ターゲット18/昔、食べたかもしれない『焼きそば』③



(なんでこうなってんだよおおおおおおおおおおおおおお!?)


 家に帰れば修羅がいた、この世でもっとも美しい鬼がいた。

 向田良美を連れて帰るのだから、多少の言い争いは覚悟していた。

 だが、これはいったい何なのか、有給の事もバレているし最悪の誤解をしている。


「お、落ち着こう貴咲ッ!? 何か誤解があるんだって!!」


(――もしかして私はピンチ? この凄く美しい人から浮気相手だと認定されている?)


「誤解? 誤解ですかこの浮気者?? ――誰よその女!! そんな、そんな~~~~っ、誰よ貴女!! いくら旦那様が言い訳しようと私の目は誤魔化せないわっ!! だいたいなんなの? その大きな胸は!! それに――――目元なんて妙に雷蔵に似ているし!! は? 何? 旦那様はご自分に似ている女性が趣味だったんです?? ええ、ええ、この血の繋がりを感じさせるレベルで似ている女と同じ顔にしろと? ふふっ、やっぱり……、まだ貴男の復讐は終わっていなかったんですね? この旦那様と妙に似ている女と同じ顔に整形しろと? 散々誉めて持ち上げておいて私の唯一の取り柄である美しさを心ごと陵辱する気なのね!!」


 雷蔵のお腹を今にも刺しそうな勢いでまくし立てる貴咲に、彼は恐怖すら覚えたが。

 だが今の言葉には気になる所がいくつもあって、その前に誤解を解かなければならない。


(――最悪、一度は刺される覚悟で!! 下手に無力化したら絶対に拗れるでしょこれ!!)


 ならば、言うべき事は決まっている。


「……聞いてくれ貴咲」


「ふふっ、あはははははっ!! 言い訳ですか旦那様?」


「彼女は向田良美、先日から僕らを監視し命を狙ってた殺し屋であり…………、僕の姉かもしれない人だ」


「――――へぇ、お上手な冗談ですこと。でもそんなもので私は騙されません、ふふっ、旦那様のお望みは何ですか? ああ、もしかしてこの方と一緒に閨で抱かれろと? ―――― 反 吐 が で る !!」


 このまま心中せんと、血の涙を流し顔を醜く歪めるさますら美しい。

 雷蔵はいっそう焦り、良美は思わず見とれてしまったが。

 女殺し屋は一歩前に出て、貴咲を睨んだ。


「答えろ不破の女、――21年前に貴様達が浚った男の子がいた筈だ。一緒にいた両親は殺され乗っていた車ごと崖から落とされ事故として処理された」


「…………その弟が雷蔵かもしれなくて、不破の恨みで私達を狙っていた、ふふっ、その嘘を突き通すのですか? 貴女も気を付けた方がいいですよ? 復讐の道具――、いえ、そういう事ですか雷蔵。嗚呼――私へ復讐したい女と情を交わし、貴男への愛を抱いてしまった私を絶望の淵に突き落とすと、ふふっ、そうなのですね??」


 ぽたりぽたりと大粒の涙が、頬を伝って床に落ちる音がした。

 はらはらと風に乗って消えてしまいそうな儚さと、狂気を孕んだ愛憎が雷蔵と良美に突き刺さって。

 だが良美とて引くわけにはいかない、これが不破でたった一人残された女の末路かと、愛に狂ってしまった――。


「――羨ましいな、不破貴咲。貴女はそんな風に狂えるのか。一人の男に対しどこまでも純粋で」


「哀れみですか泥棒猫、さぞ気分が良いでしょう……私こそがたった一人残った不破。貴女の憎しみをぶつける先なのですから」


「違う、本当に羨ましいんだ。それは……私には選べなかったから。両親を殺されまだ赤子だった弟を奪われ、復讐する事しか選べなかった私はどんな愛も受け入れ、愛する事が出来なかったから」


