ターゲット17/昔、食べたかもしれない『焼きそば』②



 ――雷蔵が監視に気づいたのは、野咲を連れてベランダに出た瞬間であった。

 その時は、狙撃されるような殺気が無かったので後回しにしたが。

 実際に捕まえようとしても、幾度と無く逃げられ。


「……殺せ」


「殺さなかったら自殺でもするのかい? 有給まで使って仕事いくフリしてやっと捕まえたのに、そんな事はさせると思ってるの?」


「チッ、出社は私を欺く偽装……答える、貴男が殺さないというなら隙を作って逃げるだけ」


「隙を“見て”、じゃなく“作る”か。随分と自信があるようだね? 僕が何者か知ってて言ってるのかい?」


 いつでも殺せる、そんな意味が込められた言葉に女殺し屋はふっと笑った。

 彼我の腕の差は歴然、どうあっても彼女に勝ち目はない。

 だが、生き残る目は残っている、そう確信して。


「不破を滅ぼした不破の最高傑作、殺戮人形。貴男がその気になれば私を即座に殺せる事ぐらい承知している、そうしないのは何故か。――依頼主の情報が欲しい、そうだな?」


「でも、簡単に依頼主を裏切るような人間が言った情報って、果たして信頼できるのかな?」


「私を殺しても次が送られてくるだけ、でも私としては自殺行為に最後まで付き合う義理はないと考えている」


「最初から失敗前提で、裏切る前提? ……いや、違うね、それ以外の目的が君にはある。そうだね?」


 半ば確信をもって雷蔵は問いかけた、己は最強を自負している。

 自惚れる訳ではないが、他の同業者からの評価もそうだろう。

 それ故に、雷蔵の命を狙うなんて愚かな行為の片棒を担ぐ同業者など限られていて。


「怨恨、或いは僕が持ってる不破の情報……、どちらもかな? でもそれなら依頼に乗るより、直接交渉した方が良かったんじゃないかな?」


「………………私以外の候補は、不破貴咲から先に狙うような輩だったから全て排除させて貰った」


「へぇ! 随分親切だね。ははぁ、最初から僕に負けて今この瞬間を迎えることさえ折り込み済みかな?」


「そうだ、あの依頼主の破滅は遅かれ早かれ、しかし手間が省けたのなら……交渉の余地があるのではないか?」


 ここで、君が勝手にやった事だと冷酷に振る舞う事もできた。

 実の所、彼女の依頼主の事など既に把握しているし。

 彼女を捕まえる前に殺し、今頃は雷蔵の依頼を受けた同僚達は社員価格で引き受け後始末をしている頃である。


「――知らないフリは止めようか、君も気づいているんだろう? 朝から依頼主と連絡が取れない筈だ」


「やはり貴男の仕業か、……となると交渉は決裂だな、殺すがいい」


「君の事も実は調べたんだ、ちょっと候補が多すぎて困ったけど組織には所属しておくものだね。一晩で突き止めてくれたよ。――向田良美、それともミス・ストーカーの方が良いかい?」


「ッ!? …………驚いたな、殺しだけでは最強を名乗れないという事か」


 調査によると、彼女は殺し屋ではあるが。

 どちらかというと、殺しは副業。

 専門は潜入調査で、主に裏に属する組織から情報を手に入れてくるスペシャリスト。


「君が狙っていた最後の不破が僕らだ、だから可能な限り恩を売りつつ接触したかった、でも恨みがあるから敵対する手段しか感情が許さなかった。……あってるかな?」


「はぁ…………、どうやら全てお見通しの様だ。けれどそれが故に疑問が残る。――何故、有無を言わさず殺していない」


 当然の疑問であった、全てを知っているならわざわざ捕まえて尋問する意味がない。

 彼の個人的な協力者に仕立てるつもりなのか、それも違う。

 あるのだ、彼にも他の目的が。


(こればっかりはさ、言うべきだろうね)


 彼女の詳細を知るに至って、雷蔵には無視できぬ情報があった。

 向田良美が裏で生きる理由、不破を恨むに値する理由。

 それは。


「――――家族を探しているんだって? 幼い頃に不破に浚われた誰かを、そしてその際に君の両親を殺した相手を」


「ッ!! そうだッ!! 私は復讐せねばならない!! 何故、赤子だった弟を浚ったのか!! 何故、私の両親が殺されなくてはならなかったのか!! その相手は誰だ!! 恨まずにいられる訳がない!! 不破であるお前達と友好的に接触など出来る訳がない!! ――――殺戮人形、貴様に私は敵わないと理解している、だが……それでも貴様と戦い殺さなくてはならない!! ああそうだッ、不破貴咲も殺してやる!! でもそれは貴様を地獄に送ってからだ!! それが叶わぬなら……」


「少しでも情報を手に入れて、勝てそうな誰かを探す? それとも出直して長期的に殺す方法を考える」


「そうだ!! 殺してやるッ、殺してやるぞ不破ァ!!」


 それは紛れもなく怨嗟の叫びであった、決して許さぬと誓った魂の悲鳴。

 だからこそ、雷蔵は向田良美を殺さない殺せない。

 不破の作り出した殺戮人形は、悲しそうに笑って。


「僕も知りたいんだ、……本当の家族を。もしかしたら貴女は――――姉かもしれない人だから」


「ッ!? ぁ、ぇ――――う、嘘を言うな!! 貴様は不破、その強さは一族の血が生み出したものだろう? だって次期当主として、戸籍だって!!」


「ああ、そういえばアイツらそんな事してたっけ。まったく古い家ってどうして見栄を重視するんだろうね? 僕は幼い頃にどこかから浚われてきた孤児さ、ただ誰よりも強くなったからアイツらが血に取り込もうとしてたけど」


