまりを決め込む。


 鵜飼さんは僕がコケたおかげで緊張がとけたと言ってくれたので、山下にチクチク言われてもなんとか耐えられる。彼女の役に立てたのだから、僕は落ち込む必要なんてないんだと、自分で自分に言い聞かせた。


「まあ鵜飼のやつ、誰にでも優しいからな。恨まれなくて良かったな、岡林」


 山下のその捨てゼリフが、ぎりぎりで保っていた僕の心に突き刺さった。


 そうだ、よくよく考えたら、鵜飼さんは僕だけに優しいわけではなく、誰にだって優しい。それこそ太陽と同じだ。誰の空の上にも必ずやって来る。

 それは、山下みたいなイケイケドンドンな奴でも、僕みたいな陰キャラでも、同じように。


 急に背筋に悪寒が走ったようにゾッとした。

 今まで僕は何を浮かれていたんだろう。


 鵜飼さんはたまたま僕の作った曲を気に入ってくれただけだ。それなのに僕は、彼女にとっての特別な存在になったんだとただ勘違いしてしまったんだ。


 山下に言われなかったらいつまでも気が付かなかっただろう。よかった、早いうちに誤解を解くことが出来た。やっぱり僕は僕で、相応な高校生活を送るべきなんだ。


 鵜飼さんが戻ってくるのを待つつもりだったけど、やっぱり僕は独りのほうが似合っている。

 ヘッドホンを着け直した僕は、周りの音が聴こえなくなるぐらいプレイヤーの音量を上げて、逃げるように教室から立ち去った。


 爆音で僕の耳に飛び込んでくる、レディオヘッドの『Creep』が妙に心地よく聴こえた。

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