「………………貴女は――」


 雷蔵がハラハラと見守る中、二人の女は見つめあった。

 もしかして、本当に、貴咲の中に疑念が産まれる。

 目の前の彼女は、どこか寂しげで、けれど本当に羨ましそうに。


「――向田良美さんと言ったかしら? 貴女は雷蔵が弟かどうか確かめに来たと?」


「そうじゃないかもしれない、でも……もう貴方達以外に不破は存在しない。私に残されたたった一つの手掛かりなんだ。違ってもいい。ただ――区切りが欲しい」


 その時、貴咲は良美に奇妙なシンパシーを感じていた。

 不破という家に人生を握られていた自分、不破という家に人生を狂わされた彼女。

 似ている、何も出来ずに終わってしまった悔しさと安堵、そして……、やり場のない怒り、憎悪。


(この人が言っている事は――本当なのかもしれない)


 だが。

 問いつめなければいけない事は残っている、貴咲のプライドに関わる重要なことが。


「――――そう、失礼を言ったわ向田さん。それで旦那様?」


「も、もう大丈夫? 正気に戻ってくれた? 誤解はとけたかい?」


「旦那様の部屋に隠されていた、黒髪ショートカットで爆乳の女性の卑猥な本の事ですが。――納得のいく説明をお願いできますか? ふふっ、彼女の事は分かりました、けれど浮気の件はまだ解明されていませんわ?」


「え? 何のことそれ?? うーん? どういう事?? ごめん、エロ本の事も分かんないし、浮気の誤解も理解できないんだけど??」


 雷蔵は必死になって思いだそうとした、彼の部屋にそんなものがあっただろうか。


「まだ言い訳を続けますか!! ――あはっ、私を無理矢理に妻にして!! 毎夜しつこく愛を囁いて!! そうして私に愛されていると夢をみせておいて、取り上げて嗤うつもりでしょう?? ええ、ええ!! 私を一生飼い殺しにして復讐心を満たす玩具にする為に、愛してるフリをしているのですよね?? …………許さない、嗚呼、私の心に夢をみせて、なんて残酷なんでしょうね旦那様は!!」


「なんでそんな勘違いしてるの!? 誤解だって全部君の誤解だよ!! 僕は浮気してないし、君しか愛していない!!」


「――――待った、少し気になる所がある」


 夫婦の諍いに、良美は待ったをかけた。

 彼女の言葉に、同じ女として聞き逃せない所がある。


「答えろ不破雷蔵、――貴様は不破貴咲を陵辱した上で暴力をふるい無理矢理妻にしていると?」


「え!? そっちに味方するのかい!?」


「当たり前だ、彼女は憎き不破の血が入っている。……だが、彼女は家の罪に何も荷担していない、それどころか被害者といってもいい。――そんな彼女を、貴様は復讐の為に弄んでいると?」


「向田さん、……いえ良美さん、分かってくれますか!!」


「不破に恨みはある、だが――家の罪を娘にまで要求しない。答えろ殺戮人形、お前はなんで不破貴咲を己と結婚させた」


 嘘偽りは許さない、たとえ死が待ち受けても良美歯己のルールに従うつもりであった。

 その事は、雷蔵にも痛いほど伝わり。


(身から出た錆って、こういう事なんだね!! うん!! どうしよう!!)


 正直泣きたい、最愛の妻が妙な誤解をしているし。

 姉かもしれない人は、彼女の側に立っている。

 最悪なのは、貴咲が雷蔵の愛を信じきれない原因を雷蔵自身が作ってしまっている事だ。


「答えろ、不破雷蔵」「答えて旦那様」


(ううッ、考えろッ、何か、何かある筈だ! 過去は変えられない僕らの始まりは間違いだらけだった主に僕のせいで!! でも――今は違う、貴咲を愛してるって心から言える!!)