「ッ!? ま、まさか――不破の家の女性達が不自然なまでに戸籍が無いのも、てっきり狙われないように消しているのかと思ったが…………ッ!?」


 長年に渡り一人で不破を調べ上げてきただけあって、彼女の理解は早かった。

 不破という家は不自然な点が多く存在していた、それは部外者である彼女には理解不能な所も多く。

 だが、雷蔵の言葉で彼女は理解した。


「――――徹底的な男尊女卑、そして弱肉強食。それが不破か」


「そうさ力こそ全て。考え方が歪で、矛盾しててさ。不破の本家の戸籍を与えられた時、なんて言われたと思う? 光栄に思えってさ、ああ、思い出したくもないよ。ま、全員殺したからいいけどね」


「女性は次代の子を生む母胎でしかない、その母胎ですら強さで決まり。強さの他に取り柄がある者は権力者の慰み者として育てられ、或いは……」


「そこまで知ってるんだね、強さもなく美しさもない不破の子はさ……殺しの練習の為の標的になるしかないんだ」


 だから、どこまで行っても可能性があるのだ。

 仮に雷蔵が彼女の弟でなかったとして、その弟が弱かったら練習の的として殺していた可能性が。

 仮に素質があって生き残っても、あの惨劇の日に殺してしまった可能性が。


「…………狡い男だな不破雷蔵。もしかしたら本当に弟かもしれない、だが弟の仇である可能性がある。だが同時に、素質があり生き延びても不破が貴様に滅ぼされた日までに死んでいる可能性だてってある。――ああ、なんて狡くて残酷なんだ、私に貴様がずっと探していた弟かもしれないって希望を抱かせるなんてッ!!」


「逆を言えば、それは僕も同じなんだけどね。復讐する前に調べた限りじゃさ、不破に浚われた子の家族で生き残ってるのはいなかった。……君しかいないんだよ、僕の家族である可能性がある人が」


「…………それを明らかにする為に、私を生きて捕らえた。そういう事か……」


「殺し合いをするのはさ、僕らに血の繋がりがあるかどうか検査した後でもいいと思わないかい?」


 雷蔵の提案はとても魅力的に思えた、もし彼の言葉が本当ならもしかすると、もしかするかもしれない。

 だが同時に、向田良美の半生を捧げた全てが終わる瞬間になるかもしれない。

 知らなければ、今まで通りに恨みを力に生きることが出来る。

 ――――けれど気づいてしまった、彼の肩が微かに震えている事を。


(…………同じ、なのかもしれない)


 不破に恨みを持ち、外から復讐と狙っていた向田良美と。

 不破に恨みを持ち、内から復讐をやり遂げた不破雷蔵。

 もし弟ではなく彼女が浚われていたら、どちらも同じ事をしたかもしれなくて。


「――――はぁ、私の負けだ。貴様の好きなようにすればいい。結果がどうであれ、もう命は狙わない…………不破雷蔵、貴様は両親の仇討ちをしてくれた可能性もあるのだからな」


「貴女の決断に感謝を、――じゃあこのナイフはもう必要ないね」


「ありがたい、ついでと行ってはなんだが質問がもう一つある。……何故、不破貴咲と結婚している? 何故、彼女を殺していない。まさか色香に迷ったとは言うまいな?」


「実の所、それに近いかな? 自覚はなかったんだけどね、子供の頃から貴咲が気になってたみたいなんだ。……無理矢理結婚してから気づくなんてバカな話なんだけどさ」


 自嘲と共に出された台詞に、姉かもしれない存在は「んん??」と首を傾げた。

 今、とても変なことを聞いた気がする。

 よくよく考えてみれば、不破の長女である貴咲と、浚われ育てられた孤児ながら当主に望まれる雷蔵は複雑な間柄であろう。

 だがしかし、無理矢理結婚と確かに聞こえて。


「…………変な事はしないと誓うから、不破貴咲に会わせてくれないか?(もし弟が殺し屋だけじゃなくて女性の敵になっていたら、私はどうしたらいいんだッ!?)」


「あ、いいねそれ。他人の目から見れば、僕ら似てる所とかあるかもしれないし。――家族にさ、お嫁さんを紹介したかったんだ。お墓の場所も知らないから何もできなくて……」


「貴様さえよければ、今後私は姉として振る舞い力になろう」


「気持ちはありがたいけど、それは本当に血の繋がりがあるって判明してからかな」


 そうして二人は、雷蔵と貴咲の住むマンションへ赴いたのであったが。

 扉を開け、そこに居たのは。


「――――――へぇ、そう、そうなの、そうなのですか旦那様? ふふっ、あははははははははははッ!! ああ、愚かでしたっ、貴男なんかに騙された私が愚かだったのですね? 仕事と偽って有給を取り浮気に出かけ……挙げ句の果てに、浮気相手を連れ込むなんて………………殺してやる!! 殺してやるわ雷蔵おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 修羅と化した女が、激しい憎悪を瞳に宿す般若が。

 世界一美しい女が、血の涙と包丁を握りしめ待ち受けていたのであった。


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