第4話 予定は未定

 ……恐れていた事態が起きてしまったぞ。


 おそらくだけどこの曲は鵜飼さんが作ったのだろう。お世辞にも良いとは言えないこの曲に対する感想を、どういう言葉に落としこめばいいのか僕はまた頭を抱える。


 どこの馬の骨とも知らない奴なら辛辣に感想をのべてもいいのだけど、今の相手は鵜飼さんだ。ただでさえ弱みを握られているような状態なので、ここで下手に強い言葉を使ってしまったらこの後どうなるかわからない。


「……そ、そうだね、伸び代十分って感じかな……?」


 僕は脳内に存在する最高にポジティブなワードを選んでなんとかまとめ込んだ。これでいちゃもんをつけられたらもうお手上げだ。


「ということは、やっぱりイマイチってことかぁ……」


「えっと、いや、そういう意味で言ったわけじゃなくて……」


「ううん、いいの。自分に作曲のセンスが全く無いのは感づいてたから」


 鵜飼さんは少ししょんぼりする。


 わかってはいても、面と向かって言われるとやっぱり凹むものだ。僕だって歌が下手な自覚は十分にあるけど、いざ他人から言われると落ち込む。


「だからね、私は自分でまともな曲が作れないから、ベニーさんの楽曲が欲しいんだ」


 鵜飼さんが『楽曲提供』してほしいなんて大げさに言うのはそういう理由だった。


 いくら天才的に歌がうまい彼女ですら、手に入れられない能力がある。神様は上手いこと世の中を作っているのだ。


 僕としては楽曲提供に関して全く問題はない。自分の歌のせいで埋もれてしまうくらいなら、せめて歌の上手な人に歌ってもらったほうが創作冥利に尽きるというもの。


「そ、それは別に構わないけど……」


 僕はそう返答すると、途端に鵜飼さんは嬉しそうな顔をしてテンションを上げる。


「いいの!? ベニーさんの曲、本当に私がもらっても大丈夫?」


「大丈夫もなにも、鵜飼さんみたいな上手い人が歌ってくれるなら文句ないよ。……ほら、僕の歌ってアレじゃん」


 すると、鵜飼さんは何かに気がついたように言葉を続ける。


「あっ、あれってわざとあんな感じで歌ってるんじゃないんだ……」


「……鵜飼さん、さり気なくチクチクしたことを言ってくるね」


 鵜飼さんはどうやら、ベニーさんこと僕の歌がどうやらわざと下手に歌っていたのだと思っていたらしい。

 いや、そんなことあるわけないだろう。いつだって僕は全力で歌唱している。


「じゃあ尚更ちょうどいいね! ベニーさん……じゃなくて岡林くんの曲と私の歌とのいいとこ取り!」


「……まあ、そういうことだね。僕としてはどんどん歌ってもらって構わないよ」


「よーし、承諾が取れたからのど自慢の開催事務局に連絡しよーっと!」


 鵜飼さんは嬉しそうにスマホを弄ってどこかに連絡をつけようとしている。


 そういえば鵜飼さん、本当は歌いたかった曲があったけど権利の関係でやむなく断念したとか言ってたっけ。


 ……ん? もしかしてその権利関係って僕の曲のことか?


「う、鵜飼さん……? もしかしなくても、のど自慢で僕の曲を歌おうとしてた?」


「そうだけど……? 権利の関係で歌えないって言われたから直接許可取れれば大丈夫かなって」


「いやいや! さすがに無理があるよ! 僕の曲、趣味で書いてるだけで商業的にリリースしてるわけじゃないんだから!」


 僕がそういうと、鵜飼さんは「そうなの……?」とショックを受けた表情を見せる。

 気持ちはとてもありがたいけど、今回ののど自慢はMiSAの『紅炎華』で我慢してくれ。


「じゃあ岡林くんの曲はまた次の機会かなー」


「そうしてください……。いろいろなオーディションとかコンテストみたいなのがあるからそういうのを狙うといいよ」


「わかった! じゃあ探してみるね!」


 鵜飼さんは再びニッコリと笑う。

 その笑顔は本当に太陽みたいだ。誰でも暖かい気持ちになれる。


「そういえば岡林くん、のど自慢の日は忙しいんだっけ」


「えっ、あっ、いや……、その……」


 突然の話に僕はまた挙動不審になる。


 さっき教室で思わず誘いを断ってしまったけど、実際には用事など全くなくてヒマだ。


「せっかく楽曲提供してもらうから、ちゃんと岡林くんには私の歌を聴いて欲しいんだ」


 鵜飼さんの可愛い顔でそう言われてしまうと僕も弱い。


 ここでまた適当にはぐらかしてしまうと、後々鵜飼さんとの関係に影響しそうな気がする。

 下手をしたら、ベニーさんが僕であることを皆に知られて晒し者になってしまうこともありえなくない。なんとしてもそれだけは避けたい。


 他の陽キャラ軍団に混ざって応援に行くのは精神的にしんどいかもしれないけど、行ったほうがいいのは間違いないだろう。


「い、行くよ! 予定はなんとかするから!」


「ほんと? いいの?」


「も、もちろんだよ! ……えっと、場所はどこだっけ?」


 僕はとりあえず落ち着いたふりをしてスマホを取り出し、なんにも予定など入っていないカレンダーアプリを開いた。


「市民文化ホールだよ。入場は11時半ぐらいからできるって言ってた。あ、あとこれ、私のLINEのQRコードね」


 僕はカレンダーアプリに予定を打ち込むと、今度は鵜飼さんから差し出されたLINEのQRコードを読み取る。

 女子からLINEの連絡先を教えてもらうなんて、多分今日が最初で最後かもしれない。噛み締めておこう。


「わからないことがあったら、クラスの誰かしらがいると思うから大丈夫だよ」


「う、うん、ありがとう」


 鵜飼さんの言う『クラスの誰かしら』、それはつまり陽キャラ集団だろう。僕からしたら、話しかけることすらはばかられる連中でもある。

 ちょっと身構えてしまうけど、とりあえずあまり近寄らないように立ち回れば大丈夫だろう。


「よーし、そうと決まれば猛練習しなきゃ!岡林くん、練習手伝ってくれる?」


「えっ、あっ……、でも、手伝うと言ってもなにをすれば……?」


「それは、流れで適当に!」


 鵜飼さんのノープランノーガードな突っ走りっぷりには驚かされる。

 それでも、彼女のその真っ直ぐな気持ちというのはとても素敵だなと思った。本当に、太陽みたいな人だ。


 ……ちなみに、僕は鵜飼さんの練習でひたすらピアノを弾かされた。あと少しで腱鞘炎になっていたかも。

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