 問題はどうそれを示すかだ、妻と姉かもしれない者は雷蔵を睨みつけて答えを急かす。

 悠長に考えている暇などない、力付くで制圧するのは最悪の選択。

 なら、これしかない。


「――――ふぇっ!? だ、旦那様!?」


「貴様、何のつもり――――ええっ、え?? ちょっとッ!?」


「僕が貴咲を犯して監禁して、無理矢理結婚したのは本当だ。でも確かに愛してるんだ、僕には君しか見えない、君以外の女なんていらない、でも言葉で信じて貰えないなら――――僕は脱ぐ!! 全裸になろう!! さぁ、僕は抵抗しない!! 浮気が本当だと思うならその包丁で刺せ!! 向田さんも僕の貴咲への愛が信じられないなら殺すといい!! でも殺したなら貴咲も後で殺して欲しい!! 貴咲は僕の妻だ嫁なんだ女だ誰にも渡さないッ!!」


「あああああああああっ、もう!! どうして旦那様はノーガードで愛をぶつけるのよ!! 私達の始まりが間違いだらけなのは何も選ばなかった私にも責任があるかもしれないけど!! そんな事をされて絆されない訳がないでしょうが!!」


「――――理解した、ただの痴話喧嘩だなこれは」


 ため息を一つ、向田貴咲は秒で納得した。

 雷蔵と貴咲には彼女の知らない過去があって、きっと複雑な愛情で繋がっているのだろう。

 だが、それでも愛して、愛し合ってしまったから誤解も避けられない。


「リビングで待たせて貰うから、痴話喧嘩を終わらせてから来てくれ。話はそれからだ」


「だいたい旦那様はいつも~~」「貴咲だって――ッ!!」


 夫婦喧嘩が始まって一時間、暇すぎて良美がソファーで寝そうになってしまった頃。

 ばつが悪そうな顔をして、夫婦はリビングにやってきて。

 良美は雷蔵が服を着ていた事に安心したが、その首筋に真新しいキスマークがあるのには気づかないフリをした。


「あはは、ごめんね向田さん。お見苦しい所をみせちゃって」


「本当に申し訳ないわ、みっともない所を見せて恥ずかしい限りよ」


「…………いや、事情は何となく察する、理解もする

、二人にとっては必要な事だった。――所で、今回の夫婦喧嘩の発端と思しきエロ本については?」


「ほら、一般人を装う為に部屋をカモフラージュしてるんだけど。その中にエロ本を配置してたのをすっかり忘れてて……、ほら、貴咲は最高の女性だからさ。それがエロ本だって意識すらなかったんだ」


「もう、妻を誉めても何も出ませんわ。ええ、でも私も自覚したわ、自分で思うより嫉妬深くて重い女だって」


「…………まぁ、解決したなら何よりだ」


 口元に笑みを浮かべた彼女に、雷蔵も貴咲もほっと胸をなで下ろして。


「じゃあ、僕は今から晩ご飯の買い物に行ってくるから。二人で話しててよ」


「……夕食までには帰ろうかと思っていたのだが」


「良美さんは旦那様のお姉様かもしれないのでしょう? 例え違っていても、お友達になりたいわ。ね? お嫌かしら……」


「………………分かった、ご好意に甘えよう。色々と聞きたい事もある」


 そうして雷蔵が近所のスーパーへ出かける一方、良美は貴咲に問いかけた。

 先程からずっと気になっていたが、我慢していたのである。


「ところで貴咲さん、さっきは私と雷蔵が似ていると言っていたが……」


「あらお恥ずかしいわ、よく覚えていらっしゃるのね。感情に任せて言葉をだしてしまって、穴があったら入りたい気分よ」


「だからこそだ、損得抜きで出された言葉だからこそ気になる。――そんなに私と雷蔵は似ているのか? 実の姉弟も同然、同じ顔とまで言っていたが」


 貴咲はあらためて向田良美を観察した、あの瞬間は色眼鏡で見ていたとはいえ。


「…………似ているわ、眉の形とか、目元とか、良美さんは普段あまり感情を出さない方かしら? いえ感情を殺している顔なのかしら。――ええ、似ているのよ、雷蔵が殺戮人形になる前の頃と」


「そこまでか? 性別の差、年齢の差もあるだろうが、自分の顔を思い出しても似ているように思えないのだが」


「そうね、――ご両親の写真とかは残っていないかしら。それがあるなら確信をもって似ていると断言できるのだけれど」


「写真か……小さいがコレでどうだ?」


 良美は胸元から、ロケットペンダントを取り出して見せる。

 そこには二枚の写真があった、一枚は両親がが並んで写った。

 もう一枚は四人が全員揃った、幸せそうな家族写真で。


「か、可愛いっ!? え、この赤ちゃんが雷蔵!?」


「その可能性がある、今のところはそれだけだな」


「うわぁ、ええ~~、良美さんもご両親の面影があるのね。はぁ……良美さんの顎のラインはお父様似ね、でも目元はお母様譲り、眉もお母様みたいな。――ああ、お母様の方が背が高いのね、体格もいい……何か運動をしていらしたのかしら。へぇ、もし本当に血のつながりがあるなら、雷蔵は全体的にお母様似で、良美さんはお父様似、そして個々のパーツは似通っていると」


「う、うむ? そう言ってくれると良くも悪くも期待してしまうな」


 目を輝かせ、興奮すらしている貴咲の姿に気圧されながら。

 良美は心が浮ついていくのを感じた、同時になんて残酷なんだろうと。


(これで違っていたなら、私は立ち直れるのだろうか……)


 例えDNA検査をしても、結果をみない方が幸せかもしれない。

 けれど、もし彼が弟ならこれ以上に幸せな事はなくて。


(――――そう、か。もう潮時なのだな)


 全て、全て終わったのだ。

 本当の意味で復讐する相手はもういない、両親の仇は彼が討ち果たした。

 考え得る中の最悪、弟が生きていて不破という悪に染まっていた、というケースはもう存在しない。


(もしそうであっても、……きっと彼が私の代わりに殺してくれただろう。もう二度と、不破による私達のような被害者は出ない。もし彼が弟でも)


 不破の代名詞ともいえる殺戮人形、血も涙もない殺すだけの兵器。

 雷蔵はそんな存在には見えなくて、否、見えないではなく確信していた。

 もし本当に彼が兵器なら、己は今、この場で彼女と話していない、この考えは正しいと信じている。


「本当に……彼が弟なら嬉しい」


「ええ、私も貴女のような方が義姉なら嬉しいと思う。――もし違っても、姉のように親しくしてくれるかしら?」


「そうだな、……そろそろ引退時だ。近くに引っ越すのも悪くはない」


「本当!? 嬉しいわっ!」


 もし良美と弟が普通に育って、そしてお嫁さんとして彼女を連れてきたなら。

 同じように、彼女と話せていただろうか。

 きっとそうだろう、向田良美が欲しかった光景はここにはあって。


「――ああ、そういえば今晩のメニューは何だろうか。ここに来る前に盛大な鬼ごっこをしたのでかなり空腹だったのを忘れていた」


「…………残念ながら私も知らないわ。ふふっ、でも大変だったでしょう。でも凄いのね雷蔵と鬼ごっこが出来るなんて。そんな人がいるなんて初めて聞いたわ。それも血の繋がりの証明かもしてないわね」


 女殺し屋の声は少し震え、目尻にはうっすらと涙が浮かんで。

 貴咲はそれを指摘せず、見なかったように振る舞う。

 三ヶ月前、貴咲が不破の全てから解放された様に、良美もまた、たった今解放されたのだと察したからだ。

 ――啜り泣く声が部屋に響く、彼女の震える手を貴咲はそっと握って。

 

「…………雷蔵が貴女を強引にでも妻にした理由が分かった気がする」


「もしそうなら、良美さんも好きな人を監禁するような事はしない方がいいわ」


「くくっ、違いない。とても気をつけよう、夫婦喧嘩で全裸で説得などしたくないからな。――――いや待て、そういえば父と母が喧嘩した時、何故か父が全裸になって謝罪の言葉を繰り返していたような思い出が……?」


「そんな所まで重なるのっ!? もう検査しなくても家族でいいんじゃない!?」


 血のなせる業なのか、もしそうなら恐ろしい話であると貴咲がある意味身震いした瞬間であった。

 ガチャと玄関の扉が開く音がし、脳天気な声が響いてくる。


「ただいまーー、いやぁ待たせたね。僕もお腹減ってるからさ、すぐに作っちゃうよ!」


「手伝うわ、何を作るの?」


「ふふーん、今日はね……焼きそば! 目玉焼きが乗ってるやつ!! しかも今回は――、じゃじゃーん! 屋台のお店で使うような透明パックも買ってきました!!」


「…………それ、意味あるの?」


 わざわざ屋台風にして、いったい何の意味があるのか。

 貴咲はとても不思議であったが夫が楽しそうにしている以上、特に止める事もせず。

 当の雷蔵は、何も気にせずに買ってきた材料を台所に並べ始めた。


「青ノリと鰹節、それから麺のセット! たぶん、おそらく、この手の麺の筈なんだ僕調べでは」


「これって普通にスーパーで変えるやつよね? それがどうしたの? 食べれるならいいけれど……」


「まぁまぁ、答え合わせは後で、さ、作ろうか! 袋の裏の通りにすればいいだけだしね」


「目玉焼きはトースターで焼いておけばいいわね」


 二人が調理に取りかかろうとした瞬間、良美は声をかける。

 貧乏性とでも言うのだろうか、今の彼女は客人である事は確かなのだが。

 ただ待っているだけなのは、どうも落ち着かなくて。


「手伝おう、三人ですればもっと早くなる」


「ええ是非、一緒にしましょう良美さん!」


「お客さんなんだし待っててくれてもいいんだけど、貴咲がそう言うなら手伝って貰おうかな」


「ではキャベツを斬るのは任せてくれ、何、これでも刃物の扱いは同業者より得意な方なんだ。流石に雷蔵には敵わないがな」


 その言葉に貴咲は「んん?」と思わず首を傾げて、だってそうだ。

 刃物が得意だからと料理にも応用しようとするその姿は、どうにもこうにも見覚えがありすぎて。

 然もあらん、隣の夫は負けじと人参を手にとる。


「ほう――勝負するか? 先程は負けたがコッチでは負けないぞ? 本格的に殺し屋を始める前は有名店から料理人としてスカウトが来た私に勝てるかな?」


「包丁捌きには自信があるようだね、でも僕が殺すだけが能の男とは思うなよ? ――刃物であるなら何だって扱えるし、標的がなんであれ斬ってみせるさ」


「…………私、何を見せられているのかしら? ああ、目玉焼きの用意だけしておきましょうか」


「「いざ――勝負!!」」


 貴咲が匙を投げる中、二人の勝負は一瞬で終わる。

 雷蔵の絶技の前には、人参は即座に短冊切りに。


(ふっ、スピードではこちらの上――ッ!? なッ、そんなバカな!?)

 

 だが、コンマ1秒遅れて完成したキャベツのその切り口に彼は戦慄した。

 己は思い上がっていた、この腕さえあれば料理人にすら転職可能だと。

 だが。


「あり得ない……確かに包丁で斬っているのに手でちぎったような断面ッ!! それでいてフライパンで焼いた時に適度な食感が楽しめるように微調整されているッ!!」


「なんでそれが理解できるの旦那様? また料理漫画でも読んだの? 最近特にハマってるわよね?」


「ふッ、これが殺し屋と料理人の違いというものだ雷蔵。確かに君の腕は凄い、早さも鋭さも世界一だろう――だがそれは、殺しの中でだ。『斬るのではなく、調理する』この違いが理解できなければ上にはいけない」


「違いが分からないし上を目指す必要があるの??」


 貴咲が理解不能と首を横に振る一方、負けた……と膝から崩れ落ちる雷蔵。

 何故か良美は師匠面して、精進する事だな、ともっともらしく頷き。


「折角だ、ここからは任せて欲しい。――久しぶりに料理人に戻る時が来たようだ」


「姉さん!! なんて頼もしいんだ!!」


「雷蔵? まだ気が早いわよ??」


 そうして彼女は見事な手際で焼きそばを作り上げ、雷蔵が透明パックに盛りつけ。

 最後に貴咲が、青ノリと鰹節と目玉焼きを乗せて完成である。

 ならば後は食べるだけ、と三人は食卓についたのだが。


「――所で旦那様? 屋台風にした理由って何なの?」


「ああ、それは私も気になっていた」


「うーん、思い出さないかい貴咲? まぁすっかり当時をすっかり忘れていた僕が言える事じゃないかもだけど」


「忘れていた? 不破にいた頃の一番辛い時だったから、私との初めての思い出を忘れていたやつかしら?」


 二人にそんな過去が、と良美はとても詳しく聞きたくなったが我慢した。

 きっと屋台風にしたのは、貴咲に対する愛情の現れ。

 それを邪魔するほど無粋ではない、と静かに微笑んで。


「これはね、君と出会った時に一緒に食べた屋台の焼きそばの再現なんだ」


「旦那様……」


「僕らは何もかも間違って繋がったけれど、でも、中には綺麗な思い出だってあって、……上手く言えないけどさ、何だって喧嘩しても、何度だって仲直りして進もうよ。もう、全部終わったんだから、過去が追いかけてくる時もあるけど、僕らなら乗り越えていけると思うから。――昔の思い出も、これから作る思い出も、幸せに、大切にしていこう」


「……………………はいっ!!」


 やはり羨ましい、と良美は心の中で呟いた。

 この二人には己の知らない過去があって、それを現在進行形で乗り越えて幸せな家庭を作ろうとしている。


(もし普通に育っていたら私も……いや、よそう。過ぎ去った時間にもしを求めても恨み辛みが増すだけだ)


 目の前の夫婦のように、どんなに不器用でも新たな一歩を踏み出すのだ。

 随分と血塗られてしまった手だが、そんな手でも再び料理人として歩めるかもしれない。


(何だったら、裏の人間をターゲットにした小さな飲食店をするのもいいかもしれないな)


「……じゃ、食べようか」


「ええ、頂きましょう」


「「「いただきます!」」」


 三人が食べた焼きそばは、とても普通の味だった。

 どこにでもある家庭的な、夜店で食べれる味もそうであろうと思わせるような安心する味。

 和やかな雰囲気の中、食事が終わり休憩もそこそこに良美は二人の家を後にした。


「…………検査の結果が楽しみだ、ああ、でも信頼できる所に頼まないとな」


 どんな結果であっても、今なら受け入れられる。

 良美は夜空を見上げ、少し欠けた月を眺めた。

 そういえば、両親と弟を乗せた車が崖から転落したと知らされたのも今日の様な月夜で。


(――――私に監視? いや複数ある、二人の部屋も見ている? 馬鹿な、何処の誰が、そんな情報は網に引っかかってないし全部潰した筈だ)


 まだ引退は少し早いかもしれない、良美は頭を切り替えて。


(……………………動きが妙だな、まるで見つけてくれと、これでは素人では――――素人? では……裏の人間ではない?)


 表の人間が二人を狙う理由は何だ、表が相手なら雷蔵とて命の扱いは慎重になるだろう。

 つまり、後手に回るかもしれない。


(姉かもしれない者として、ああ、調べておくか、可能なら根回しして対処……その前に連絡しておくべきだな、恐らく無用であろうが)


 夫婦として普通の幸せを目指す二人を、どうか助けたまえ。

 不破の凶行を知って以降、祈るのを止めた神という名の運命に彼女は祈ったのだった。


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